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磨いて着替えて

 面倒臭そうに着替えのローブを抱え風呂に向かうベラーナの後に続いて、アナベルは不安げに両手を胸元に寄せながらキョロキョロと周囲を探る様に歩いていた。


「あの、ベラーナさん」

「なんだよ?」

「お風呂というのは一体……」


 ルマーダにも風呂はあったが、わざわざ燃料を使いお湯を大量に沸かす風呂は裕福な者しか使えない。

 庶民は水浴びかお湯に浸した布で体を拭くのが一般的だった。

 御使いとはいえ一兵卒に過ぎないアナベルもその例に漏れず、湯船にお湯を張るという発想は持ち得ていない。


「風呂ってのはだなぁ、大きな桶に熱湯を入れてそれで体を洗ったり、桶に浸かったりするもんだよ」

「熱湯に……」


 アナベルの脳裏にグラグラと湧き立つ大きな桶が浮かんだ。


 そんな物で体を洗う? それに身を浸す?

 西側独自の試練だろうか?

 城の主。身分の高い者に会うのだから、もしかすると清めの儀式かも知れない。


「正直、毎日入ろうとは思わねぇな」

「やはり、辛い試練なのですね」

「あ? 試練?」


 何やら覚悟を決めた様子のアナベルを見てベラーナは首を捻った。

 そうこうしている間に、二人は伊蔵(いぞう)が我儘を言って作らせた風呂に到着した。


 城の芝生の敷かれた中庭の一画に木で作られた簡易小屋。

 その窓からもうもうと湯気が上がっている。

 どうやら誰か風呂に入っているらしい。


 ベラーナ達が小屋に歩み寄ると、赤い髪の巨人が小屋の影から姿を見せた。


「ひぅ!?」

「ああ、大丈夫。こいつはアガン、ただの風呂係だ」

「そうさ、俺はただの風呂係さ」


 アガンは達観した表情で儚く微笑んだ。

 いつも言い返してくるアガンがそんな反応を示したので、ベラーナは少し慌ててしまった。


「どっ、どうしたんだよアガン? お前らしくねぇじゃねぇか?」

「毎日、伊蔵に風呂を沸かす様に言われてたら、なんだかどうでもよくなっちまってよぉ……」

「そっ、そうか……」


 伊蔵は薪で沸かすよりも早いと、城に風呂を作った後もアガンに湯を沸かさせていた。

 魔女として、そして騎士としてそれなりにプライドがあったアガンだが、毎日召使いの様に風呂を焚き伊蔵に礼を言われている内、なんだかプライドとは何なのか分からなくなってきていた。


「まっ、まぁいいや、お前がここにいるって事は、伊蔵が入ってんのか?」

「ああ、多分そろそろ……」


 アガンがそう言い掛けた時、小屋の中から水音が響き勢いよくドアが開いた。


「アガン、今日もいい湯であったぞ。もうお主以外に風呂焚きは任せられぬな」

「そうか……へへッ」


 伊蔵が満面の笑みを浮かべ言うと、アガンもまんざらでも無さそうに頭を掻いた。


「結構、気に入ってんじゃねぇか……」


 ベラーナがぼそりと呟いた先で笑い合う二人……いや、伊蔵を見てアナベルは硬直していた。


「……伊蔵、せめて下着ぐらい着てから出て来いよ」

「何故じゃ? 火照った体をこうして風に晒すのが気持ち良いのではないか」


 伊蔵はそう言うと、そのまま中庭の真ん中に全裸のまま歩いていった。


「おい、アナベル?」

「この姉ちゃんはお前が連れて来た白魔女だろ?」

「はだか……白日の下にあの様な姿を……」

「大丈夫か?」


 神の定めた戒律を重んじる東側で育ったアナベルには、生まれたままの伊蔵の姿は少し刺激が強すぎたようだ。


「しょうがねぇなぁ……」


 ベラーナはため息を吐くと、固まっているアナベルを連れて小屋に入り体を洗ってやった。

 前線では水浴びもそうそう出来なかった為か、アナベルは結構汚れていた。


「ふぅ……何だかチビ共を洗ってやってた頃を思い出すぜ」


 そう呟き、丁寧に洗ってやりお湯で汚れを洗い流す。アナベルはその間も「はだか……」と小さく呟いていた。



 ■◇■◇■◇■



 風呂から上がり、部屋に戻ったベラーナ達を今度はジルバとフィアが待ち受けていた。

 戦闘用の乗馬服で無く、赤いドレスを着たジルバはアナベルを見てうんうんと頷いている。


「あなたが東の魔女さんね? ……いいわぁ、素材としては最高ね。特にその光る肌なんて、私が欲しいくらいだわ」

「はだか……ハッ……アレ、私は一体……」

「ジルバさん、アナベルさんはカラさんに会うので……まぁ、あの人が気にするとは思えませんが……彼女が敵側の軍人さんとして恥じを掻かない様に仕上げていただけますか?」


 そう言ったフィアは空色のエプロンドレスに白いタイツ、そして服と同じく空色の靴を身にまとっていた。


「フフッ、任せて頂戴。こんな可愛い子は久々よ。あっ、誤解しないで欲しいんだけど、あなたも可愛いわよ。お子様としては」

「はぁ……そうですか……」


 なんだか目がギラついているジルバに、アナベルは両腕を抱え怯えた様子を見せる。


「あっ、あの……」

「ジルバ、その獲物を狙う様な目は止めろ」

「しょうがないじゃない、これは私の性なんだから。さぁいらっしゃい。お姉さんが綺麗にして、あ・げ・る」


「フィアさん……」

「アナベルさん、我慢して下さい。カラさんは一応領主様なので……」

「うぅ……分かりました」


 その後、ジルバに着せ替え人形にされたアナベルは、最終的に彼女の見立てで銀髪が映えると白いイブニングドレスを着る事になった。

 ジルバの見立て通り淡く輝く肌も相まって、白い絹のドレスは彼女によく似あっているとフィアには感じられた。


「うん、いいですね。キラキラしてお姫様みたいです」

「お姫様……あの……私、こんな服を着たのは初めてで……」

「オドオドすんなよ。お前なら男なんてちょっとスカートの裾をめくりゃあ、すぐに鼻の下を伸ばして言う事聞くぜ」


「もう、下品ね!」

「ああん? 事実だろうが!?」

「はいはい、喧嘩しないで。ジルバさん、ありがとう御座いました。それじゃあ行きますよ」


 カラの下へはフィア達の他に、アナベルを捕らえたベラーナにも同行してもらう事にしていた。

 捕らえた時の状況をベラーナの口から説明した方がいいと考えたからだ。


 事前に召使いを通してアナベルを連れて行く事は伝えたので、カラにはモリス経由で連絡は行っている筈だ。

 ただし、彼がちゃんと起きているかは分からないが。


「頑張ってねぇ」


 小さく手を振るジルバに見送られ部屋を出ると、ドレスに戸惑っているアナベルを連れて三人は謁見室へ向かった。

 カラの寝室へ向かった方が確率的に高いのではとフィアは一瞬考えたが、それは余りに情けない気がしたのだ。


 せめて最初ぐらいはちゃんとして欲しい物だ。


 そう思いながらフィアは謁見室に続く廊下を歩いた。

お読み頂きありがとうございます。

面白かったらでいいので、ブクマ、評価等いただけると嬉しいです。

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