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黒い毛並みと蒼の瞳

 羊の角を持ったはぐれ魔女シャルアをジルバに城に送らせた伊蔵(いぞう)は、ベラーナの背に乗り三人目のはぐれ魔女の目撃情報のあった場所へと向かっていた。

 ジルバとはシャルアを城に送り届けた後、合流してもらう予定だ。


「あの婆さん、協力するとか言ってたけど何かの役に立つのかねぇ?」

「ベラーナ、老人を軽んじるな。長く生きたという事はそれだけ経験を積んだという事じゃ。それは儂らでは気づかぬ道を照らす事もある」


 伊蔵は師の事を思い出しベラーナを諭した。

 彼の師は伊蔵が拾われた幼い頃から老人だったが、別れる時まで第一線で戦っていた。

 そして恐らく今も若君達を守り戦っている筈だ。

 それを知っているだけに老いているからと侮る事は伊蔵には出来なかった。


「経験ねぇ……話もまともに通じねぇのにか?」

「シャルア殿はレゾの力がどうとか言うておった、フィア殿ならあるいは……」


「フィアか……アガンから聞いたけど、ホントに嬢ちゃんは王族なのか?」

「分からぬ……じゃが王族で無くとも使い魔の魔法は本能、つまり精神に作用するのじゃろう? ならば可能性はあるやもしれぬ」

「婆さんと俺達は違う気もするが……まぁ、婆さんの血を飲めば嬢ちゃんの力も少しは上がるか……」


 ベラーナはシャルアが戦力になるか疑問を抱きつつも、フィアが血を得るというメリットで落しどころを見つけたようだ。


「ともかく、儂らは次のはぐれに集中しようぞ。次は城から北東……ここからなら東の洞窟じゃったか」


 伊蔵は背負っていた雑納から報告書を取り出し地図を睨む。


「ちょっと待てよ……」


 ベラーナもジルバから手渡された報告書を懐から取り出し内容を確認した。


「どれどれ……森の中、崖に開いた洞窟近くで獣のような何かに猟師が遭遇……猟師はどうも最初、熊と思ったみてぇだな」

「という事は熊では無いのじゃな」

「ああ、そいつは熊というより二足歩行の狼みたいだったらしいぜ。んで目があったら雄叫びを上げられたんで慌てて逃げたんだとよ」


「人型の狼か……であれば儂らの事も匂いで知られるやもしれんな」

「だとしても関係ねぇぜ」

「何故じゃ?」


 ベラーナは自慢げに鼻をこすった。


「俺も鼻が利くって事、忘れてんじゃねぇよ」

「ふむ……蝙蝠より狼の方が鼻が利きそうじゃがのう」

「蝙蝠っぽいだけで俺は蝙蝠じゃねぇよ!」

「まぁ、頼りにしておる」

「おう! 任せろ!」


 それから一時間程飛び、伊蔵達は狼が目撃された洞窟付近へと辿り着いていた。

 眼下には森が広がり小高い丘が幾つか地面を押し上げている。

 その丘の一つ、崖の側面に開いた洞窟の前に伊蔵達は降り立った。

 洞窟の周囲は木々がまばらで地面には短い草が生えていた。


 ベラーナがスンスンと鼻を鳴らし匂いを確認する。


「洞窟から臭いはするが……こりゃ残り香だな」

「不在か……」


 洞窟の中には焚火の後と寝床と思われる毛布が敷かれていた。

 ある程度、生活の後は見えるがそれ程長くここで暮らしている訳では無いようだ。


 伊蔵は洞窟を出て膝を突き周辺の地面に視線を走らせる。


「……確かに大型の獣の様な足跡があるのう」

「へぇ、そんなもんが分かんのか? 俺にはただの草むらにしか見えねぇが……」

「獣には学ぶ所が多い。儂も色々教わったものじゃ……」


「ふーん、例えば?」

「狩りの仕方一つとっても、接近の仕方、獲物の追い詰め方、止めの仕方等、様々じゃ」

「獣にねぇ……」


 ベラーナは頭の後ろで手を組み、そんなもんかねぇと余り興味無さそうに相槌を打っていた。


「ベラーナ、臭いは追えるか?」

「……いや、どうもここいら一帯に臭いをばら撒いてやがる。あちこちから同じ臭いがするからよぉ……チッ、知恵の回る野郎だ」

