二人の魔女と二人の子供
ローグを保護?した伊蔵達は一旦カラの城へ彼を連れて行く事にした。
放っておくとローグは姿をくらませそうだったからだ。
彼は飛ぶのは苦手な様だったので、ジルバが抱えて城へ運ぶ事となった。
その際、伊蔵がジルバの背に乗ると聞き怯えていたが、ジルバが宥めすかし何とか了承させた。
「一人一人このような事をしていては時が掛かるのう」
「あなたの所為でしょ……説得して城に来てもらう予定だったのに……」
「最初に反撃したのはお主であろう?」
「うっ……だってこの子が攻撃してくるから……」
「怖かったんだよ!……今までも魔女達は問答無用で捕まえようとしてきたしさ……」
「あなた、どこの生まれ?」
ジルバは両手で抱えたローグに問いかける。
「こっからずっと南の農村だよ、そこで人狩りに遭って無理矢理魔女にされた」
「ふうん……で、逃げて来たって訳?」
「ああ、言う事聞かなかったら牢屋にぶち込まれたから、巨人で牢屋を壊して逃げてやったよ。偉そうにしてた兵士達が慌ててッんのが面白かったぜ」
ローグは少し得意げに自分の武勇伝を語った。
「どうして言う事を聞かなかったの?」
「……あいつ等、俺に人狩りをさせようとしやがった……そんな事、出来る訳無いだろ」
「なるほどのう……他の者を自分と同じにしたくなかったのじゃな?」
「そっ、そうだよ!!……俺は悪魔に襲われて……それでこんな見た目になっちまった……せめてあんたみたいだったらまだ良かったろうけど……」
そう言うとローグは紫の光をチラリとジルバに向けた。
ジルバは背中の羽根と白目の殆ど無い金の瞳以外はさほど人からかけ離れた姿はしていない。
鉤爪を持った手も自分の意思で切り替えられる様だった。
「あなたも練習すれば、人の見た目に近く出来る筈よ」
「本当か!?」
「今の姿から化けるには魔力をずっと使うから、少し疲れるけどね」
「ホントかよ……俺……ずっと人から隠れて……」
ローグはその石の人形の様な姿から、人目に付かない様ずっと一人で隠れ住んで来たようだ。
何年そんな生活を続けて来たのか不明だが、言動から彼が精神的にはまだ子供である事は窺える。
ジルバはそんなローグを不憫に思い、抱えていた彼をギュッと抱きしめた。
「わっ!?なっ、なんだよ!?」
「大丈夫、これからは人に化けなくても普通に暮らせるようにしてあげる」
使い魔になる前はそんな感情も湧いては来なかっただろうが、今は自然とローグを守らなくてはとジルバは思っていた。
そんなジルバに伊蔵は浮かんだ疑問を問いかける。
「……ジルバ、もしやお主のその姿も変化しておるのか?」
「伊蔵……あなた、デリカシーが無いって言われない?」
「ぬっ、さような事を言われた事はないが……」
「多分、面と向かって言われてないだけじゃない?」
「そうだぜ、伊蔵。俺だって女の人に聞いちゃいけない事ぐらい何となく分かるぜ」
「クッ……言われてみれば、くノ一達にも少し気を使って話せと言われた事があるが……」
伊蔵はこれまで任務で女性等と接する時以外、効率を重視してやって来た。
仲間相手には聞きたい事は真っすぐ聞いたし、遠回しに匂わせる等、時間の無駄だとそう考えて来たのだが……。
「そんなんじゃお嬢ちゃんにも嫌われちゃうわよ」
「そっ、それは困る!仕える主君の不興を買う等、忍びとしてあってはならぬ事じゃ!」
「じゃあ、もう少し他人の気持ちを考えて話すのね」
「そうだそうだ!さっきもすっげー怖かったんだからな!」
ジルバの尻馬に乗ってローグが伊蔵に苦情を言う。
「あれはお主が……いや、子供相手にいささかやり過ぎであったか……」
本格的に悩み始めた伊蔵を見て、ジルバとローグは顔を見合わせ微笑み合った。
どうやら二人は伊蔵という共通の苦手意識を持つ者をやり込めた事で、打ち解けた様だった。
■◇■◇■◇■
ジルバと伊蔵がカラの城でモリスと話していた頃、ベラーナは荷物を預けた農夫、ムーア村に住むジーナムの下を尋ねていた。
ベラーナが来てジーナムの家を聞いた事で色々と噂が飛び交っていたが、彼女はそんな事はお構いなしにジーナムの家へと向かった。
木造の素朴な一軒家の扉をベラーナはノックもせずに押し開ける。
「ジーナムはいるか!?」
突然乱入して来た赤い肌の魔女に中にいた女性と幼い男の子が一瞬目を丸くした。
「あっ、あの主人は畑へ出ておりますが……」
「そうか。俺はベラーナ、ジーナムに渡した荷物を引き取りに来た」
「にっ、荷物ですね!?すぐに持ってまいります!!」
恐らくジーナムの妻と思われる女性は魔女を見て慌てていたのだろう。
