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かつての主の様に

 モリスの執務室を出た伊蔵(いぞう)はコリトと共に真っすぐフィアの部屋へと向かった。

 途中すれ違う召使いたちが裸に鎧の伊蔵を見て一瞬ギョッとしていたが、伊蔵の顔を見るとすぐに表情を戻した。


 伊蔵が中庭で風呂上りに裸で涼んでいる事は城で働く者の多くが知っていた。

 今更、裸に鎧を着た所でまた変な事をしているな程度にしか思われてはいなかったのだろう。


「伊蔵、そのフィアと言うのはレゾ様の様に武勇に優れた者なのか?」

「いや、フィア殿は見た目はまだ幼い子供じゃ。魔女達の血を飲み魔法や魔力は得たがフィア殿自身は戦いには向かぬ」

「戦いに向かぬ? 何故じゃ? 幼くても力があれば戦えるじゃろう?」


「フィア殿は殺生を嫌うでな……魔法を使い誰かを殺める事は出来んじゃろう」

「じゃが平和を求めて戦うと言い出したのはそやつじゃろう?」

「確かにフィア殿の願いは戦争を止める事じゃ、じゃが恐らく今この国を支配してる魔女を殺して除こうとは思っていない筈じゃ」


 コリトは伊蔵の言葉に眉根を寄せた。

 邪魔者を殺さず一体どうやって国を平穏にするのか。

 彼女の顔にはそんな思いがアリアリと浮かんでいた。


「お主の疑問は直接フィア殿に聞くのじゃな」


 伊蔵はそう言うとモリスの執務室の時とは違い、ドアをノックし中に呼び掛けた。


「フィア殿、伊蔵じゃ。お呼びと聞いて参上した」


 伊蔵がそう部屋の中に声を掛けると、勢いよくドアが開きパジャマ姿のフィアが顔を覗かせた。


「伊蔵さん無事だったんですね!?」

「うむ」

「良かった……心配したんですよ。急にカラさんの時みたいに魔力が流れて……」

「さようか。すまぬな、少々、悪魔とやり合ったものでな」

「悪魔!? ……まさか、その後ろの人が?」


 フィアは伊蔵の足の影に隠れコリトを覗き見る。

 その過程でようやく伊蔵が裸鎧な事に気が付いた。


「伊蔵さん鎧の下、裸じゃないですか!? ……よくよく見れば、その人が着てるの伊蔵さんの服ですよね? 何があったんです?」

「取り敢えず入れてくれぬか?」

「……女の子の部屋に裸に鎧の男の人を入れるのはかなり抵抗があるんですけど……まぁ伊蔵さんだからいいですけど」


「ぬぅ……儂とて好きで裸でおるわけではないのじゃが」

「そこな娘、そちがフィアじゃな……確かにその髪と瞳はレゾ様に似ておるな。血を引いているというのも頷ける」

「レゾ様……? 伊蔵さんこの人は?」


 レゾの名を口にしたコリトを見上げ、フィアは伊蔵に尋ねる。


「妾はコリト、レゾ様の盾じゃ。伊蔵が裸なのは妾に服を献上した為じゃ。詳しい事は部屋で話す。早う入れよ」

「献上じゃと? その服は貸しているだけじゃぞ」

「返せと言うならさっさと代わりの服を寄越すのじゃな」

「……なんだが偉そうな人ですねぇ……じゃあ、どうぞ」


 フィアはコリトの態度に困惑しつつ、二人を部屋に招き入れた。

 部屋はベッドが一つに窓が一つ、壁際には家具と机、それに椅子が何脚か置かれたシンプルな物だった。

 城にはもっと広く豪華な作りの部屋もあったが、あまり広いと落ち着かないらしく彼女は召使い用の部屋を寝室に選んでいた。


「えっと、それじゃあお二人はこの椅子を使って下さい」


 そう言ってフィアは壁際に置かれた椅子を持ち上げる。

 椅子を運ぼうとするフィアを見て、すぐに伊蔵が彼女に代わり椅子を運んだ。


「あ……ありがとうございます」

「礼など言わずともよい。それよりもこやつの話をしようぞ。コリト、お主も座れ」

「ふぅ……なんだか貧相な部屋じゃの」

「貧相って……私からすれば結構豪華なんですけど……」


 そう言いながら二人が腰を下ろした椅子の前、ベッドの端にチョコンと腰かける。


「えっと、それで伊蔵さん、悪魔ってどういう事ですか?」

「儂とベラーナはモリスから渡された報告書に従いこの領の南端へ向かったのじゃが……」


 伊蔵は沼に潜り眠っていた大蛇に接触を試みた事、目を覚ました大蛇に襲われそれを撃退した事等をフィアに伝えた。


「……なるほど、コリトさんは各地の魔力を吸収した後、意識を無くしたのですね……」

「そうじゃ。妾は戦いに備え出来るだけ力を得ようとしていたのじゃ……まさか、気付けば六百年も過ぎていたとは……レゾ様に顔向けできぬ……」


 フィアは腕を組み少し考え込んだのち、おもむろに口を開いた。


「多分ですけど、コリトさんは許容範囲を超えたのではないでしょうか?」

「許容範囲?」

「はい、書庫で悪魔についても色々調べてみたんです。私も少し不安だったので……それで分かったんですが、魔女は悪魔と交わった人と悪魔の中間の様な存在です。その肉体の支配バランスは精神の強さで決まります」


