家族の様に
ルキスラは移動を受け入れた後、住民達へ伊蔵達が起こそうとしている反乱の事も含め、全ての事情を話した。
彼女の家、大樹の前に集まった住民達は当然、ルキスラが里を出る事には強く反対した。
ただ、反対の理由はルキスラがいなくなり収穫が落ちる事では無く、純粋に彼女の身を案じた結果だった。
「ルキスラ様、どうしても行くと言うなら誰か従者を付けて下さい!」
「従者だと? 相手は魔女だぞ、人が勝てる訳があるまい」
「囮ぐらいは出来る筈です! お願いします!」
ルキスラの周りに集まり住民達は必死に訴える。
「しかしなぁ……」
「一人ぐらいならついでに運んであげるわよ」
見かねたジルバが声を掛けると、住民達は今度は自分が従者になると言い合いを始めた。
「随分と慕われておるのじゃな」
伊蔵が住民達から離れたルキスラに声を掛けると、彼女は言い争う人々を愛おしそうに見つめた。
「さっき話しただろう。赤ん坊の時からずっと見ていたんだ……家族みたいな物だよ」
「家族か……」
「さて、どうも誰か選ばんと収まりがつかんようだな……しかし誰にするか……」
「モリスは……領主の側近ね。彼は匿う為の屋敷を用意するって言ってたわ。だったら身の周りの世話をしてくれる人がいいんじゃない?」
「世話などしてもらわなくても、私は大抵の事は自分で出来る」
「では今後、この里に何か出来る様、若い者はどうじゃ? 街で学ぶ事もあるじゃろう」
「学ぶか……」
伊蔵の言葉でルキスラは、自分の方が役に立つと言い合いをしている住民達一人一人に順番に視線を送った。
やがてその中の一人、ルキスラを助けに来た時、先頭に立っていた若い男で視線を止める。
「アレン」
ルキスラが男に呼び掛けると言い合いは一瞬で静まった。
「何ですかルキスラ様? もしかして俺を連れて行ってくれるんですか!?」
「ああ、私と一緒に来てくれるか?」
「もちろんです!!」
アレンと呼ばれた赤毛のまだあどけなさの残る若者は嬉しそうに答えた。
「アレンか……まぁあいつならしょうがないか……おいアレン、しっかりルキスラ様をお守りしろよ!」
「そうだぞ! それと変な事はするなよ!」
「分かってるよ!」
アレンの周囲にいた人々は彼をもみくちゃにしながら叱咤激励している。
「何、変な事って?」
「アレンはどうも私に懸想しているようでな。子供の時はよくたわいのない悪戯をされたものだ」
「懸想って……いいのそんな子で?」
「あの子はこの里で一番飲み込みが早い。街で得た事を生かす事が出来る筈だ」
「ふむ、惚れておるなら、お主が言えば懸命に学ぶじゃろうな」
「フフッ、そうだろう……しかし、私の様な者が人から好意をよせられるとはな……」
そう言うとルキスラは白い毛におおわれた手に目を落とした。
彼女もジルバと同じく自分の容姿に引け目が有る様だ。
「見た目を気にしてるの?」
「当たり前だ。私も元々は人間だぞ……里の連中は気兼ねなく接してくれるが、外に出ればそうもいかんだろう」
「じゃあ、あなたにも変身の魔法を教えてあげるわ」
「変身!? お前は使えるのか!?」
「ええ、使えるわよ」
「……ぜひ教えてくれ」
「喜んで」
笑みを浮かべ頷いたジルバに伊蔵は少し期待を込めた視線を向けた。
「ジルバ、以前ローグに話していた時から気になっておったのじゃが、その変身の魔法は儂には」
「あなたは基本人間だから多分無理」
「クッ……やはりか」
ガックリと肩を落とす伊蔵を見てジルバは少し気の毒に感じた。
「でも、フィアから聞いたけどあなた仮初の体なんでしょ……だったら出来るかな……えっとねぇ、こう魔力を肌の表面に這わせる感じにしてなりたい姿をイメージするのよ」
「魔力……表面……ぬぅ……」
「なるほど、表面だけ変質させるのか……私は肉体全てを変えようとしていたから今まで出来なかったのだな」
困惑する伊蔵とは逆にルキスラはジルバの説明だけでやり方を理解出来たようだ。
伊蔵は魔力を肌の表面に這わせるという事以前に、魔力を感じる事が出来ずうんうんと唸り声を上げていた。
そんな伊蔵を他所にルキスラはジルバに聞いた事を即座に実践する。
白い体毛は真っ白な肌に変わり、鹿に似た蹄の生えた足は人のそれに変わった。
額の角だけはそのままだったが、それ以外は人間と変わりない姿の美しい白髪の女性がそこにはいた。
ルキスラは変化した自分の手を見つめ、確認する様に手を動かす。
「少々疲れるがこれほど簡単に……やはり交流はせねばならんな……」
「何ですかルキスラ様それ!?」
「人の姿になれたんですか!?」
「美人だ!!」
ワイワイと彼女を取り囲む住民達の横で、伊蔵は一人悔しそうにそれを見ていた。
「ググッ……やはり魔女であらねば出来ぬというのか……」
「なんでそんなに変身したいのよ?」
「変化出来れば他者に化けていかような場所にも潜り込めるじゃろうが!」
「ああ、仕事に使えるって事ね……はぁ、あなたってホント無粋ね」
「クッ、羽根も生やせぬし変化も出来ぬ……使えそうな技が山ほどあるというのに……無念じゃ」
心底残念そうに言う伊蔵の脳裏には、翼を使い加納の城に乗り込み、変化を使い怨敵に近づき首を落とす自分の姿が浮かんでいた。
「そうだこの籠手みたく鎧に変化や羽根の魔法を定着してもらえば?」
「おお、それなら! ……いや、フィア殿が回数に制限があると言うておった……多分飛べても途中で落ちてしまうじゃろう……」
一瞬、明るい表情になった伊蔵がフィアの言葉を思い出し再度肩を落とした時、上空に羽音が鳴り響いた。
お読み頂きありがとうございます。
面白かったらでいいので、ブクマ、評価等いただけると嬉しいです。




