片付けられない人々
辿り着いたカラの城は彼が言った通り煌びやかな物では無く、物が溢れ混沌としていた。
フィアは余りに理想と違う城の様子にガックリと肩を落としている。
「お帰りなさいませ、カラ様。そちらのお二人はお客様ですか?」
出迎えてくれた執事らしき美形の男性が伊蔵とフィアを見て問いかける。
「ああ、二人は魔女の首を狩ってた首謀者だよ」
「首狩り!? 生捕りになさったのですか!?」
「違うよ、僕そこの伊蔵に返り討ちにされちゃってさぁ。で、一緒にいるおチビさんの使い魔になっちゃった」
「返り討ち!? 使い魔!?」
恐らく二十代だろうと思われる青年は驚きの余り目を白黒させている。
「これはその首ね。取り敢えず、それぞれの部屋に戻しといて」
カラは青年に背負っていた首をいれた大きな籠を押し付ける。
籠の中には眠ったままの首と、目を覚ましている六つの首が入っていた。
その起きている六つが青年を一斉に見た。
「リチャード、我々を部屋に運べ。体を再生させるなら服を着ろとチビがうるさいのだ」
「こっ、これは……」
「リチャード、落ち着け」
「モリスさん!? これは一体どういう事です!?」
混乱するリチャードにモリスが声を掛けた。
「どういう事って、聞いた通りだよ。カラ様他、魔女の方々は伊蔵様とその一味に加わったベラーナ様達に負けた。その後、首魁であるフィア様の使い魔にされたんだ」
「首魁……あの少女が……?」
「まぁそういう訳だから、とにかく魔女様達を部屋に運んでくれ」
「あんな幼い子供が首魁……」
モリスに促されたリチャードは、チラチラとフィアを見ながら籠を抱え城の奥へと姿を消した。
「……モリスさん、首魁っていうのは止めて下さい。首を狩ってたのは伊蔵さんとベラーナさんなんですから」
リチャードが去ったのを見て、フィアはまるで悪党の親玉の様な言われようにモリスに苦情を申し立てた。
「ではボスとでも言いますかな?」
「ボス……せめてリーダーにして下さい……リーダーでも無いですけど……それより、何でこんなにお城が雑然としているんですか?」
「城には俺達の寝床がそれぞれあんだけどよぉ、全員、自分の趣味に合わせて色々買うもんだから、何十年の間に物が溢れちまってな」
アガンが苦笑いしながらフィアに説明した。
元々は美しかった筈の城は魔女達が集めた私物でこんな状態になったらしい。
ドレスや武具の数々に加え、数え切れないほどの本、恐らく酒だろう樽の山。
壁には所せましと絵画が飾られ、床に置かれた箱からはアクセサリーらしき貴金属が零れている。
他にも彫像や剥製等も城の玄関ホールに所せましと置かれていた。
「なんで整理しないんですか!? これじゃまるで倉庫じゃないですか!?」
「整理しようにも魔女様の物を勝手に処分する訳にもいきませんし……一応控えて頂く様、お伝えはしたんですがね」
肩を竦めながらモリスはため息を吐いた。
カラ達のこれまでの言動や行動を鑑みれば、彼らがモリスの言葉に従う訳が無い事がフィアにも想像出来た。
「ふむ、物を集める事に血道を上げていた者は国にもおったが……そういう者が長く生きるとこうなるのじゃな」
「伊蔵さん、こんな状態で平気なんですか?」
「……平気では無いがここに住むわけでは無いじゃろう?」
「そうですけど……鎧の修繕には何日か掛かるのでしょう? その間滞在する訳ですから……」
「なに? おチビさんはこういうの嫌い?」
「整理が行き届いていないと、何が何処にあるのか分からないでしょう? ……そうです! カラさんが読んだ本もこの魔窟の中に!?」
フィアはホールから見えるあらゆる空きスペースに平積みにされた本に、気が遠くなる思いがした。
本は階段の端にも置かれ、それは二階へと続いている。
城の中にどれだけの本があるのか見当もつかない。
「魔窟って……確かに住んでいるのは魔女だけどさぁ……」
