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ルキスラとレアナ

 ルキスラの家は隠れ里の中心にある大樹の洞の中に作られていた。

 大樹はこれまで伊蔵が目にしたどの木よりも大きく太く、洞の前は大樹自体が階段の様に変化しており入り口には扉も(しつら)えてあった。


 その樹が自ら作り出した様な階段を上り、ルキスラの後に続き扉を潜る。

 部屋の中は床は加工した様子も無いのに平坦だった。

 更にどういう仕組みか分からないが、外からの光を取り込んでいるらしくとても明かるかった。


 そんな室内には樹が変化した家具が並び、中央には床から盛り上がる形でテーブルと椅子が並んでいる。


 そのテーブルの奥の椅子を指差しルキスラは伊蔵達に座って待つ様に告げ、奥の部屋へ姿を消した。

 伊蔵(いぞう)は言われた通り椅子に座り、テーブルを撫で部屋の中を見回した。

 目に入る物は本やランプ等の小物以外は全て大樹が変化して形作られている様に見えた。


「この部屋自体が全て魔法の産物の様じゃな」

「みたいね。あのルキスラって魔女は植物を操れるみたいだし」

「ふむ……あの豊かな麦畑もあの者の力という訳か……」

「その通りだ」


 声の方に目をやるとトレイとポットを持ったルキスラが奥の部屋から姿を見せた。

 トレイの上には木のコップが乗っている。

 ルキスラは伊蔵達の前にコップを並べると、ポットから液体を注いだ。


「花から作ったお茶だ。心配しなくてもこれには何も入ってはいない」


 そう言うと自分のコップにも液体を注ぎ飲んで見せた。

 それを見て伊蔵もお茶を口に運んだ。

 お茶からは甘い香りが漂いそれでいてスッキリとした飲み口だった。


「うまいな」


 伊蔵がお茶を口にしたのを見て、ジルバもコップに口を付ける。


「あ、おいしい……」

「……これにはと言う事は、やはり昨夜の食事にはなんぞ入れられていたのじゃな?」


 ルキスラは伊蔵の言葉に微笑み、二人の向かい側、出口を背にして腰かけた。


「ああ、村人に指示して薬を私が入れさせた……薬と言っても眠れない時に出す薬だ、それほど強い物では無い」

「道理でよく眠れた訳だわ……」

「あの薬もレアナに造り方を教わったんだ……」


「なんで私達にそんな物を?」

「村人たちはお前達がはぐれ狩りだと思ったらしい。今まではたまに人間の役人が来るぐらいだったが、魔女が来たんでな。村人に拷問でもされては堪らんので、薬で寝かせてこっちに避難させたのさ」


