障壁の鎧
はぐれ魔女の保護を依頼された伊蔵はジルバを伴いフィアのいる書庫へと向かった。
アガンが書庫に伊蔵の装備を持ち込んだ事は聞いていたので、それを取りに行こうと彼は考えたのだ。
この時点で伊蔵は魔法の定着がどうなっているか知らなかったが、魔女に会うのに無駄とは分かっていても使い慣れた装備を身に付けたかったのだ。
「ねぇ伊蔵、イーゴとお嬢ちゃんが防具とかに魔法を付与してるって聞いたんだけど本当?」
「誠じゃ。ただ、イーゴが作った物を見たが実戦で使うには少々頼りない代物ではあったがの」
「そうなの?」
「うむ、あやつの話では自身の魔力が足りぬという事であったが……」
伊蔵が見たのはイーゴが一人で作り上げた小ぶりの短剣だった。
イーゴの魔法『電撃』が付与されたそれは、斬りつけると他者を感電させる力を持っていたが、いかんせん力が弱く多少痺れる程度の効果しか無かった。
フィアの魔力でそれがどこまで強力になるのか、伊蔵は個人的に楽しみにしていた。
魔法の定着が成功すれば故郷の戦に使えるかも知れないからだ。
「ふーん、まっ、私には必要ないけどね」
「儂はそうは思わぬ。選択肢は多ければ多い程良い。お主がベラーナに勝てなかったのは、お主に格闘の才が無かったからじゃ」
「魔法が使えれば勝ってたわよ!」
「そうかも知れぬが、戦場で魔力が尽きる場合もあるじゃろう?」
「それは……」
悔しそうに黙り込んだジルバを見て、伊蔵は微笑みを浮かべる。
国元にも剣術等、一つの武芸にのめり込む者はいた。
それはそれで間違っていないとは思う。しかしそういう者はそれが折れた時、あっけなく死んだものだ。
「お主さえ良ければ、儂が武術を教えてやろう」
「……あなた、どうせ手を抜かないでしょう?」
「当たり前じゃ。じゃが身に付ればベラーナに勝つ事が出来るやも知れぬぞ」
「ベラーナに……いいわ。教えてちょうだい」
「ふむ、ではこの仕事が終わったらやるとしようぞ」
「なるべく、お手柔らかにお願いね……」
ジルバは少し顔を引きつらせ、伊蔵の横顔に視線を送った。
「安心せい。殺しはせぬ」
「……」
本格的に顔を引きつらせたジルバを横目に伊蔵は考える。
今後、フィアの願いを叶えるには、まず西側を制する必要があるだろう。
その為には周辺の地域を迅速に取り込む事が重要だ。その要となるのはカラの配下の魔女達だと伊蔵は思っていた。
伊蔵が出会った魔女達は、ジルバの様に魔法と変異した肉体の力のみを頼りにしている者が多かった様に思う。
だが強大な敵に相対する為には先ほどジルバに語った様に、選択肢は多ければ多い程いい筈だ。
選択肢が増えれば彼らが死ぬ確率もきっと下がるだろう。
フィア殿が悲しむ姿は見とうないからのう……。
あの小さな魔女は誰かが死ぬ事を酷く嫌っている。
敵にまでそれを反映させる事は伊蔵には理解しかねたが、それでもそれが主の願いなら叶えてやりたいと彼は思っていた。
そんな事を考えながら伊蔵は書庫へ続く廊下を歩いた。
■◇■◇■◇■
書庫ではフィア達が武具が置かれた机の横で食事を取っていた。
メニューはパンに肉や野菜を挟んだ物で、彼らはそれを頬張りながら魔法の定着について今後の事を話し合っていた。
「フィア殿、作業は上手くいっておるのか?」
「あっ、伊蔵さん。はい、分担する事で定着自体は上手くいきました。ただ、現状で量産は難しいですね」
「さようか」
「はい。なので取り敢えずは魔女さん達の装備を優先しようかと思っています。ゆくゆくは兵隊さん達の物にも反映出来たらいんですけど……」
フィアはそう言うと眉根をよせて困り顔で微笑みを浮かべた。
そんなフィア達を見たジルバがいきなり声を上げる。