男の子をその場に残し家の奥へと駆け出していった。
残された男の子は不思議そうにベラーナを見つめている。
「なんだガキんちょ?」
ベラーナはしゃがみ込むと、首をかしげる男の子と視線を合わせた。
「なんであかいの?」
「ああん……この肌の色の事か?」
「うん、おめめもあかいね」
「こいつはなぁ、俺が最高にイカす魔女だって証よ」
恐らく魔女が何なのかまだよく分かっていないだろう男の子に、ニヤッと笑みを浮かべベラーナは答える。
「さいこう?いかす?」
「おう、おめぇもそう思うだろう?」
そう言うとベラーナは立ち上がり背中に翼を出現させポーズを決めた。
「はねだぁ!?とべるの!?」
「当然だぜ!」
「すごい!ぼくもとんでみたい!」
「飛びたいか?ケケッ、見込みの有るガキだぜ……おめぇの親父には世話になったし、特別だぜ」
男の子を抱え上げるとベラーナは家を出て翼を広げた。
羽ばたきは風を起こし、赤い肌の魔女と男の子を一瞬で空へと持ち上げる。
「ふわぁあ……すごい……」
「アレがお前んちの親父の畑だろう?」
ベラーナは以前、ジーナムが作業していた畑指差す。
「……よくわかんない。とうちゃ、はたけにつれてってくれないもん」
「そうか。直接礼も言いてぇし……んじゃ行ってみるか?」
「うん!」
自分の行いがどういう結果を生むのか、考える事が苦手なベラーナは何も思わず男の子の願いを聞き入れてしまった。
彼女が飛び去った後、居間に戻ったジーナムの妻は息子を魔女に攫われたと荷物を抱えたまま膝を落とした。
「はやいはやい!!」
「おっ、見ろジーナムがいるぜ」
「とうちゃ!!」
息子の声を聞いたジーナムは草抜きを止めて周囲を見渡す。
「とうちゃ!!こっちだよぉ!!」
「ニケ……そんな……」
声を頼りに視線を上げたジーナムは、魔女に抱かれた我が子を見てあんぐりと口を開けた。
そんな彼の前にベラーナはゆっくりと降り立つ。
「よぉ、ジーナム。荷物、預かってくれてあんがとよ」
「あっ、あの魔女様。息子が何か粗相を致しましたでしょうか?」
「あ? 粗相? 別になんもしてねぇぜ?」
「では何故、その……息子を?」
「飛びてぇって言うから、抱いて飛んだだけだ。おめぇには世話になったしよぉ」
「でっ、では息子を連れて行くとかでは無いのですね!?」
ここに来てベラーナはようやくジーナムが何を心配しているのか気が付いた。
「連れてかねぇよ。てか、今後、カラの領地じゃ多分人狩りはやらねぇよ」
「本当ですか!?」
「おう、マジだぜ……んな事やったらフィアにどやされるからよぉ……」
「そうですか……」
ホッとしたジーナムはヘナヘナと地面に座りこんだ。
「そうだ、お前んちの女房になんも言わねぇで出て来ちまった! 取り敢えず家に戻るわ、んじゃなありがとよジーナム」
「とうちゃ、はやくかえってきてね」
「あ、ああ……」
呆然と二人を見返すジーナムを置いて、ベラーナは翼をはためかせるとニケを抱え彼の家へと向かった。
家では泣き崩れたジーナムの妻が二人を出迎えた。
ニケはベラーナが下ろしてやると、泣いている母親に駆け寄り一緒になって泣き始める。
そんなニケに気付き母親は彼を抱きしめると、声を上げて泣いた。
「こりゃあ……やっちまったな……すまねぇ、ニケが飛びてぇって言うからよぉ……悪気はなかったんだ」
頭を下げたベラーナを見て、母親は信じられない物を見たといった顔で彼女を見つめ返した。
今まで魔女が領民に頭を下げた事等、一度も無かったからだ。
「あっ、あの……この子を連れて行くのでは無いのですか?」
「ジーナムにも言ったが、もう人狩りはやらねぇ……その荷物、ちょっといいか?」
「あっ、はい!」
母親は慌ててベラーナが指差した床に置いた袋を差し出した。
ベラーナは袋を受け取ると中をゴソゴソと探り始める。
その後、袋から取り出した物を居間のテーブルの上に並べ始めた。
テーブルの上には酒の他、ベラーナが購入したパーティグッズが並べられていた。
「こいつは詫びだ。多分、売れば金になる筈だぜ」
「えっ、でもそれは魔女様の……」
「今は手持ちがねぇからそれで勘弁してくれ……」
「勘弁なんて、そんな……」
「んじゃな。ニケ、母ちゃん大事にしてやれ」
「グスッ……うん、分かった」
「いい子だ」
ベラーナは二人に歩み寄るとニケの頭を乱暴に撫でニカッと笑うとジーナムの家を後にした。
「さいこうにいかす……」
この何年か後、ムーア村に魔女に憧れる者が複数生まれる事になるのだが、それはまた別の話だ。
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