子守唄と朝ごはん
伊蔵とベラーナを止めたフィアは彼らを一旦部屋の外に追い出すと、アナベルに眠るよう促した。
「まだ夜明けまでは時間があります。それまで眠った方がいいです。明日、この城の主に一緒に挨拶に行きましょう」
「城の主という事はやっぱり魔女なんですよね……殺されたりはしないのですか?」
「大丈夫ですよ。城の主、カラさんも私の使い魔ですから」
アナベルは目の前の少女の事が完全に分からなくなっていた。
城持ちの魔女なら階級的には大祭士クラスの筈だ。
彼女の知る大祭士は五千の御使いを束ね、反逆者五十人を閃光の一撃で消し去る力を持っていた。
姿隠しと一人を倒すのが精いっぱいの閃光しか持たない自分では敵う筈もない。
そんな魔女をフィアは使い魔にしているという。
「あなたは何者なのですか? 西側の大貴族?」
「貴族、私が? ……フフッ、私は唯のはぐれ魔女で、しがない薬師ですよ」
「では何故……」
「質問はおしまい。疲れているでしょう? もう眠りなさい」
「でも……」
「さぁ、横になって」
フィアはまだ話しを続けたそうなアナベルを促しベッドに寝かせると、彼女の横に腰かけ母が歌ってくれた子守唄を歌い始めた。
ポンポンと優しく布団を叩きながら歌うとアナベルは程なく寝息を立て始める。
「一杯飛んで疲れたんですね……今はゆっくり眠るといいです」
アナベルが眠ったのを確認したフィアはそっとベッドを離れ、部屋から抜け出した。
部屋の前の廊下にはいつも通りの伊蔵と不満げなベラーナが待っていた。
「チッ、嬢ちゃんよぉ、なんで俺達を止めたんだ?」
「さっきも言いましたが、無理強いはよくありません」
「他の連中は脅して奪ってたじゃねぇか?」
「魔女さんたちはそんな事をしても大して気にしないでしょうけど、アナベルさんは……ねぇ」
フィアはそう言って二人に視線を送る。
「ふむ、確かにあの娘は余り図太さは無さそうじゃの。して、いかがいたす?」
「明日、カラさんの所に一緒に行こうと思っています。彼女が落ち着いたら血を下さいってお願いしてみましょう」
気ぃ使いすぎだぜと言いながらベラーナが鼻を鳴らす。
「アナベルさんの心は人みたいですからね」
「そうじゃな。お主の様に雑ではなさそうじゃ」
「雑ってなんだよ!? 雑って!!」
伊蔵に詰め寄るベラーナを見てフィアはクスリと笑うと大きく伸びをした。
「ふぁああ……とにかく明日にしましょう。私はアナベルさんと一緒に寝ますから、お二人はお部屋に帰ってもいいですよ」
「いや、儂は部屋の外で待機するとしよう」
「……そうですか? じゃあベラーナさんだけでも」
「俺も一緒に寝る。連れて来たのは俺だしな」
フィアは二人とも譲る気はなさそうだと感じ取ると、ベラーナと共にアナベルの部屋に戻る事にした。
「では伊蔵さんお休みなさい」
「うむ、なにかあればすぐに呼ぶのじゃぞ」
「フフッ、何も起きませんよ。じゃあベラーナさん、行きますよ」
「おう!」
何故か気合を入れているベラーナの様子に苦笑すると、フィアは部屋に入りアナベルの左横に身を横たえた。
ベラーナもアナベルの右横に寝そべり、左手で自分の頭を支えた。
どうやらその状態で見張るつもりの様だ。
川の字に三人で寝ているとフィアは少し昔の事を思い出した。
あの時は自分は真ん中で左に父親、右に母親がいたが……あれはもう十年以上前の事だった筈だ。
そんな事を考えている間にフィアはいつの間にか眠りに落ちていた。
■◇■◇■◇■
目が覚め身を起こすと左右に桃色の髪の少女と赤い肌の女が寝ていたので、アナベルは一瞬身構えた後、微笑みを浮かべた。
少女は体を丸め穏やかな寝息を立て、女は手足を広げベッドから落ちそうになりながら、大口を開けていびきをかいていたからだ。
二人とも危険など微塵も感じていないらしく、安心しきっている様子が伺える。
「話に聞いていた黒き魔女とは随分と違う……ここが戦場から離れているからでしょうか……」
