束縛か孤独か
書庫でフィアに抱きしめられたローグはその後、書庫にいたイーゴとアナベルを紹介された。
イーゴは良いとして東から来たというアナベルの存在はローグの混乱を更に加速させた。
「何なんだよお前ら!? 天使は敵の筈だろ!?」
「アナベルさんもあなたと同じ“はぐれ魔女”ですよ」
「だとしてもはぐれ魔女が拘束もされずに何で普通にしてんだよ!?」
「本当に私も最初は凄く驚く事ばかりで……」
「ホントだよな、俺もまさか白魔女と一緒に仕事する日が来るとは思わなかったぜ」
アナベルはベラーナに捕まってからの事を思い出したのか感慨深げに呟いた。
その横でイーゴもうんうんと頷いている。
ローグの混乱の原因は自分の常識が破壊された事が大きい。
彼が何度か撃退した魔女達は皆、いきなり攻撃し無力化しようとして来た。
そんな連中が自分をフィアやアナベルの様に扱うとは思えない。
だから彼は対話を選ばず先手必勝で伊蔵達に攻撃を仕掛けたのだ。
だが、出会った魔女達は程度の差はあれど温厚に思えた。
「大体、あんたがボスってどういう事だ!? 貴族は皆、黒き魔女だろ!?」
「うーん、ボスと呼ばれるのには抵抗があるんですが……私達、国から迷惑な魔女さん達を一掃しようと反乱を考えてまして……」
「反乱!?」
正直、ローグは驚きすぎて疲労を感じ始めていた。
「はい、その為に準備する時間が欲しかったのですが……えっと、話すと長くなるんですけど……」
「……話してくれ……そうじゃないと何が何だか分かんなくて、どうにかなりそうだ……」
「では……」
フィアはローグに母の死から始まった一連の出来事を語って聞かせた。
話を聞いていく間にフィアの悲しみが伝わったのか、ローグの様子は混乱から納得へと変わっていった。
「なるほどな……母ちゃんがはぐれ狩りで……」
「はい、私は“はぐれ魔女”さん達に母と同じにはなって欲しくありません」
「……よく分かった。んで、俺はどうすりゃいい?」
「取り敢えず、王宮の人に見つからない様にこの街で暮らして欲しいんです」
「街で?」
「はい、詳しい事は領の仕事を統括してるモリスさんにお任せしてるんですけど……」
ジルバから聞いたモリスの名が出た事で、ローグはようやく彼が何者なのか理解出来た。
彼が住んでいた領でも実務は人間がやっていた。
そいつは領主の力をかさに着たいけ好かない男だったが……。
「フィア殿、その前にこやつを使い魔にして欲しい。モリスと会う前にここに来たのはそれが目的だったのじゃ」
「使い魔に?」
「使い魔って何だよ!? そんな事聞いてねぇぞ!!」
「お主、気に入らない事があれば、あの巨人を呼ぶと言うておったじゃろう?」
「聞こえてたのかよ!?」
「当然じゃ。耳がよくなければ忍びは務まらぬ……儂がこの街におる時なら、いかようにも出来ようが……離れている時に騒ぎを起こされるのは敵わぬからのう」
伊蔵の脳裏に自分がいない間に焼け落ちた城と街が思い浮かぶ。
あんな思いは二度と彼はしたくは無かった。
「……そうですね。“はぐれ魔女”さん達が皆いい人かも分かりませんし、止める手段は必要かもですね」
伊蔵の後悔が伝わりフィアもローグを使い魔にする事に賛成した。
ただ、それには伊蔵の事だけでは無くフィア自身の考えも多分に混じっていた。
人と共に生きる事を最終的な目標としているフィアは、人が魔女を恐れない世界を望んでいた。
ローグの力はまだ聞いていないが、魔女の力は強大で使い方しだいで簡単に人が死ぬ。
カラが攻撃したベドの町で自分に対する憎しみを見たフィアは、人間の心が怒りによっていかようにも染まる事を身を以って知った。
ローグが力を使い暴れれば彼に憎しみを抱く者も必ず現れる筈だ。
そんな事にならないように彼を止める力は必要だとフィアは感じていた。
それと同時に自分が間違った時、誰か止めてくれる人がいるだろうかという事にも彼女は唐突に思い至る。
そんな事を頼めるのは恐らく伊蔵しかいないだろう。
チラリと見上げた伊蔵はそんなフィアの思いには気付かず、ローグに視線を向けていた。
「という訳じゃ、ローグ。フィア殿の使い魔となれ」
「使い魔って、魔女達がたまに連れてる動物の事だろ!? そんなの嫌に決まってんだろ!!」
「ふむ、ではこの領から出ていくか?」
「……」
選択を迫られたローグはどうするべきか迷っていた。
使い魔になるという事は、かつて見た獣の様に奴隷として縛られる事に他ならない。
しかし、この領を出て生きていくなら、はぐれ狩りに怯え、人から隠れて暮らす事になるだろう。
はぐれ狩りを避ける為、仮にこの国から逃れてもローグの見た目では人と共に暮らす事は難しい筈だ。
縛られたくは無いが、一人で隠れ暮らす事に限界を感じていた事も事実だ。
「そんなに悩まなくても、フィアは無茶な命令は殆どしないわよ。それに使い魔になれば今より強くなれるわ。人に化けるのも楽になる筈よ」
「ジルバ…………分かった……あんたの使い魔になるよ」
「そうですか! 良かった……あっ、ついでと言っては何なのですが……その……」
「何だよ? まだなんかあんのかよ?」
フィアは少し言い難そうにもじもじしながら口を開く。
「あのですね……」
「お主の血をよこせ」
「伊蔵さん!?」
言いづらそうなフィアに代わり、察した伊蔵が要求を臆面も無く口にする。
「血……? 何で血が必要なんだよ!?」
「あの……フィアさんは血を飲んで強くなる魔女だそうです。私も彼女に血を……」
「アナベルさんの血はとってもフルーティでした」
「あっ、そうなんですね……」
「はい、すごく美味しかったです」
照れた様子のアナベルにフィアは笑い掛ける。
「えっと……そういう訳なので、今後の為にも血を分けて頂けないでしょうか?」
「……はぁ……なんか疲れた……好きにしてくれ」
今まで当たり前だと思っていた事が次々に覆され、短い時間で驚きすぎたローグは何だかどうでもよくなって、かなり投げやりにフィアの言葉を受け入れた。
「なぁ、ローグ。お前の力はどんな事が出来るんだ?」
「えっ……出来る事……石や鉄とかを自由に操れる……大きくするには元になる石とかが必要だけど……それが何だよ?」
「鉄を自由に!? じゃあ鉄の形を変えたりも?」
「出来ると思うけど……」
「そうか! フィア、この小僧の力があれば諦めてた事も出来るかも知れねぇぜ!」
「そうですね!」
はしゃぎ始めたイーゴとフィアを見て、まだ何かあるのかとローグは深いため息を吐いた。
その後、魔法の定着や武器の事を聞いたローグはフィアに血を渡し、使い魔の契約を受け入れた。
ちなみにローグの血はフィア曰く、濃厚で甘く香ばしい味だったらしい……。
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