消えた村人を追って
ジルバが身支度を整え伊蔵と共に村長の家から出ると、彼の言った通り村は静まり返っていた。
二十人に満たない小さな村に見えたが、それでも昨日は山羊の声や子供達の声が聞こえていた。
しかし今は風の音しか聞こえない。
「ホントに誰もいない……」
「うむ、家畜も全て消えておる……儂らが村長の家で眠っている間に村人達は村を出たのじゃろう……昨晩は妙に眠りが深かった、一服盛られたのやも知れぬ」
昨日の食事に何か入れられたと語る伊蔵にジルバは首を傾げた。
「なんで? どうしてそんな事を……?」
「分からぬ……ともかく後を追うとしようぞ」
伊蔵は村の出口を指差した。
ジルバが視線を向けると地面には人と山羊の足跡が村の外へと続いている。
「ねぇ、私達の目的ははぐれ魔女の捜索よね。村人の事は後回しで良くない?」
「いや、村人が消えた事とはぐれ魔女がなんぞ関係しておるやも知れぬ。それに気になるじゃろう?」
「確かに気になるけど……分かったわ。じゃあ取り敢えず足跡を追いましょうか」
「うむ」
ジルバは魔力で背中に羽根を出現させると背に乗る様に伊蔵を促した。
「空からでは流石に足跡は追えぬぞ」
「あなたが追えなくても、私の目なら十分追えるわ」
「さようか……では任せる」
伊蔵はジルバの背にその身を預けた。
猛禽の羽根が空を打ち二人は一瞬で空高く舞い上がる。
今まで注意深く見た事は無かったが羽根は服の素材を無視して生えている。
実体があるのは服から出ている部分で根元は実体化していないようだ。
器用な物だと少し感心しながら伊蔵はジルバに問いかける。
「一つ聞きたいのじゃが?」
「何?」
「昨日見せてもらった姿じゃと、お主は両腕が羽根の様じゃったな?」
質問の意図が分からずジルバは首を捻り伊蔵に視線を向けた。
「そうだけど……それがどうかした?」
「何故、今はわざわざ背中から生やしておる?」
「腕を羽根にしちゃうと魔法が使いにくいのよ」
「魔法……ローグに使った物か……あれなら足を使えば良いではないか?」
「嫌よ足を使うなんて、そんな事したらブーツが壊れちゃうでしょ」
「……ではブーツなど履かずともよいのでは……」
伊蔵の言葉にジルバは大きくため息を吐いた。
「あのねぇ、この服は全部でワンセットなの。裸足だったら格好悪いじゃない」
「むう……」
「大体、私が人の姿をしてるのは元の姿を隠したいってのもあるけど、あの恰好じゃお洒落が出来ないからなんだから」
「お洒落のう……」
確かに昨夜、伊蔵が見たジルバの姿は美しくはあったが人の服を着るのは難しいだろう。
恐らく着れたとしてもゆったりとしたローブぐらいしか無理な筈だ。
「ご理解頂けたかしら?」
「お洒落というのは分からぬが、装備が身に着けにくいのは確かじゃな」
「……ホント、そういう所は無粋よね、あなた」
「ぬ……」
「フフッ、それじゃあ村人を追うわよ」
「……うむ」
押し黙った伊蔵に笑みを漏らすとジルバは地面に残る足跡を追って麓を目指し飛び始めた。
■◇■◇■◇■
ジルバが降り立った先は昨日、村長が言っていた西の渓谷では無く村の東に南北に延びる谷、その底に広がっている森の前だった。
「確かに足跡は森の奥へと続いておるな」
「これ以上空から追うのは難しいわね……ベラーナがいれば臭いで追えたのに」
「上手くいかぬ物じゃな。じゃがあやつを待つというのものう……」
「どうせあの娘の事だから、二度寝でもしてのんびり来るつもりに決まってるわ」
「であろうな……仕方ない、儂らだけで先に進むとしようぞ」
「……そうね」
伊蔵達は森の奥に続く足跡を追って朝日に照らされた深い森へ足を踏み入れた。
しかし、歩みを進めた先で村人達の足跡は小川に続いており、その後の足取りは伊蔵でも追えなくなった。
ただ、小川の水はかなり冷たく長時間歩くのは厳しいと思われた。
「恐らく、上流か下流、それほど遠くでは無いじゃろうが……」
「二手に分かれる?」
「いや、はぐれの事もある。共に動いた方が良いじゃろう」
「了解……でも何だが変な森ねぇ……こんなに鬱蒼としてるのに鳥の声が余りしないわ」
「鳥の声……」
伊蔵はジルバの言葉を聞いて耳に意識を集中した。
その耳が森が出す音を拾っていく。
深く集中するごとに周囲の音は大きさを増していった。
川のせせらぎ、鳥の声、獣の吐息、葉の騒めき……。
そんな物に混じって伊蔵は微かだが人の声を聞き分けた。
「……ふぅ……便利じゃがこれも長くは使えんのう」
声を確認し頭を振った伊蔵にジルバが不思議そうに問いかける。
「何をしたの? なんだか顔色が悪いわよ」
「音を聞いた、じゃがいらぬ音が多すぎてのう……ともかく方角は分かった。こっちじゃついて参れ」
伊蔵は小川を離れ真っすぐに声の聞こえた方角へと足を向けた。
ジルバは確信を持って進む伊蔵の後を少し戸惑いつつも追っていく。
やがて進むうち、ジルバの心に不安の似た感情が湧きおこる。
「ねぇ、伊蔵……嫌な予感がするんだけど」
「さようか、じゃが心配はいらぬ」
伊蔵は何が起きているか分かっているらしく平然と足を進めている。
「えっ? でも……何か悪い事が起きるような……ねぇ帰りましょうよ」
ジルバは先を進む伊蔵の服の裾を思わず掴んだ。
「ふむ、お主はこれに余り慣れておらんかったの……どれ、手を引いてやる」
「いや、そうじゃなくて、なんだかそっちは嫌なんだってば……」
子供の様に駄々をこねるジルバの手を引き、伊蔵は無理矢理、森を進んだ。
やがて伊蔵は大木の中に歩を進める。
「えっ、幻影!?」
驚くジルバも伊蔵に引かれるまま木の幹に飲み込まれた。
真っ暗な視界の中、足を取られない様必死で歩く。
その間も不安は気持ちは大きく膨らんでいく。
「ちょっと伊蔵、少しゆっくり……」
唐突に視界が開け、ジルバの視界の先には太陽に照らされた豊かな小麦畑が広がった。
「何……これ?」
「人除けの魔法じゃ。フィア殿の家の周囲の森にも似たような魔法が掛けられておった。恐らく空から見ればここは森にしか見えぬ筈じゃ」
「お嬢ちゃんの森の……」
そういえばとジルバが納得していると麦畑の上を跳躍し真っ白な人影が二人の前に降り立った。
白く長い髪の下の額の中央からは鹿に似た尖った角が一本伸び、人に似た顔の横から尖った耳が覗いている。
シャツやズボンから露出した手や足は白く短い毛におおわれており、その露出した足の先は蹄になっていた。
身長は伊蔵より少し大きいぐらいだろうか。
獣の特徴を有しているが、体つきや顔から鑑みるにどうも女性であるようだ。
「領主の配下どもが……諦めて帰っていればいいものを」
女は伊蔵達を茶色の瞳で睨みながら忌々し気に呟く。
「お主ははぐれ魔女じゃな? 儂らは」
「問答無用! ここを見られたからには死んでもらう!」
女の叫びに呼応して地面から突き出した植物の根が、生き物のように伊蔵達に襲い掛かった。
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