「相手は獣では無く魔女じゃからな……では儂が足跡を追うするかの」

「クソッ、自信満々で任せろって言ったのによぉ……」


 活躍の機会を奪われたベラーナは不満そうに顔を顰めた。


「ともかく一番新しい足跡を追うぞ。こっちじゃ」

「へいへい」


 伊蔵が先導する形で二人は草むらから足跡を追って森の中に足を踏み入れた。

 それから二時間後、散々森の中を歩かされた伊蔵達は結局洞窟へと舞い戻っていた。

 草むらに向き合い腰を下ろし、二人は息を吐く。


「……翻弄されておるな」

「絶対どっかから見てるぜ。たまに臭いがほんの少し強くなる事があったからよぉ」

「その臭いは追えぬのか?」


「すぐに撒き散らされた臭いに紛れちまうんだ……どうする、ここは保留して次に行くか?」

「後回しにしても意味がなかろう……ふむ、相手はこちらを見ておるのじゃな?」

「ああ、間違いねぇ」


 伊蔵の問いにベラーナは苛立ちを含んだ声で答えた。

 それを受けて伊蔵はおもむろに立ち上がると、森に体を向けた。


「また森を探るのか?」

「いや、呼んでみる」

「呼ぶ?」


 首を傾げたベラーナを横目に伊蔵は大きく息を吸い込んだ。


「見ているのじゃろう!!!! 話がある!!! 姿をみせよ!!!!」

「!!? ……急にでけえ声出すんじゃねぇよ!!」


 ベラーナは耳を押さえ伊蔵に苦情を訴える。

 それを右手で制し、伊蔵は左手の人差し指を口の前で立てた。

 暫く無言の時間が流れ、やがて二人の前の茂みが小さくと音を立てた。


「……話とは何だ?」


 若い男の声が茂みから響く。


「儂らは主の命ではぐれ魔女の保護を行っておる。お主もその対象じゃ」

「保護だと? 捕縛の間違いだろう?」

「ちげぇよ。あんたに領内に居られると王宮から目ぇ付けられんだよ」

「……王宮? どういう事だ?」


 声は敵意から疑問へと変わっていた。


「儂らは主の願いでこの国で争いを起こしておる魔女を排除したいと考えておる。今はその準備中じゃ」

「そうそう、その準備の間にてめぇが見つかって、手ぇ抜いてんじゃねぇかって査察でも入ると面倒なんだよぉ」

「……」


 暫くの沈黙の後、声の主は茂みをかき分け姿を現す。

 真っ黒な艶のある毛並みを持つ人型の狼だった。

 その狼のアイスブルーの瞳が値踏みする様に伊蔵達をねめつける。


「……さっきの話、詳しく話せ」

「よかろう。その前に名を名乗っておく。儂は佐々木伊蔵(ささきいぞう)

「俺はベラーナだ」

「……ガルドだ」

「ではガルド……腹も減った事じゃし飯でも食いながら話すとしようぞ」


 そう言うと伊蔵は背中の雑納から兎を取り出し掲げて見せた。

 笑みを浮かべる伊蔵を見て狼の顔に困惑が浮かぶ。


「お前ぇ、森ん中でたまに姿を消してたと思ったら……」

「儂が何をしておったか気付かなかったのか?」

「そこの狼の臭いがきつ過ぎたんだよぉ」

「……お主は鼻に頼り過ぎのようじゃな。ガルド、焚火を借りるぞ」

「あっ、ああ……」


 返事を聞いた伊蔵は困惑気味のガルドを横目に、手際よく兎を解体し洞窟へと姿を消した。

 暫くすると肉が焼ける香ばしい匂いが洞窟から漏れ出て来た。

 その匂いに釣られベラーナもフラフラと洞窟へと消える。


「……佐々木伊蔵……異国人か?」

「おい狼! 早く来い! 意外とすぐに焼けんぞ!」


 森の中で観察していた事で伊蔵達に仲間がいない事は確認済みだ。

 伊蔵の声に応じたのも、目的を問い質したかったからなのだが食事に誘われるとは……。


「……おかしな奴らだ」


 今まで出会ったはぐれ狩りとは明らかに違う伊蔵達に、ガルドは苦笑すると自らの巣穴に歩を進めた。

お読み頂きありがとうございます。

面白かったらでいいので、ブクマ、評価等いただけると嬉しいです。

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