女王の盾
巨大な蛇の悪魔、シュガナの元となった魔女は名をコリトと名乗った。
彼女には取り敢えずベラーナが持っていた、伊蔵の背嚢に入っていた彼の服を着てもらっている。
「ゴワゴワして肌触りの良くない服じゃのう」
「てめぇ、服を恵んでもらっといて文句言ってんじゃねぇよ!」
「先ほどから聞いておったが口の利き方を知らん娘じゃ。そこな男、貴様の連れであろう? 貴人への接し方をちゃんと教えておけ」
コリトはベラーナの言動に顔を顰めつつ、裸で鎧を着ている伊蔵に命を下す。
「儂はお主の配下では無い。この娘の言葉遣いを直す義理は無いわ」
「いいぞ伊蔵、もっと言ってやれ!」
「グヌヌッ……貴様ら妾を誰じゃと思うておる?」
「今の所、コリトという名以外は分からぬのう?」
首を傾げた伊蔵にコリトは声を荒げる。
「何じゃと!? 女王の盾と呼ばれた虹の蛇コリトを知らぬじゃと!?」
「……ベラーナ、知っておるか?」
「いや、全然知らねぇ……大昔の貴族の一人じゃねぇか?」
自分の名を知らず、敬う事もしない伊蔵達にコリトは憤り両の拳をブンブンと振った。
「この無礼者どもが!! 妾はレゾ様の側近ぞ!!」
「初代のぉ? 何でそんな奴がこんな沼地にいるんだよぉ?」
「何で……そうじゃ妾は何故このような場所に……?」
「お主はシュガナと名乗る大蛇の体から現れた。それと関係があるのではないか?」
「シュガナ……そやつは妾が契った悪魔の名じゃ……」
シュガナと聞いたコリトは暫く記憶を探る様に視線を宙に漂わせた。
「……そうじゃ、妾は更なる力を得ようと魔力の濃い地を巡ってそれで……」
「魔力の濃い地のう……そういえばフィア殿の家の有る森も魔力が濃いと言っておったな」
「ああ、確かにあそこは結構、魔力が湧き出てた。たまにあるんだ、そういう場所がよぉ」
「それで……妾は……そうじゃ!! 思い出したぞ!! 各地で存分に力を吸った妾は最後に西の辺境に向かったのじゃった」
「へぇ、それで」
「……思い出せぬ……確か辺境の山に囲まれた土地を目指していた筈なのじゃが……ぷっつりと記憶が途切れておる」
コリトは不安そうに瞳を揺らした。
「なぁ、その方ら教えてくれぬか? レゾ様は国を……戦乱の続くこの地に平和を作れたのか?」
「……ああ、一応作れたよぉ」
「一応? 一応とはどういう事じゃ!?」
「はぁ……あんたどうやらレゾと一緒に戦った魔女の一人らしいな?」
「そうとも、妾はレゾ様にならって悪魔と契りを交わした者の一人じゃ……」
「……レゾが戦って国を興したのは今から大体六百年ぐらい前の話だぜ」
「六百年……じゃと?」
ベラーナの言葉を聞いたコリトは目を見開き、その後ふらついて膝を折った。
「ぬっ!?」
咄嗟に伊蔵が駆け寄り力を失った彼女の体を支える。
「そんな……妾は……あの方のお役に立とうと……」
伊蔵に抱えられたコリトは瞳を揺らしながら「嘘じゃ……」と小さく呟いていた。
「よぉ、どうする伊蔵? こいつは“はぐれ”とは少し違うみてぇだがよぉ?」
「連れ帰るしかあるまい。この者もシャルア殿と同じくレゾの事を知っておるようじゃしのう」
「ふぅ……また大蛇にならねぇといいが……」
そう言ったベラーナを伊蔵は真っすぐにじっと見つめた。
「な……何だよ?」
「……もしやお主もいずれ巨大な蝙蝠になるのではなかろうな?」
「ならねぇよ!! そう簡単に悪魔は実体化なんて出来ねぇんだよ!!」
「本当じゃろうな? もしお主が大蝙蝠になって暴れるなら儂はお主を斬るつもりじゃからの。一応覚悟はしておけ」
「斬る前に助ける努力をしろよ!!」
「この者は斬る事で戻ったではないか?……しかし蝙蝠となれば戦場は空か……中々に刃を届かせるのは難しそうじゃのう」
「ホントもうお前は!!」
斬る気満々の伊蔵にベラーナは髪を掻きむしり憤りの叫びを上げた。