「ふむ、はぐれ魔女は人の精神が悪魔より勝っておるのじゃな?」

「いえ、はぐれ魔女だけじゃありません。殆どの魔女は人の方が強いです。ベースは人ですし、悪魔は間借りしてる感じなので……大体、一割ぐらい精神に影響を及ぼせればいい方です。はぐれ魔女になるとその割合がもっと少なくなる感じですね」


 伊蔵はカラ達が話していた事を思い出す。

 精神のみ、つまりは悪魔とは魂だけ別の世界からこちらに来ているとカラは言っていた。


 伊蔵の脳裏に自分の体に入り込もうとする別の魂のイメージが浮かぶ。


「妾はシュガナに一割を超えて影響されたのか?」

「そうですね……多分、意識を乗っ取られるという事は、五割以上だったのではないでしょうか」

「五割……言われてみれば、西に向かった時には殆ど魔力を吸う事しか考えておらなんだ……」


「多分、吸った魔力を使ってコリトさんの意識を眠らせつつ沼で更に魔力を取り込んで、肉体を構築していったのではと思われます」

「そういえば、シュガナと名乗った大蛇を切った時、血は霞の様に消えておった……あれはベラーナの様に魔力で作られた仮初の物じゃったというわけか?」


 フィアは伊蔵に頷きを返す。


「はい、話を聞く限りではそうだと思います。仮初の肉体を作り、こちらの食べ物を食べて完全な体になる……放っておいたら村や街が襲われたかもしれませんね」

「街を……妾はあのままじゃと人を喰ろうたと言うのか……守るべき民を……」


 コリトは茫然と視線を移ろわせた。


「……その可能性は高いでしょう……でも凄いですね、伊蔵さん……仮初の体だったとはいえ悪魔を倒すなんて……」


 フィアはショックを受けた様子のコリトを見て、空気を変えようとワザと明るい口調で伊蔵に話を振った。


「この刀と新しい苦無のおかげじゃ……そうじゃ、シュガナが妙な事を言うておった。この刀、佐神国守(さじんくにもり)がヴェルトロとかなんとか……」


「ヴェルトロですか? っていうか、その剣、そんな名前だったんですねぇ」

「うむ、佐野川の龍神が(きたえ)し国の守りよ。してフィア殿、ヴェルトロという名に心当たりは?」

「ヴェルトロ……うーん、無いですね。一応、文献を調べてみますが、そもそも悪魔や天使の名前とかは記述が少ないので……」


 さようか。伊蔵は少し残念そうにそう返した。


「でですね。コリトさんの話を聞いていて思ったのですが……コリトさん、私の使い魔になりませんか?」

「使い魔か……懐かしいのう……レゾ様も荒くれどもをよう使い魔にしておった……構わぬぞ、妾も悪魔に支配され人を喰らいたくはないからのう……」


 平和を目指し戦っていたというコリトには自分の意思では無いとはいえ、人を襲って喰っていたかもしれないというのはかなり堪えたようだ。


「では早速……」


 フィアは両手を組んで囁く様に呪文を詠唱した。

 少し伸びた角が輝き、コリトの額に紋様が浮かび消える。


「……これで妾もそちのしもべというわけじゃな……よもやレゾ様以外に仕えようとは」

「変な命令はしませんから安心して下さい。あっ、あと、もしよかったら血を頂けないでしょうか?」

「血か……そんな所までレゾ様と一緒なのじゃな……」


「血……フィア殿、先ほどの悪魔に支配されるという話じゃが……お主は大丈夫なのか?」

「はい、今の所は……あの伊蔵さん、ずっと言おうと思っていたのですが……」

「なんじゃ? いまさら遠慮する仲でもあるまい。なんでも申せ」


 フィアは少しためらった後、顔を上げ伊蔵を真っすぐに見た。


「私が間違っていたり、変になったりしたら伊蔵さんに止めて欲しいんです……」

「…………確かに承った」

「あの分かってますか? 私を止めるって事は……その……最悪、殺すって事も入っていて……そうなると伊蔵さんは……」

「みな迄言わずとも分かっておる。お主が悪魔に飲まれるような事があれば、儂が必ず止めてやろうぞ」

「伊蔵さん……お願いしますね……」


 そう言って少し笑ったフィアを見て、コリトが口を開く。


「……伊蔵、そなたフィアの使い魔であろう? 主を殺す事を引き受けるのか?」

「主君が間違っておるなら命を張って(いさ)めるのが忠臣と言うものじゃろう? まぁそうなる前に拳でも使って止めるつもりじゃがな」

「拳……伊蔵さん、止めては欲しいですけど、あまり痛いのはちょっと……」


 フィアは頭を抱え不安げに伊蔵を見た。

 そんなフィアに伊蔵はニヤリと笑みを返す。


「安心せよ。一瞬で意識を飛ばすゆえ、痛みを感じる暇は無い」

「ひぅ……」

「……おかしな主従じゃ」


 そう呟きながらコリトは伊蔵が言っていた戦いに向かないという言葉の事を考えた。


 確かに自分が道を誤った時、殺してでも止めろと言うような者が、他者の命をぞんざいに扱うとは思えない。

 フィアは恐らく敵であっても救える命は救う筈だ。自分が仕えたレゾの様に。


 それを思うとコリトは知らぬ間に微笑みを浮かべ、かつての主の面影を残す少女を見つめていた。

お読み頂きありがとうございます。

面白かったらでいいので、ブクマ、評価等いただけると嬉しいです。

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