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本の虫と逃亡者

 イーゴの後を追ってフィアと伊蔵(いぞう)は城の書庫へと向かっていた。


「しかし意外じゃの、お主が本を集めていたとは……」

「ケッ、どうせ俺は学はねぇよ」


 イーゴは緑色の肌をしたスキンヘッドの小柄な魔女だった。

 口元には下あごから犬歯が二本突き出ており、頭部には小さな角が前頭部に二本ずつ左右対称に生えている。

 伊蔵の感覚でいえば物語に登場する小鬼の姿によく似ていた。


「伊蔵さん、人を見た目で判断してはいけませんよ」

「確かにそうじゃな。ゆるせイーゴ」

「……あんたら変わってんな。この城の魔女達はどいつこいつも俺を馬鹿にしたもんだが……」

「馬鹿に? 何故です? 勉強する事は責められる事では無いでしょう?」


 イーゴの後に続いて廊下を歩きながらフィアは小首を傾げる。


「俺は魔女としての力はそれ程強くない。だからそれを補おうとして本を漁った……だけど幾ら知識があっても力が無きゃ意味がねぇのさ」


 そう答えたイーゴの心がフィアに届く。

 感じたのは強い憤りだった。

 カラにアガン達が敵わなかった様に、魔女の地力の差は技量で簡単に埋められる物では無い。

 イーゴはその事でずっと悔しい思いをしてきたのだろう。


「大丈夫ですよイーゴさん、知識が邪魔になる事なんてありません」

「だけど知ってるってだけじゃ意味ねぇだろ」

「はい、知ってるだけじゃ意味は無いです。だから今日からはバンバン使っていきましょう」


 フィアはニコニコと笑いながらイーゴに答える。


「フフッ、楽しみですねぇ。今まで力ばかりを重視してきた人達が、あなたの知恵で生み出された物を見てどんな顔をするのか」


 イーゴの思いに引っ張られたのか、フィアは珍しく悪意のある笑みを浮かべた。


「そんなに上手くいくかねぇ……」

「いままで試した事はないのか?」


「ないね。なんせこの城の魔女達は自前の能力だけで十分だって奴ばっかりだしな。馬鹿らしくなって大分、前に言うのを止めた。あんたらがやろうとしてる魔法の定着も話してはみたんだが、鼻で笑われたよ。必要無いってね……さて、着いたぜ」