「ん……ふぁあああ……おはよう……ございます」
「おはようございます」
「もう体は大丈夫ですか?」
「はい、おかげさまで」
答えを聞いた少女が笑ったのでアナベルも笑みを返した。
その後、ベラーナを起こしたフィアは三人で食事を取る事にした。
ちなみに徹夜したらしい伊蔵は、目が血走っていたので部屋で休むよう促した。
召使いに頼んで部屋まで料理を運んでもらう。
アナベルは出された食事の豪華さに驚いていたようだった。
確かに朝の食事に目玉焼きとハム、それにスープが付いているのは贅沢だが、食材的にはそれ程豪華な訳では無い。
東側では兵士であるアナベルでさえこのクラスの食事は食べられないのだろうか。
その事を彼女に尋ねるとパンを頬張りながら答えてくれた。
「ふぇんふぉうでふぁ、ふぉぞんふぉくがふぉおいのふぇふ」
「飲み込んでから話せよ。ほれ」
ベラーナが呆れながらアナベルにミルクの入ったコップを差し出す。
「ふいまふぇん」
アナベルはゴクゴクと受け取ったミルクを飲み干すと、ふぅと満足気に息を吐いた。
「ありがとうございます。東の食事についてでしたね?」
「はい、これは結構贅沢な方ですが、卵やハムなんかはそれ程高価という訳ではありません。そちらは違うのですか?」
「そうですね。栄養のある肉や魚、ミルクなんかは保存食に加工されて前線へ送られるんです。信徒……民衆の口にはあまり入りません……卵も軍に優先的に回されるので食べる事は少ないですね」
「じゃあ普段は何食ってんだよ?」
「そうですね。野菜やパン……パンといっても日持ちする様に焼きしめているので、こんなに柔らかいパンは初めてです」
アナベルの答えを聞いたベラーナは「うぇ」と顔を歪めた。
「肉が食えねぇとかあり得ねぇぜ」
「そうですね。私も週に一、二度はお肉やお魚を食べれてましたし……」
「西は豊かなのですね……」
アナベルはそう言って目を伏せたが、これは西と東の質の違いという事が大きい。
西は強力な力を持った魔女を前線に配置し、現在は防衛に重きを置いている。
方や東側は国民全員に強制で神の選別を受けさせていた。
選別の数が多くなれば必然的に選ばれる者も多くなる。
つまり、西は少数精鋭、東は物量作戦という訳だ。
ただ、非生産者である兵士の数が増えれば当然、民の負担も大きくなる。
東の食糧事情が悪いのは、そういった側面が大きく影響していた。
「お前も不味い飯食って頑張ってたんだな……よし! 今晩は俺が美味いもん食わしてやるよ!」
「どうしたんですかベラーナさん?」
「……誰かが腹減らせてんのは嫌なんだよ」
「あの、私は軍にいたので美味しくはないですけど結構お腹いっぱい……」
「うるせぇ!! おごってやるって言ってんだ!! 素直におごられろ!!」
「はっ、はい!!」
食事を終えたフィアは、一旦部屋を出て服を着替える事にした。
それと並行して召使いに頼んでジルバを呼んでもらい、彼女にアナベルの服を見立ててもらうようお願いした。
アナベルの着ていた軍服は戦塵に塗れて汚れていたし、一応領主であるカラに会うのだから綺麗にした方がいいだろうと思ったのだ。
「では取り敢えずお風呂に入って来て下さい。ベラーナさん、案内して貰えますか?」
「伊蔵が作った奴か……気持ちはいいけど面倒なんだよなアレ」
「ベラーナさん……あなた何日入っていないんですか?」
「あ? ここに来てからだから……五日かな?」
「……ついでにあなたも体を洗って来て下さい。いいですね!」
「わーったよぉ……でも一応、体は拭いてんだぜ。脇とか股間とか……」
「一々言わなくてよろしい!!」
ベラーナを一喝し、フィアは「だりぃ」とぼやくベラーナと、風呂の事を知らない様子のアナベルに着替えを持たせると、背中を押して部屋から送り出した。
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