■◇■◇■◇■
伊蔵達がシュガナと戦う少し前、カラの城ではフィアが書庫でルキスラに抱きしめられていた。
周りには書庫にいたイーゴとアナベル、ローグの他、ルキスラを運んだジルバと従者としてついて来たアレンが二人を見守っていた。
「その桃色の髪、緑の瞳……面影がある、確かにフィアだ……大きくなった……いや、そうでもないな……とにかく会えてうれしいぞ!!」
「あう……ルキスラさん……苦しい……です」
「ああ、すまんな」
思い切りフィアを抱きしめていたルキスラは慌てて彼女を放した。
その後、フィアの前に屈み優しく頭を撫でる。
「懐かしいな……レアナからは鳥が届けてくれた手紙にお前の事も書いてあったぞ」
「鳥……リリですね……あの子もお母さんと一緒に……手紙にはなんて書いてあったのですか?」
フィアは悲し気に俯きかけたが、それを振り払い明るい声でルキスラに尋ねた。
「フィア……自分に似て少し頑固な所があると……フフッ、人と生きたくて反乱を起こすんだ、人好きな所は確かに似ているよ」
「……そうですか、お母さんに似てますか……えへへ……」
母親に似ていると言われ、嬉しそうに笑っていたフィアの顔が突然曇る。
「どうした!?」
「いえ、急に魔力が吸われて……伊蔵さん……」
「伊蔵? あの男に何かあったのか!?」
「……すいません。ルキスラさん、ぶしつけなお願いなのですが血を分けて頂けませんか?」
「血……魔力か? それは構わんが……大丈夫なのか?」
「はい、今はまだ……アナベルさん、ナイフとコップを」
フィアはアナベルに視線を移し指示を出す。
「はっ、はい!」
「フィア、伊蔵に何かあったのか?」
「よく分かりませんが危険な相手と出会ったみたいです……」
イーゴの問い掛けに答えながらフィアは少し辛そうに胸を押さえた。
「危険な相手って、伊蔵は俺のゴーレムも簡単に倒した奴だぜ?」
「最南端のはぐれ魔女かしら……でも伊蔵なら平気だと思うんだけど……」
「あいつ、そんなに強いのか?」
「腹の立つ事にね」
アレンの問い掛けにジルバが答えていると、フィアのもとにナイフとコップを持ったアナベルが駆け寄った。
「フィアさん!」
「ありがとうございます。ではルキスラさん、血を……少しでも伊蔵さんの力に……」
「フフッ、フィアとあの伊蔵は主人と使い魔という感じでは無いな」
ルキスラは笑みを浮かべると、アナベルから受け取ったナイフで躊躇なく手の平を切り裂いた。
「ルキスラ様……」
「大丈夫だアレン」
手の平から流れ出た鮮血が木のコップに注がれる。
「ほら、フィア」
「ありがとうございます……」
フィアは受け取ったルキスラの血を喉を鳴らして一気に飲んだ。
その間にルキスラに駆け寄ったアレンが彼女の手に布を巻いて行く。
「ありがとう、アレン」
「いえ、従者ですから」
「ふぅ……なんだか新鮮な果実みたいな……すっごく爽やかです……」
血の感想を言ったフィアを見てルキスラは一瞬ポカンとした後、目じりに涙を溜めて笑い始めた。
「フフッ……フフフ……親子そろって同じ事を言うんだな……」
「お母さんも同じ感想を言ったんですか?」
「ああ、爽やかで美味しいって言ってたよ」
そんな話をしている間にフィアの顔色は徐々に回復していった。
「どうも何とかしたみてぇだな……しかし伊蔵が危険を感じるって、カラ様クラスの魔女か?」
「お嬢ちゃん、どうなの?」
「詳しい事は何とも……私もずっと心を感じているわけでは無いので……でももう大丈夫みたいです」
「伊蔵達から直接話を聞くしかなさそうねぇ」
「……話か」
ジルバの言葉で何か思いついた様子のイーゴ以外は、伊蔵達の帰りを気をもみながら待つ事になった。
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