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東から来た天使

 街へ買い出しに出かけたベラーナはアガンを撒き、購入した酒と宴会グッズを抱え東へと向かっていた。

 彼女も一応、騎士であるので郊外に所領と屋敷を持っている。

 それ程大きな物では無いが、フィアの目を盗み物を隠すぐらいは出来るだろう。


 ベラーナはその速さを買われ基本的に城に詰めている事が多かった。

 その為、所領の管理は人間の代理人に任せている。


 暫く戻っていないから恐らく多少金も貯まっている筈だと、内心ほくそ笑みながらベラーナは翼をはためかせる。


 そんな彼女の鼻が異質な匂いを感じ取る。

 それは人でも無く、黒き魔女でも無かった。


「おいおい……なんで天使様が西の辺境にいるんだよ……チッ、しゃーねぇなぁ」


 ベラーナは高度を下げると、眼下に広がる麦畑で作業していた農夫の側に舞い降りた。


「おい、お前」

「こっ、これは魔女様、一体何の御用ですか?」


 草抜きをしていたらしい農夫の男は、ベラーナに怯えながら問い掛ける。


「お前、何処に住んでる? 名前は?」

「えっ……?」


 住処と名前を聞かれた男は顔を青くした。


「……めんど臭ぇから怯えんなよ……この荷物を預かって欲しいだけだ」

「……荷物……ですか?」

「ああ、ちょっと時間が掛かるかもしれねぇからよぉ。お前の仕事が終わっても俺が戻んなきゃ家で預かっといてくれよ」


 農夫はベラーナが抱えていた麻の袋を見て、恐る恐る尋ねる。


「その袋……でございますか? あの……中身は何でしょうか?」

「ん? それは言えねぇ。それより住んでる場所と名前を教えろよ」

「……ここから南……ムーア村のジーナムです」


 男は覚悟を決めて、絞り出す様に名前を答えた。


「ムーア村、ジーナムだな。俺はベラーナだ。こいつは駄賃だ、しっかり預かっといてくれよ」


 ベラーナは持っていた麻袋と一緒に銀貨を一枚男に手渡した。


「そうだ。中は見るなよ」

「はっ、はい」

「んじゃな。頼んだぜ、ジーナム」


 男にニヤッと笑みを見せるとベラーナは翼を広げ北の空へと消えた。

 農夫の男は飛び去った赤い肌の魔女を茫然と見送った。


 やがて我に返り、受け取った袋を気味悪げに見つめるとため息を吐く。


 魔女が持っていた中身が不明の袋。男はそれを地面に置いていい物か図りかねた。

 土をつけたりすればあの魔女は怒り狂うかもしれない。

 更に目を離した隙に盗まれでもしたら……。


 そう考えた不運な男は結局、深いため息を吐くと、袋を抱えたまま片腕で草抜きを再開したのだった。



 ■◇■◇■◇■



 ベラーナが袋の中身を男に教えなかったのは、男の口から何を購入したのかフィアに伝わる事を危惧したからだった。

 ただ、彼女は失念していたが使い魔の契約によりフィアにはベラーナがアガンを撒き、無駄遣いをした事は詳細は分からずとも伝わっていた。


 その事でベラーナはフィアから小言を言われる事になるのだが、それはそれとして。

 現在、彼女は白き魔女の匂いを追いカラの領地を北へ向かって飛んでいた。


「しかし、なんでこんな辺境に白魔女がいんだ? ……スパイか?」


 自分の呟きをベラーナは瞬時に打ち消した。


 王子達のいる中央や攻略拠点となり得る東の大都市ならともかく、西の果てにスパイを送る意味は薄い筈だ。

 一瞬、東と西から王子達のいる中央を挟撃するという考えも浮かんだが、それには大規模な部隊が必要になるだろう。

 匂いは一つしか感じられない、つまり相手は単独の筈だ。

 斥候だろうか……いや、斥候ならこんな風に匂いを撒き散らすとも思えない。


「分かんねぇなぁ……まっ、とっ捕まえて聞きだしゃいいか」


 悪魔の影響で深く考える事が苦手な彼女は思考を放棄し、匂いの先にいる者に聞く事に決めスピードを上げた。


 暫く飛ぶと匂いは強さを増した。

 その匂いを目印に高度を上げ、白魔女らしき者の頭上を取る。


 魔女となり空を飛べる力を得ても元は人間だ。

 その為か左右には注意を払っても、上下に対する警戒心は意識しないと発揮できない。

 その事をベラーナは経験から知っていた。


 だが、見下ろしたベラーナの目にその匂いの主は映らなかった。


 ……絶対にいる筈だ……そうか! 姿隠し!


 魔法の存在に気付いたベラーナは大きく息を吸い込むと、聞こえない音の洪水をその何かに浴びせかけた。


「グッ……攻撃された!? あっ、頭が……」


 ベラーナの攻撃を受けた何かの術は解け、その姿が白日の下にさらされる。


「ピュー、やっぱ白魔女かよ……ん?あいつまさか一発で……」


 ベラーナの攻撃を受けた白い羽根を持つ魔女は、反撃する事無くそのまま地面に向かって落下を始めた。


 多分、死ぬ事は無いだろうが音だけで無力化したという事は手負いの可能性もある。

 落下の衝撃でこのまま死なれると目的も何も分からずじまいだ。


 そう考えたベラーナは落下していく魔女に追いつき彼女を抱き止めた。


「ふぅ……見た所、怪我とかはしてねぇみてぇだな……コイツ……また、魔力切れかよ」


 抱き止めた女の青ざめた顔を見てフィアの事を思い出し呟く。


 さて、どうするべきか。


 ベラーナとしてはジーナムに預けた荷物を回収し屋敷に運びたかった。

 しかし、如何にも白魔女です、といった姿の女を抱えてうろつけば噂が立つのは避けられないだろう。


 そんな事を考えていると抱えていた女が薄く瞳を開けた。

 警戒したベラーナに女はかすれた声で問う。


「ねえさん……?」


 恐らくその淡い空色の瞳にはベラーナが姉に見えていたのだろう。

 震える手を伸ばし女はベラーナの頬に触れ微笑む。


「おっ、おい!?」

「ねえさん、また会えた……」


 狼狽えるベラーナを他所に、女は頬に伸ばした手を下ろすと瞳を閉じて寝息を立て始めた。

 その様子はとても穏やかで安心しきっている事が読み取れる。


「俺はお前の姉貴じゃねぇよ……はぁ……しゃーねぇ、一回城に戻るか」


 ため息をついて顔を顰めたベラーナは、微笑みを浮かべスヤスヤと眠る女を抱えて西に向かい翼を広げた。

お読み頂きありがとうございます。

面白かったらでいいので、ブクマ、評価等いただけると嬉しいです。

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