「アナベル!? あなた何なのよそれ!?」
「えっ、えっ!? 私、何かまずい事を!?」
「折角のドレスが台無しじゃない! どうしてそうなったのよ!?」
ジルバの言葉通りアナベルの着ていた白いドレスは、印を削り落とした時付着した鉄粉とインクでスカート部分が赤黒く汚れていた。
それのみならず、顔や腕にもインクの汚れらしき物が付着している。
「あっ、すいません。フィアさん達のお手伝いをしていた物で……」
「はぁ……あなたねぇ。汚れるんだったら着替えなさいな。そのドレスよく似合っていたのに……」
ジルバはアナベルに歩み寄るとハンカチで、顔に着いた汚れを拭いてやった。
「あ……ありがとうございます」
「私はね、身だしなみに無頓着なのは許せないの。フィア、あなたもよ」
声を掛けられたフィアも、身に着けていたエプロンドレスは赤黒く汚れ、アナベルと同様、顔や腕を汚していた。
「ハハッ……ちょっと作業に夢中になってしまって……」
「別にいいじゃねぇか。服ぐらいよぉ」
「良くない! イーゴ、あなたも本ばかり読んでないで少しはファッションにも気を使いなさい!」
アナベルの顔を拭き終えたジルバはイーゴに向き直り眉を顰め叫ぶ。
彼もフィア達と同じく、着ていた白いシャツや茶色のズボンを汚していた。
「……考えておくよ」
イーゴは苦笑しながら憤った様子のジルバに肩を竦めた。
「もう! カラ様もそうだけど、この城の魔女は服に頓着しない人が多くて困るわ。あと食事を取るのなら顔や腕も洗いなさいな」
そう言うとジルバはフィアの顔の汚れもハンカチで拭ってやった。
「まったく、女の子なのにこんなに汚して……」
「はぁ、すみません」
二人とも、本を汚したくないと言ったイーゴの言葉で手だけは綺麗に洗っていたのだが、ジルバに言わせればだったら他も洗えという事らしい。
「あっ、あの、それで二人は何で書庫に?」
話題を変えようとフィアが伊蔵に問いかける。
「ふむ、モリスから仕事を頼まれての。鎧を取りに来たのじゃ」
「そうなんですね。伊蔵さんの鎧は魔法の定着は終わっています。試しに使ってみますか?」
「仕事が早いのう……して、どのように使うのじゃ?」
「えっとですね……」
フィアは食べかけのパンを口に放り込むと、机に置かれた伊蔵の鎧に歩み寄った。
伊蔵も彼女に続き自らの鎧に歩みより、長年愛用しているそれに視線を移す。
鎧自体は右胸に刻まれた複雑な紋章以外、特に変わりはないように思えた。
穴の開いた胸と背中の革は新たな物に代わっていたが、両の脇腹部分に備えられた苦無用の鞘等はそのままだ。
「この鎧には障壁を仕込みました。身に着けて魔法をイメージすると発動します。伊蔵さんは以前イーゴさんの短剣で経験してますからアレと手順は一緒と言えば分かりますかね?」
「うむ。して、どの程度使えるのじゃ?」
「一応、私がアガンさんの炎の魔法を使って検証してみたんですけど、現状では五回防ぐのが精いっぱいですね。もっと強力な魔法なら一撃防げるかどうかといった所でしょうか」
「ふむ……余り頼り過ぎるのも危うそうじゃな」
伊蔵は自身の鎧を眺めながら唇を曲げた。
「こいつはまだ試作品って所だ。それにフィアの力が増せば回数や能力は上がる筈だぜ」
「なるほどのう……であるなら、今後も魔女狩りには精を出さねばな」
「なんだか複雑な気持ちになるな……」
「同感だわ……」
鎧に手を置き笑う伊蔵を見て、首を狩られた事のあるイーゴとジルバは何とも言えない表情で渇いた笑いを洩らした。
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