 ルキスラは村人に危害が及ぶのを危惧し、隠れ里に匿ったようだ。

 恐らく伊蔵達が人除けの結界の効果で諦めて帰るのを期待したのだろう。


「躊躇なく結界に足を踏み入れたんで、戦うしかないと覚悟を決めたんだが……」

「こちらの様子を見ていたのか?」

「この森で起きる事は全て植物たちが知らせてくれる……ところで……レアナはどんな風に殺されたんだ?」


「御母堂がどのようになったかは見ていないので分からぬ……ただ、フィア殿が埋葬しきちんと墓は作っておる」

「そうか……あの赤ん坊がな……フィアは元気なのか?」

「心配しなくてもすこぶる元気よ。私達に睨みを利かせて働かせてるぐらいだもの」


 それを聞いたルキスラは「そうか……」と呟き優しく微笑んだ。

 自分達の言葉をすんなり受け入れたルキスラに伊蔵は問いかける。


「……儂らの言葉を事を信用するのか?」

「信用するも何もお前達がただのはぐれ狩りなら、無理矢理、私を連れて行けばいいだけだろう?  わざわざフィアの名を出す意味はない筈だ」

「フフッ、確かにそうね」


 ルキスラがそう言って笑うと伊蔵とジルバも釣られて笑みを浮かべた。

 確かにルキスラの言う通り、騙すつもりであれば手が込み過ぎている。


「……ルキスラ、お主はフィア殿の事もよく知っておるのか?」

「ああ、知っている。と言ってもフィアはまだ赤子だったから、私の事は覚えていないだろうが……」

「赤子……フィア殿が赤子という事は三十年前という事じゃな?」

「三十年……もうそんなに経ったのか……フィアは……ここで生まれたんだ」

「ここで……」


 伊蔵はルキスラの言葉で改めて部屋の中に視線を巡らせた。


「レアナがこの谷に来たのは、吹雪の夜だった……」


 ルキスラはフィアの母親、レアナとの出会い、そして彼女が辺境の村にもたらした物を伊蔵達に語った。


 レアナは他のはぐれ魔女と同じく、はぐれ狩りから逃れる為、比較的、捜索の緩いカラの支配地にやって来たらしい。

 そして辺境のカラの領地でも更に田舎であるこの土地にはぐれ魔女の噂を聞いて訪れたそうだ。


「その当時、私は村人と交流する事はせず一人で暮らしていたんだ。レアナも最初はそんな風にこの家で過ごしていたんだが、その内、山の上の集落に薬を届ける様になってな」


 レアナは森で採れた薬草を使い薬を作り、放牧で暮らしていた崖の上の集落と交流を始めたそうだ。

 ルキスラは当初、はぐれ狩りに見つかる事を恐れそれに反対していたが、レアナは人との触れ合いを止める事はしなかった。

 やがて彼女は集落の貧しい暮らしをどうにかしたいと思う様になった。


「私は乗り気じゃなかったんだが、押し切られてな」

「なんか分かる気がするわ……フィアも時々凄く怖いもの」

「そうなんだ。あいつ、時々妙に迫力があるんだよ。それで私も巻き込まれる形で隠れ里を作るのに協力したのさ」


 レアナはルキスラから血を貰い、その力を使って森の周囲に人除けの魔法を掛けた。

 どうやらレアナもフィアと同じく悪魔食いの力を持っていたようで、植物を操る力だけでなく幻影や心に影響を与える魔法を複合させて結界を完成させたそうだ。


 その後、ルキアナや集落の人々と協力して谷を畑に変えたらしい。


「あんまり大々的にやると目を付けられると思ったんだが……領主様にやる気が無かったのが幸いして、今日まで人間の役人以外が来ることは無かったんだ」


 その役人も今までは村人の言葉で西の谷を探索し、何も見つけられず帰っていったそうだ。


 そう言って笑みを浮かべたルキスラに伊蔵達は苦笑を返した。

 フィアの誕生にはカラが怠惰だった事が影響していたようだ。


「それで、フィア殿がここで生まれたとは?」

「隠れ里が出来た後、ロロと……集落の若者の一人と恋に落ちてな……二人は結ばれそれでフィアが生まれた」

「ねぇ、なんでお嬢ちゃんのお母さん、レアナさんはここを出て行ったの?」


「収穫が出来る様になると集落も人が増えてな……ただ、せまい土地だ、養える数はお前達が見た数が限界なのさ……それでレアナは別の土地で似たような場所を作ると言って、夫のロロと幼いフィアを連れて各地を巡る旅に出たんだ……私は止めたんだがな……」


 ルキスラは手にしたコップに視線を落とし、切なそうに笑った。


「なるほどのう……御母堂は魔女達と正面切って戦うのでは無く、魔女と人が共に暮らせる場所を作ろうとしたのじゃな……」

「ああ、国の西側を回って幾つかそんな場所を作ったってレアナの鳥が知らせてくれたよ……最近は西に逃げるルートを作りたいって言っていたが」


 フィアの母親レアナはルマーダでは無く、この国の外に希望を見出したのでは無いだろうか。

 いくら悪魔食いと言っても魔女達が進んで血を渡す訳も無く、カラの様な力を持つ魔女と戦う力はレアナには無かったのだろう。


「そんな訳で私は彼女が作ったこの里を守っていたという訳さ……生まれた時から知っている顔もここ三十年で増えたしな……さて、これで私の話は終わりだ。次はそっちの話をしてもらおうか? フィアの使い魔と言っていたな?」


「うむ、儂がフィア殿と会った時、あの娘ははぐれ狩りにおうておってな、そのはぐれ狩りの魔女は儂が仕留めたのじゃが不覚を取っての」

「フィアは死にかけた伊蔵を助ける為に彼を使い魔にしたらしいわ……その所為でなんやかんやで私達も使い魔にされて、それで国に対して反乱を起こす事になってね」


 反乱と聞いてルキスラは眉を顰めた。


「どういう事だ?」

「ふむ、儂らはフィア殿の願いで厄介な魔女達を排除すべく反乱の準備を進めておる」

「魔女の排除だと?」

「ええ、お嬢ちゃんは人間と魔女が一緒に仲良く暮らす世界にしたいそうよ」


 ジルバは肩を竦め苦笑しながらルキスラに答えた。


「仲良く暮らす……やはり親子だな。レアナも同じ事をよく言っていたよ……」

「じゃが反乱には少し時間がかかりそうでの、その時間を稼ぐ為、お主が王宮の者達に見つかると面倒なのじゃ」

「なるほど、それで保護か……しかし、この三十年、一度もこの谷ではぐれ狩りは無かったぞ? 別に今まで通りで良いのではないか?」


「はぐれ狩りはこの領でも年に一度程行われていたそうじゃ。じゃがフィア殿は全てのはぐれ魔女を保護するつもりじゃ……流石に一人も王宮に送らなければおかしいと思われるじゃろう?」


 伊蔵はフィアから伝え聞いたモリスの言葉をそのままルキスラに語った。


「そういう事か……しかし私がここを離れれば里が……」

「別にずっと離れていろという訳では無い。準備の間、城下で身を隠していて欲しいだけじゃ」

「そうそう、匿うにしてもバラバラでいられると困るのよ」

「……分かった。一緒に行こう……フィアにも会いたいしな」


 ルキスラは伊蔵達にそう言いながら、懐かしそうに微笑みを浮かべた。

お読み頂きありがとうございます。

面白かったらでいいので、ブクマ、評価等いただけると嬉しいです。

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