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王子と虹の蛇

 ルマーダの西側、その中心に位置する都、ルーンドリア。

 享楽と退廃が支配するその街の中心に、初代女王レゾの子である王子クレドが住む城がそびえていた。


 一部の貴族が神と結び反旗を翻した事で、元々ルマーダの中央にあった王都や城は放棄され現在は廃墟と化していた。

 ルーンドリアは第一王子のクレドが治めていた街で、便宜上、都と呼ばれている。


 その城の一室で真ん丸な黒目しかない紫のローブの小男が、桃色の髪に二本の長い角を持つ中年の男に慌てた様子で話しかけている。


「殿下、悪魔が出現したと思われます!!」


 中年の男は顎髭を摘みながら気だるげな視線を小男に送る。


「悪魔など国中で呼び出しておるではないか? 今更なんだと言うのだ?」

「精神体では無く、実体化した悪魔で御座います!!」

「実体だと……何処だ?」


 男は実体と聞き座っていた椅子から身を乗り出した。


「一時でしたが私めが感知したのは西、恐らくですがカラの領地と思われます」


 カラと聞いて男は片眉を上げた。


「カラ……あの怠惰な男の領地か。力のみで領主に据えたが足元に悪魔がいるのに気付かんとは……ほとほと使えん男だ……そうだな……あやつは解任して前線にでも送れ。新たな領主としてサザイドを西に送り、悪魔を捜索させるのだ」