「……決めました! 要らない物、使わない物は売って処分しましょう!! そのお金でベドの町の修繕や救済をすれば一石二鳥です!!」
「えー、嬢ちゃん、マジで言ってんの?」
「そうよ、要らない物なんて一つもないわ!」
拳を握るフィアにベラーナとジルバが同時に抗議の声を上げる。
そんな二人にフィアは冷ややかな視線を向けた。
「もう何十年、全く触っていない物があるでしょう?」
「それは……そりゃ、時代遅れの服とかはあるけど……ほら、時代は巡るって言うじゃない。いつかは着るかも……」
「ジルバさん、そのいつかはいつ訪れるのですか?」
「それは……」
言い淀んだジルバに代わりベラーナが声を上げる。
「頼むぜ嬢ちゃん。宴会やる時、使うと受けるもんもあるんだよ。毎回同じじゃ場がしらけるだろ?」
「ベラーナさん、あなたは別に旅芸人さんではないですよね?」
「そりゃそうだが……」
「ガハハッ、ベラーナ、ジルバ、不用品は処分するんだな」
楽しそうに笑うアガンにもフィアは視線を向ける。
「アガンさん、あなたも処分する物があるんじゃないですか? 例えばそこの甲冑とか?」
「なんであれが俺の物だと……?」
アガンは自分のコレクションを正確にいい当てられて絶句した。
「あなた方は私の使い魔となったんですよ。何を考えているか魂の繋がりで伝わってきます。カラさん?」
「なっ、何だい? 僕はそんな収集癖なんて……」
「確かにあなたは収集癖は無いみたいですね……でも飽きた玩具をその辺に置いているでしょう?」
「僕の心を読んだのか……でもね。退屈しのぎにまた遊ぶかもしれないし、そんな時にわざわざ出すのは面倒じゃないか?」
カラは知恵の輪やパズルのような玩具を好んで遊んでいた。
まぁそれも解く前に面倒になるのだが、召使いたちが片付けようとすると暇な時にまたやると言ってそのまま放置させていたのだ。
カラは殆ど寝室と執務室の行き来しかしないので被害の規模でいえば小さいが、それでも彼の移動ルートには様々な玩具が散らばっていた。
「どうせもう遊ぶ事はないのですから、城下の子供達に配ってしまいましょう」
「ええっ!? 気に入っているのもあるんだよ!?」
「ではその気に入っている物だけ残しましょう。ただし、それもちゃんとお片付けしてもらいます!」
腰に手を当てホールに残った四人の魔女を睨むフィアの姿に、伊蔵は国の集落で見た子を叱る母親たちの姿を思い出していた。
「横暴よ!! あなた何様のつもり!?」
「そうだぜ!! 俺達の趣味にまで口出しすんな!!」
「フィア、武具はこれからの戦いにも使えるだろ?」
「パズルを解いてると程よく頭が疲れてよく眠れるんだけど……」
「ジルバさん。あなたの何様という問いに答えるなら、私は一応あなた方の主ですよ……という訳で『四人とも必要ない私物を城の庭に運び出しなさい!!』」
フィアの言葉は魔女達を強制的に片付けへと動かした。
「なっ、なにこれ!?」
「クソッ!! フィアてめぇ覚えてろよ!!」
「片付けは苦手なんだが……おっ、この斧はこんなとこにあったのか……懐かしいぜ」
「うぅ、なんで僕がこんな面倒な事を……」
フィアの命令は本人たちの深層心理に呼び掛け、少しでも迷いのあった物は問答無用で運び出させた。
「うん、いいですね。ではモリスさん、魔女さん達の部屋に案内して下さい。眠っている人を起こして彼らにも不用品を処分してもらわないと」
「畏まりました……正直、彼らの収集癖には参っていたのですよ」
「そうですか、それなら良かったです……では行きましょうか伊蔵さん?」
「……儂も武具には興味があるのじゃが……分かった後にしよう」
伊蔵はフィアに眉根を寄せて睨まれると、苦笑を浮かべてモリスに案内される彼女の後を追った。
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