石で出来た少年
灰色の岩で構成された岩石の巨人。
憤怒の表情を浮かべたその顔は神仏を守護する闘士の姿を伊蔵に思い起こさせた。
その岩の闘士は伊蔵に向けて右手を振りかぶる。
「戦うというなら容赦はせぬ」
ゴリゴリと岩同士がこすれ合い引き絞られた拳は一瞬静止した後、伊蔵に向けて放たれた。
伊蔵はそれ合わせ跳躍すると、音を立て迫る拳とすれ違いながら刀を抜き放つ。
刃は岩の拳を貫き巨人の右腕を中程まで切り裂いた。
破壊された右腕は二の腕を残し崩れ、崩れ落ちた腕の欠片も翳む様に消えていく。
右腕を破壊された巨人は驚きの為か怯えた様に後退った。
そんな岩の巨人の足元に着地した伊蔵は視線を巨人の足に向けると、納刀した刀の柄に手を掛け踏み込んだ。
完全に人を超えた速さで伊蔵は巨人との間合いを詰める。
カラと戦った時程では無いが、その速さは以前よりも確実に増していた。
「重畳じゃ……」
満足気に笑みを浮かべると、伊蔵は鞘から愛刀を抜き放った。
岩の巨人は伊蔵の姿を追いきれず、体の全面から石の槍を突き出し対処を試みる。
しかし、その槍が伸びるより早く巨人の左足は繋がりを絶たれ霧散。
巨人が体勢を崩す前に次は右足が斬撃により消える。
両足のふくらはぎの中程から先を失った岩の巨人は、その巨体を保つ事が出来ず砂埃を上げて岩の地面に転がった。
巨人は左腕を使い身を起こそうとしたが、今度はその左腕の前腕部が翳みの様に消える。
地面に仰向けに横たわった巨人はその後、削り取られる様に消えていき、最終的にその頭部だけが岩で出来た島にポツンと残された。
その様子を上空から見ていたジルバは呆気に取られて眺めていた。
「あの男……無茶苦茶だわ」
そう呟きながら島の上空を旋回していたジルバだったが、伊蔵が巨人の頭部の前に現れ刃を向けた事で我に返り慌てて小島へと降下した。
伊蔵と巨人の首にジルバが近づくと彼女の耳は怯えた泣き声を捉えた。
その声はどうやら巨人の頭部から漏れ出ているようだった。
「伊蔵!」
ジルバが伊蔵の横に降り立ち声を掛けると、彼は苦笑を浮かべ手にした刀を鞘に納めた。
「あなた、ホント手加減とかしないわね」
「対話も無くいきなり仕掛けてくる者に手心を加える必要はあるまい……どうも、こやつは子供だったようじゃの」
伊蔵の言葉通り、島に残された巨人の頭部からは子供のすすり泣く声が聞こえている。
「この首は本体って訳じゃなさそうね」
「……ジルバ、お主、話しかけてみて貰えぬか?」
「なんで私が?」
「おなごの方がこの者も警戒せぬじゃろう」
「……確かにそうかもね……伊蔵、少し向こうへ行っててもらえる?」
「……うむ」
伊蔵が首から十分離れたのを確認すると、ジルバは首に歩みよりコンコンとその表面を叩いた。
「ヒッ!?」
叩くと同時にくぐもった悲鳴が残された首から響いた。
首の大きさはジルバが両手を広げたよりも大きい。
そんな巨大な首の中に声の主は隠れている様だ。
「ねぇ、ちょっと。お姉さんとお話しない?」
「……グスッ……あの男は?」
声からすると男の子のようだ。
「大丈夫よ、あなたが何もしないならあの男も私も何もしないわ?」
「ほんとうか?」
「ええ。それに伊蔵……あの男がその気なら、あなたその岩の顔ごと真っ二つにされてるわよ」
「……」
「だからね。顔だけでも見せてくれない?」
「……分かった」
岩の顔がジルバの前でガラガラと音を立て崩れ落ちる。
崩れ落ちた岩の欠片も地面に落ち切る前に消えていき、最後に黒いローブを着た小柄な人物が姿を見せた。
黒いフードの付いたローブから覗く顔は人のそれでは無く、石を組み合わせて作られた様だった。
「……まるでおとぎ話のゴーレムね」
思わず呟いたジルバの言葉で、ローブから覗く顔がゴリゴリと音を立て歪み、暗い眼窩に浮かぶ紫の燐光を放つ瞳が彼女を睨んだ。
「俺だって好きでこんな顔してる訳じゃ無い!」
「そうね。その通りだわ……私はジルバ、ご覧通り魔女よ」
「……領主の命令で俺を狩りにきたのか?」
「違うわ……信用出来ないでしょうけど、あなたを保護しに来たの」
「保護……? 嘘だ!! どこに行ってもお前らは俺を狩ろうとしてきたじゃないか!?」
「まぁ、そうなんだけど……トップが変わったから、方針も変わったのよ」
ゴーレムの少年は訝し気に紫の瞳を揺らせた。
表情は読み取れないが、多少興味は抱いたようだ。
「変わったってどういう事だよ?」
「うちのボスが今のトップの使い魔に……あの男よ」
ジルバは二人から離れた位置でこちらを窺っている伊蔵を視線で示す。
すると少年はたじろいだ様に後退り、両手を構えた。
「……気持ちは分かるわ。あいつ、容赦って物がないから……」
「あんたも……やられたのか?」
「まあね……でね、彼、伊蔵っていうんだけど、うちのボスをぐうの音も出ないぐらい叩きのめしたらしいの」
「何なんだよあいつ? 俺の巨人を切り刻むなんて……人間じゃないよな?」
「それが……よく分からないのよねぇ」
「どういう事だよ!? お前ら仲間なんだろう!?」
混乱し声を荒げる少年を宥めながら、ジルバはフィアから聞いた伊蔵についての推測混じりの話と、はぐれ魔女であるフィアが今、この領の実質的なトップである事を少年に説明した。
「信じられない……」
「でしょうね。でも事実よ……それでどうする? このまま、この小島で一人隠れて暮らす?」
「どの道選択肢なんてないだろ!?」
「別にこの領から出ていくなら止めたりしないわよ。モリスが心配してたのはあなたみたいな“はぐれ”が複数人、領内にいるって王宮に知られる事みたいだったから」
「モリスって誰だよ? ……分かったよ、連れて行けばいいだろ……でも変な事をするようなら街で巨人を呼ぶからな!」
「いいけど……多分、そんな事したらあなた伊蔵に殺されるわよ」
ジルバの言葉を聞いた少年は悔しそうに俯いた。
「そんなにしょげないでよ。伊蔵がおかしいだけなんだから……そうだ。あなた名前は?」
「……ローグ」
「そっ、じゃあローグ。これからよろしくね」
ローグと名乗った少年は笑みを浮かべ差し出されたジルバの手を、警戒しながら石で出来た手で握り返した。
「フフッ、石みたいだけど温かいのね」
「うっ、うるさい!」
慌てて手を放したローグに、ジルバはやんちゃな子に向ける様なやれやれといった苦笑を浮かべた。
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