「畏まりました」


「よいか、この事はシーマ達には気取られるな。悪魔の血を喰らうのはこの俺、クレドだけよ」

「分かっております」


 西側、黒き魔女達を統べるレゾの子達は第一王子のクレド、第一王女のシーマ、そして第二王女のミミルの三人だ。

 彼らは国の平定で満足し王座に座り続ける母親から王位を簒奪する為、共謀し母であるレゾとその夫、つまり自分達の父親を殺害した。

 しかし、レゾ達の殺害後、彼らはそれぞれ自分こそが正当な王だと主張し分裂、三つ巴の争いを始めた。


 だが三人に大きな力の差は無く、彼らのうちの誰かが王座につく事無く現在に至っていた。

 配下の魔女から献上される結晶や血では他を凌駕する力を得る事は出来ず、三者はより強力な血を求めていたのだ。


 実ははぐれ狩りもその一環として行われている物だった。

 母であり原初の魔女であるレゾの血を引く者の血を得れば、他の二人を圧倒する事が出来る。

 クレドはそう考え、自らの派閥に属する魔女達にはぐれ狩りを命じたのだった。


「しかし、実体化した悪魔がいたとはな……よいか上手く交渉し必ず城に連れてくるのだ」

「御意」

「クククッ……これで小生意気な妹共を始末し、天使を滅ぼす事が叶うな……そうなればようやく俺は王として世界を手に入れる為に動く事が出来る」

「お心のままに」


 頭を下げた小男を見ながらクレドは満足そうな笑い声を上げた。


 その時のクレドは不完全とはいえ実体化した悪魔を屠る者がいるとは、露ほども考えてはいなかった。



 ■◇■◇■◇■



 その悪魔を倒した男、伊蔵(いぞう)はベラーナと共にコリトを連れて日暮れ過ぎにはカラの城へと戻っていた。


 長い時が過ぎたと知りショックを受けていたコリトだったが、時間と共に大分落ち着きを取り戻していた。

 テラスに降り立ち廊下を歩きながら、物珍し気にキョロキョロと視線を巡らせている。


「妾の時代はむき出しの石積みの城じゃったが……こんな真っ白な壁は初めて見たのじゃ」

「あんまウロウロすんなよ。取り敢えずモリスに報告しねぇといけねぇんだから」

「コリト、後で案内してやる。今は大人しくついてくるのじゃ」


「……分かったのじゃ……伊蔵、妾は街も見て見たいのじゃが……」

「……そちらも案内しようぞ」

「フフッ、そちはそこな蝙蝠と違って話が分かるのう」


 コリトはベラーナに嘲笑するような視線を向ける。


「伊蔵、やっぱコイツぶん殴っていいか?」

「ハッ、蝙蝠如きが妾の鱗を貫けるものか!」

「ググッ……ムカつく女だぜ」


 余裕の笑みを浮かべるコリトとそれに牙を剥くベラーナ。

 そんな二人の魔女を見ながら伊蔵は深いため息を吐く。


「はぁ……双方、止めよ。止めぬというなら無理矢理黙らせるぞ」

「なんでだよ伊蔵!? 悪ぃのはこの蛇じゃねぇか!?」


「大人になれベラーナ。受け流せばよい。それとコリト、お主が貴族であったのは数百年前じゃ、今は平民と変わらぬ。尊大な態度は控えよ」


「クッ……時の流れは身分さえも失わせるか……じゃ、じゃが妾はお主らより遥かに年上じゃぞ!」

「長く生きただけで敬われるなら、万年生きるという亀を敬わねばならぬ。よいかコリト、敬われたいと思うのであればそれに足る働きをしてみせよ」


 伊蔵の国でも身分のみで他者に権勢を振るう者はいた。

 しかし、そんな者は兵や民達から真の意味での尊敬は得られなかった。

 本当に尊敬されていたのは、やはり実際に事をなしている者だった。


 伊蔵の言葉はそんな経験から紡ぎ出されていた。

 彼の言葉を聞いたコリトは悔しそうに俯く。


「妾はずっとそうやって来たのじゃ……レゾ様を守り、平和を求めてな……」

「では今後もそれを為せ……フィア殿はこの国の安寧を求めておる。お主がフィア殿を守るなら皆もお主を認めようぞ」

「フィア……道中聞いたそち達の主じゃな……レゾ様の血脈とか」

「推測にすぎんがの、さてここじゃ。モリス、戻ったぞ」


 モリスの執務室に着いた伊蔵は、声を掛けながら扉を押し開ける。

 部屋の中では相変わらずモリスが書類の山と格闘していた。


「おお、伊蔵様……どうされたのですその恰好は?」


 伊蔵は服をコリトに与えていた為、ほぼ裸で鎧を身にまとっている状態のままだった。


「色々あってな」

「さようですか。まぁ仔細は後で伺いましょう。ベラーナ様、お帰りなさいませ。で、その方が最後のはぐれ魔女様ですかな?」


 モリスは伊蔵の服を着ているコリトを見てある程度の事を察しようだ。


「はぐれ魔女というか……こいつ大昔の魔女らしいんだわ」

「大昔……シャルア様のように建国初期の方ですか?」

「いや、どうもその前らしい」


「その前……?」

「そうじゃ妾はレゾ様の盾として名を馳せた虹の蛇コリトじゃ!!」


 コリトの名乗りを聞いてモリスは「虹の蛇で御座いますか?」と首をひねった。


「クッ……そちも妾を知らぬのか!?」

「レゾ様にお仕えした魔女様ですか? ……その割には余りお年を召してはいないようで……」

「コイツ、悪魔になってたからな」


「悪魔!? ……ベラーナ様、大丈夫なんでしょうね、その人?」

「また悪魔になるようなら儂が刻んでくれるわ」

「刻む……なるほどそういう事ですか……合点がいきました」


 苦笑して頷くモリスに今度は伊蔵が首を捻る。


「何がじゃ?」

「フィア様が伊蔵様が危険な敵と戦っていたと言われましてな……帰ったら部屋に来てほしいと」

「ぬ……承知した……ベラーナ、コリト、儂はフィア殿の下へ行く。お主らはどうする?」


「俺は飯食って寝る……お前ら運んでそこそこ疲れたからよぉ」

「妾はそのフィアとやらに会いたいのじゃ。レゾ様の(すえ)なら恐らく見れば分かるのじゃ」

「さようか。ではコリト、ついてまいれ。モリス、詳しい報告は後程しようぞ」

「了解です」


 伊蔵はモリスに頷きを返すとコリトを連れて執務室を後にした。

お読み頂きありがとうございます。

面白かったらでいいので、ブクマ、評価等いただけると嬉しいです。

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