辺境の中の辺境へ
ガルドを保護した伊蔵達はジルバの合流を待って次の目撃情報のあった場所へ向かう事にした。
ただ時間的に日暮れが近く、本日の捜索はこれで終了という事になるだろう。
伊蔵としてはベラーナかジルバ、どちらかにガルドを連れて城へと向かってもらい自分達は次の場所、城から南東にある谷の近くで宿を取り城に向かった者は翌日合流という流れを考えていた。
「という予定で行きたいのじゃが」
「んじゃ、俺がこの狼を城に連れ帰ってやるぜ」
「えー、私も自分のベッドで寝たいんだけど」
伊蔵が今後の予定を話すと二人は自分が送っていくと言い争いを始めた。
これから向かう場所は辺境であるカラの領地の中でも、かなり辺鄙な場所、言ってしまえばド田舎だ。
当然、宿も城の自室とは違い快適とは言えない物になるだろう。
「ふぅ……どちらでもよい、さっさと決めよ」
「んじゃ、また殴り合いで決めるか?」
「嫌よ。私まだ伊蔵から武術を習ってないんだもの、負けちゃうじゃない」
「ケッ、んじゃどうすんだよぉ」
「ちょっといいか?」
三人の様子を見ていたガルドが小さく手を上げる。
「何だ狼?」
「殴り合いが駄目ならゲームで決めないか?」
「ゲーム……どんなゲームよ?」
「そうだな……俺が分身するから本体を当てるってのはどうだ?」
「何、この狼さん分身なんて出来るの?」
「ああ、俺も見たがどれが本物か見分けは付かねぇ」
ジルバは腕を組み左手を顎に当てガルドの全身をゆっくりと観察すると、微かに微笑んだ。
「いいわよ。それで行きましょう」
「あんたもそれでいいか?」
「……ああ、いいぜ」
「よし……それじゃあ、いくぞ」
ガルドの体が地面に吸い込まれ、影が二つに分かれると次の瞬間には二人のガルドが草むらに出現していた。
「「さぁ、本体はどっちだ?」」
「……本当に見分けが付かないわね」
「クッ、臭いも同じかよ……んじゃ右だ!」
「……じゃあ、私は左でいいわ」
「「正解は……右だ」」
ガルドが答えると同時に二人から向かって左側の狼が溶ける様に消える。
「よっしゃ! ……悪ぃなジルバ。こいつは俺が送っていく」
「はぁ……私の目なら絶対本物が分かると思ってたのに……」
「決まりじゃな。ではベラーナ明日、谷で合流しようぞ」
「了解だ。んじゃ行くぞガルド」
「ああ……城か……今日はベッドで寝られそうだな」
ベラーナはガルドを背に乗せると空へと消えた。
それを見送ったジルバは、これから向かう宿の事を考え深いため息を吐く。
「儂らも出発するぞ」
「……ねぇ伊蔵、私達も城に帰らない?」
「はぐれの捜索は明日で終わらせたい。最後は領の南端じゃ、谷の捜索は出来れば昼までには終えたいのじゃ」
「そう……分かったわよ」
幾ら空を飛べると言っても移動には時が掛かる。
明日で終わらせるなら伊蔵の言う事はジルバにも理解出来た。
理解は出来たが恐らく今夜の寝床は良くて藁のベッド、悪いと木にシーツを布いただけの物になるだろう。
いや、そのシーツさえ無いかもしれない。
「はぁ……なんか考えただけで体が痛くなる気がするわ」
「屋根の下で眠れるだけましでは無いか。そんな事より早う行こうぞ」
「……あなた、今までどんな風に旅して来たのよ」
「旅の話が聞きたいのか? では道々話してやろうぞ」
「そういう事じゃないんだけど……」
伊蔵の答えに深いため息を吐くと、ジルバは彼を乗せて南、谷近くの村へと翼をはためかせた。
■◇■◇■◇■
村はカラの城から南東、山と谷ばかりの高地にしがみ付く様に存在していた。
主な産業は牧畜らしく山羊の声が集落に響いている。
村人は山羊を飼い、肉と山羊の乳の他、乳を加工したチーズ等を麓の町に納める事で生計を立てているようだった。
「すごい田舎ね」
「ふむ、のどかじゃな……このようなゆっくりした集落を見るのはこの国に来て初めてじゃ」
「のどかって……何も無いだけじゃない……」
村の中央に降り立った伊蔵達がそんな感想を漏らしていると、村長らしき老人がおずおずと二人に話しかける。
彼以外の村人は遠巻きに伊蔵達の様子を窺っているようだ。
「あの、魔女様。このような辺鄙な村にどのような御用でしょうか?」
「この近くの谷にはぐれ魔女がいると聞いてね」
「ああ、なるほど、はぐれ狩りでしたか……確かにここから西の霧深い谷にそやつは潜んでおります」
「ほう……ご老体も見た事があるのか?」
「はっきり正体を見たわけでは御座いませんが、霧に中に巨大な影が動いているのは確かにこの目で見ました。村の者も何人も同様の物を見ております」
老人は正体不明の怪物に怯える様に両手で自身を抱え身震いした。
「何かがいるのは確かみたいね……それはそれとして、私達、今晩この村に泊まりたいんだけど何処か泊まれる場所はあるかしら?」
「えっ!? 泊まる……あの、この村に魔女様がご満足出来る様な宿は御座いませんが……」
「屋根のある所ならどこでもよい。金は出すゆえ、どこぞに泊めては貰えぬか?」
「ちょっと伊蔵、私、せめてベッドぐらいは欲しいわよ」
伊蔵は本気で屋根があればいいと考えているようだった。
それを感じ取ったジルバが慌てて要望を口にする。
「何を言うておる。寝床など床でもよいぐらいじゃ」
「さようでございますか……承知しました。では私の家にお泊り下さい……ただ、なにぶんこのような田舎ですのでご不満な点も多いでしょうが……」
伊蔵の言葉聞いた老人は、嘆息しつつ口を開いた。
「不満などあるものか、泊めてもらえるだけで有難い」
「うぅ……ねぇ伊蔵、麓の町でもよくない?」
「ええ、そうでしょうとも、町の方がここ等より快適に」
不満そうなジルバの言葉に老人は嬉しそうに頷きを返す。
しかし、伊蔵は老人の言葉が終わる前にジルバの言葉を否定した。
「時が惜しい。ご老体、案内を頼む」
「……はぁ、さようですか……ではこちらへ」
老人は余り気乗りしない様子で二人を自分の家へと導いた。
それを見て、やはり魔女は歓迎されてはいないのだなと伊蔵は思った。
歓迎したくは無いが表立って反抗する事も出来ない。そんな物が老人の態度からは感じられた。
彼らの認識を変え魔女が力で搾取するのでは無く、この国で共に生きる同居人という位置づけにする。
そんなフィアの願いを叶えるには少し時間がかかりそうだ。
こちらをチラチラと窺う老人の姿にそんな事を考えた伊蔵は、苦笑を浮かべつつ彼の後に続き歩を進めた。
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