体の形と心の形
フィア達がガルドと城で食事を取っていた頃、伊蔵とジルバも山岳の村の村長の家で食事をご馳走になっていた。
村長の木葺屋根の石造りの家は他の家よりは多少大きいぐらいで、他の家とほぼ同じ作りのようだ。
居間兼台所には防寒と料理を兼用する暖炉が据えられ、四人掛けのテーブルが置かれていた。
そのテーブルの上に料理が並んでいる。
メニューは固いパンとチーズ、そして山羊のミルクだった。
「うぅ……ひもじいわ」
「贅沢を申すなジルバ、すまぬなご老体、連れが失礼を……」
「いえ、お気になさらず……なんでしたら今からでも麓の町へ……」
「いや、ご厄介になり申す。このおなごの言う事は気にしないで下され」
「何よ、あなたも芋ばかりの食事に文句を言ってたってベラーナに聞いたわよ!」
「……そんな事もあったのう」
惚ける伊蔵に何やらボヤキつつ、ジルバは結局、出された食事を全て平らげた。
その後、村長夫婦は寝室に伊蔵達を案内し自分達は息子夫婦の家へと去って行った。
恐らく伊蔵達と同じ家にいて何か問題が起きる事を恐れたのだろう。
村長夫婦の寝室はジルバが想像していた通り、敷き詰めた藁の上に麻のシーツをかぶせた物だった。
木で内張された壁に窓が一つの小さな部屋にその藁のベッドが二つ並んでいる。
「やっぱり……藁のベッド……しかも同じ部屋なんて……」
「何が問題なのじゃ? 心配せずともお主に懸想したりはせぬ」
「それはそれで癪にさわるけど……そうじゃなくて、あなたがいたらずっと変身を解けないじゃない」
「やはりその姿は変化であったか……お主がどの様な姿であっても儂は気にせんぞ」
「あなたが気にしなくても私が気にするのよ!」
「……もしや本性を知られたら、その者の下から去らねばならぬという掟でもあるのか?」
ジルバは一瞬キョトンとした後、首を傾げ口を開いた。
「そんなの無いけど……あなたの国にはそんな掟があるの?」
「おとぎ話でそんな話があるのじゃ。人に化けて恩返しに来た者が正体を知られその者の下を去る話がのう」
「なんで去るの?」
「分からぬ……中には子を生した者もおったが、自分の子供を置いて男の下から去ったのじゃ……理解出来ぬ」
「ふーん」
「まぁ、所詮はおとぎ話よ」
ジルバは少し考えこむと、ベッドに腰かけ伊蔵に目をやった。
「ねぇ、ホントに私がどんな姿でも気にしない?」
「他者の見た目で扱いを変えるのは下策じゃとローグに話しているのを聞いたじゃろう?」
「そういえば言ってたわね」
話ながら伊蔵は身に着けていた装備を外しベッドに体を投げだした。
「ふぅ……例えお主が異形の怪物であろうと、心根が変わらぬなら対応は変えぬ」
気持ちよさそうに伸びをする伊蔵を見つめながら、ジルバは少し迷い再度問いかけた。
「……本当ね」
「くどいのう……ぬっ?」
ベッドから立ち上がるとジルバは身に着けていた乗馬服を脱ぎ始めた。
あらわになった白い肌が見る間に羽毛に覆われていく。
羽毛はやがて顔を覆い、最終的には猛禽の嘴と翼を持つ人型の鳥へとその姿を変えていた。
「ほう……それがお主の本当の姿か?」
「ええ、驚いた?」
「驚きはしたが……何故急に変化を解いたのじゃ?」
「眠るとどうせ変身が解けちゃうからね……それで感想は?」
伊蔵は身を起こし変化を解いたジルバを改めて見た。
鷹に似た顔つきに翼の様な腕、鋭い爪を持つすらりと伸びた足。
胸と腹は白い羽毛で覆われている。
人と鳥が交じり合ったそれは、異形ではあったが伊蔵には美しく思えた。
「ふむ……中々に美しいな」
「美しい? それは本心?」
「本心じゃが……なんぞおかしいか?」
首を捻る伊蔵にジルバはベッドに腰かけ、ポツリポツリと昔の事を話し始めた。
「私もね、ベラーナと一緒で人狩りに遭って魔女にされたの……それで最初の内は変身も出来なくてね」
「ふむ……変化も訓練が必要と言う訳じゃな」
「結構難しいのよ……でね、魔女になって多少自由になると故郷が懐かしくなったのよ……それでこの姿のまま行ってみたんだけど……」
「……」
無言でジルバを促す伊蔵を見て、本当にこの男は変わらないなと苦笑しながら彼女は話を続ける。
「皆、私を見て凄く怯えてさぁ……ジルバだって言っても全然信じてくれない訳。まぁ、見るからに魔女だって見た目だから仕方ないのかも知れないけど……仲の良かった幼馴染にまで敬語で話された時にはちょっとショックだったわ」
「それでお主は変化を覚え着飾る様になったのか?」
「元々、キラキラしたドレスには憧れがあったけど……私に怯えた村の連中に綺麗になった私を見せたいってのはあったかもね……随分前の話だし、皆もう死んでたりお爺ちゃんやお婆ちゃんになってるでしょうけど……」
鳥の姿のまま肩を竦めたジルバに伊蔵は「なるほどのう」と呟きながら頷きを返した。
「ローグにも言うたが姿形は問題では無い。重要なのはその者に信用が置けるかどうかじゃ」
「で、私は信用出来るって訳?」
「その姿、本当は見せたくなかったのじゃろう?」
「まあね」
「それを見せたという事は儂を少しは信用したのであろう? 信には信で返すのが人の道じゃ……明日も早い、もう寝ようぞ」
そう言うと伊蔵はランプを消しベッドに横になると、直ぐに穏やかな寝息を立て始める。
「……人の道……あなたはこんな見た目でも私を人として扱ってくれるのね……ふぁああ……結構距離を飛んだ所為かしら、よく寝れそうだわ……」
そう呟いたジルバからは伊蔵に持っていた苦手意識はきれいさっぱり消えていた。
■◇■◇■◇■
翌朝、ベッドで丸まり眠っていたジルバを伊蔵が揺り起こす。
「起きろジルバ」
「ふぁあああ……にゃむ……なあに伊蔵……?」
羽根に変わった手でジルバは目をこする。
ジルバは結構朝には強いと思っていたが、その日はやけに眠かった。
「村人が消えておる」
「……どういう事?」
ジルバは身を起こすとベッドの上で伊蔵に向き直った。
伊蔵は既に装備を身に着け身支度は済んでいるようだ。
「もうすぐ夜明けじゃというのに、誰も起きてくる気配がないのでな。村人の家を回ってみたのじゃ。そうしたらどの家もカラでな」
「……山羊を放牧に行ったんじゃないの?」
「女子供総出でか?」
「ホントに誰もいないの?」
「うむ」
ジルバは少し考え込むと枕元に置いた乗馬服を手に取った。
「用意するわ。居間で待っててもらえる」
「急げよ」
「分かってる」
伊蔵が部屋を出るとジルバはボンヤリする頭を振り、体を人に変えると赤い乗馬服を身に着けた。
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