 そう言うとイーゴは両開きの扉を押し開けた。

 この城が建てられた当初は書庫として使われていたその部屋は、フィア達が城に着いた時は本以外の物も詰め込まれた倉庫状態だった。

 しかし現在は不用品を処分し、召使いたちの努力によって掃除が行き届き、本も分類分けされ使いやすい物に変わっていた。


「わぁ……綺麗になりましたね」

「他の魔女はどうだか知らないが、俺はアンタに感謝してるぜ。今までは他の奴らに倉庫代わりに使われた書庫を、ちゃんと書庫にしてくれたからなぁ」


 フィアは魔女達が集めた物の殆どを不用品として売り払ったが、本だけは売らずに残す事にした。

 それは祖母から受け継いだ母の蔵書が大きく影響していた。

 フィアは両親と共に様々な土地を転々として来たが、家財は売る事はあっても本だけは手放さなかった。


 昔、引っ越す時、フィアはそれを母親に尋ねた事がある。


「ねぇ、お母さん。どうして本は売らないの? 私、もう全部読んじゃったよ?」

「フィア、あなたは読んだかもしれないけど、あなたの子供はまだ読んでいないでしょう?」


「私の子供?」

「ええ。いつかあなたが結婚して子供が出来たら、あなたがその子に読み聞かせてあげなさい。そうやって知識は受け継がれていくのよ」


「知識が……うん、分かった!」

「フフッ、いい子ね」


 本は先人たちが残した智慧の塊だ。それは子供のおとぎ話だろうが難解な魔法書だろうが変わらない。

 どんな本であっても労力と時間を掛けてこの世に生み出されている。

 その本の著者は何か後世に伝えたい事があって、わざわざそれを文章に残したのだから。


 まぁ、たまには悪意を以って生み出された物もあるのだが……。


「んじゃ、俺は定着関係の本を集めてくる。あんた達は暇なら好きな本でも読んでな。ただし、読んだ後は元の場所へ戻せよ」

「分かりました」

「好きな本と言われてものう……」


 書庫は天井まで届く本棚に分類分けされた本が並べられ、それが部屋を仕切る様に整然と並んでいる。

 しかもそれは一階だけでなく、部屋の中の階段から二階へと続いているようだ。

 また、室内には調べ物する為の長机も何台か置かれていた。


「そもそも儂はこの国の文字は余り読めぬのじゃが……」

「あれ、そうなんですか? でも伊蔵さん、私達の国の言葉は話してますよね?」

「言葉は西の国とそれ程変わらぬようじゃからな……じゃが文字は似ておるが、単語等が違っておるでの」


「そうなんですか……言葉のルーツは同じでも、交流が途切れた事で単語の持つ意味は変わっちゃったんでしょうか?」

「言葉というのは同じ国でも変わっていく物じゃからな……旅の途中で訪れた国など、隣同士の村で言葉が違っていてのう、難儀したものじゃ」


 伊蔵はそう話し肩をすくめた。


「へぇ、その時はどうしたんです?」

「身振り手振りでなんとかしようとしたのじゃが……その身振りの一つが相手を侮辱する物だったようでの、いや、あの時は大変だったわい」


「フフッ、伊蔵さんも苦労されたんですね……そうだ。文字が読めないなら絵本を私が読みましょうか?」

「絵本じゃと……あれは子供が読む物じゃろう」

「いいじゃないですか。読みながら文字について教えてあげますよ」


 書庫にはイーゴが集めた魔法に関する物だけではなく、元々納められていた絵本等も存在していた。

 恐らく昔、この城を居城としていた貴族が子供達の為に買い求めた物だろう。


 フィアは入り口近くの本棚にまとめられていた絵本の一つを手に取ると、長柄机の椅子を引き伊蔵を隣に座るよう促した。

 伊蔵は楽しそうなフィアの様子に苦笑しながら、彼女の隣に腰を下ろした。



 ■◇■◇■◇■



 その数日前、丁度、フィアが音頭を取ってカラの城で大掃除をしていた頃、東の最前線では白き魔女の攻撃が行われていた。

 彼らはある程度の数がそろうと前線を押し込む為、西側に攻撃を仕掛けてくる。

 西側も心得た物で、防御に特化した魔女達で前線を維持し凌いでいた。


 過去、何度か西側は東側へ侵攻した事もあったが、そうなると東側はハチの巣をつついた時の様な反応を示し、撤退を余儀なくされるという事が続いた。

 相次ぐ撤退で現在は侵攻作戦は行われておらず、西側は大規模な戦力が整うまでは現状維持という方針で落ち着いていた。


 定期的に行われる攻撃を防衛するだけの日々。

 そんな日々が続くと、東側の攻撃も緊急事態から日常に変わる。

 その日もそんな日常だった。特に変わった事は無く、攻撃がなされ、それを押し返す。


 ただ、一つだけ違っていた事は、一人の魔女が防衛線を突破し西へと逃亡していた事だ。


 東西を仕切る様に南北に伸びた境界線。

 その戦闘地域を抜けた東の魔女は、深く息を吐くと身を隠していた魔法を解除した。


 白い翼と銀色の髪、輝きを放つ肌を持った女は疲労に顔を歪めながら呟く。


「はぁはぁ、ここまでくれば……私は、私はこれで自由になれるんだ……」


 女は初めて見る西の大地に瞳を輝かせる。

 そして歯を食いしばると、再度詠唱してその身を空の青に紛れさせた。


 東の土地で生まれたその“はぐれ魔女”は、規律と階級に縛られた東から混沌と力で支配された西へとその日、逃げ込む事に成功した。

お読み頂きありがとうございます。

面白かったらでいいので、ブクマ、評価等いただけると嬉しいです。

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