賭け試合
伊蔵がフィアの家から出ると、庭ではベラーナとカラの部下の一人、ジルバが揉めていた。
ベラーナと頭に羽根を生やしたジルバの二人の側にいたモリスは、伊蔵の姿を認めると慌てて駆け寄ってくる。
「伊蔵様! お二人を止めて下さい!」
「何があったのじゃ?」
「ジルバ様がもう一度勝負せよとベラーナ様に戦いを申し込みまして……」
「やらせればよいでは無いか」
「で、ですが……」
「心にわだかまりを持ったままでは色々と面倒じゃ、戦って白黒つけた方が双方スッキリするじゃろう」
「そっ、そんな……」
止めてくれると頼った伊蔵の言葉に、モリスは二の句が継げなくなる。
「なんだ喧嘩か?」
「うむ、あの二人は反りが合わぬようじゃの」
「なになに、ジルバとベラーナが戦うの? ……ねぇ皆、どっちが勝つか賭けない?」
「面白れぇ……そうだな、普通に考えりゃ使い魔になって力の上がったジルバに分がありそうだが……」
伊蔵に続き庭に出たアガンとカラも会話に加わる。
彼らも争いを止めるつもりは無いようだ。
「はぁ、黒魔女さん達は血の気が多くて困ります」
「ああ、フィア様、あの二人を止めて下さい!」
「止める? どうしてどうしてですか?」
「どうしてって……お二人が暴れたら被害が……」
「被害? ……そうですね。お家を壊されても困りますもんね」
アガン達に続いて庭に顔を出したフィアは、言い争いを続けている二人に近づくと話しかけた。
会話を終えたフィアは駆け戻り、そのまま家に飛び込むと服を抱え二人の下へと駆け寄った。
フィアがジルバに声を掛けると、彼女は体を再生させ受け取った赤いワンピースの事でフィアと何か話した後、嫌々といった様子で袖を通していた。
モリスはその様子を戸惑いながら見守った。
やがて二人の魔女に指を立てて何やら話すと、様子を見ていた伊蔵達の元へと戻ってくる。
「取り敢えず、殴り合いで決着をつけるという事で話を纏めました。伊蔵さん、審判をお願いしていいですか?」
「殴り合い、魔法は使わんという事じゃな?」
「はい、服が破れるのも嫌なので爪も掴み合いも無し、純粋に拳と拳のぶつかり合いです」
「ふむ、体力と技術の勝負か……これはどっちが勝つのか分からなくなったのう」
楽しそうに言う伊蔵にモリスは思わず問いかける。
「あの……本当に皆様、止めないのですか?カラ様、黒き魔女同士の争いは禁止されていた筈では……」
「それは王子達が僕等に押し付けたルールだよ。いいじゃん、面白そうだし」
「フィア様、本当によろしいので……?」
「モリスさん、私、もう疲れちゃったんです。知ってます?アガンさんとベラーナさん。しょっちゅう口喧嘩してるんですよ、最近それが二人のコミュニケーション手段だってわかってきたんですけど……カラさんじゃないですけど、魔女さん達の喧嘩を仲裁するの面倒になっちゃったんです」
「はぁ……さようでございますか……」
フィアの勢いに圧倒されたモリスは周囲の状況もあり、フィアと同じく仲裁が馬鹿馬鹿しく思えて来た。
「モリス、お前はどっちに賭ける?」
「私も参加してよろしいのですか?」
「当然だろ? 賭けは多い方が面白れぇじゃねぇか。他の魔女たちも賭けてるぜ」
モリスがフィアの動向に気を取られている間に、アガンは庭にいた首だけの魔女、この前の戦いに参加していた六人にもどちらに賭けるか聞いていたようだ。
「はぁ……」
アガンの言葉で改めてモリスは二人の魔女に目をやった。
青黒い髪に赤い肌、緑のワンピースを着たベラーナと栗色の髪に白い肌、そしてフィアから渡された赤いワンピースのジルバ。
どちらも体格的にはさほど変わらず、若干、ジルバの方が背が高いぐらいだ。
「さようでございますな……オッズはどうなっていますか?」
「今はジルバ六、ベラーナが二でジルバが優勢だな」
「では……私はベラーナ様に賭ける事にいたします」
「へぇ……モリス、お前、肝っ玉が小せえ割にギャンブラーだな」
「以前、お二人とカラ様との戦闘を見た事が御座います……体術のみという事であればベラーナ様に分があるかと」
「なるほどな……伊蔵は審判だから無しとして……フィア、お前はどっちだ?」
フィアは家の入口に腰かけ、ベラーナ達を眺めていたフィアは少し悩んだ後、口を開く。
「そうですねぇ……私もベラーナさんですかね」
「オッズは六対四だな、よっしゃ、伊蔵、初めていいぞ!」
「承知した……そうじゃな……ただの殴り合いでは勝負に時間が掛かりそうじゃ、ここは一本勝負で相手の顔面に攻撃をいれた方を勝ちとしようぞ。双方それで良いか?」
伊蔵の問い掛けにジルバは勝ち誇った笑みを浮かべ答える。
「ええ、よくってよ。小娘の使い魔になって力も上がった事だし、蝙蝠風情に負ける事は二度と無いわ」
「ぬかしたなジルバ!! その高慢ちきな鼻、文字通りへし折ってやるぜ!!」
「どちらも文句は無いようじゃな。では始め!!」
開始の合図で二人の魔女は間合いを詰め、拳を打ち合った。
「ジルバ、叩きのめせ!!」
「フェイント使えよ!!」
「姉様、頑張って!!」
「ベラーナそこだ、腹にかまして怯ませろ!!」
魔女達の声援に混じりフィアも声を上げている。
「二人とも服を破いたりしたら酷いですよ!」
「……君、じゃあなんでジルバに服を渡したんだい?」
「裸で女の人が殴り合うなんて見ていられません」
「そういう物かな」
「そういう物です!」
戦いはスピードと膂力ではジルバが勝っていたが、モリスの読み通り技術ではベラーナに分があったようだ。
ジルバの力まかせの大振りをベラーナが躱し、カウンター気味で左拳をジルバの顔面に叩き込んだ。
「そこまで! 勝者ベラーナ!!」
「クソッ、格下相手に何やってんだ!!」
「ジルバはスピードで翻弄して魔法で仕留めるタイプだからな、魔法がなきゃ決め手にかけるさ」
「チッ……俺もベラーナに賭けとくんだった」
「そんな……下品なベラーナに姉様が負けるなんて……」
ギャラリーたちの声が響く中、ベラーナは頬を抑え膝を突いたジルバに右手を差し出す。
「ケケケッ、今回は俺の勝ちだな」
「……次は負けないわ……それと以前から言おうと思っていたんだけれど……」
「何だよ?」
「あなたも女の子なんだから、俺って言うの止めなさいな」
「俺に勝てたら考えてやってもいいぜ」
「約束よ」
ジルバは差し出された手を取り、ベラーナはその手を握りしめ猛禽の魔女を立たせた。
「うむ、では双方、遺恨を残さぬように」
「……遺恨ねぇ……ねぇ、貴方、伊蔵さんだったかしら? 貴方、確か首だけになった私を思い切り殴ったわよねぇ?」
「うむ、確かにお主を殴りつけた」
「やっぱり……貴方とも一度、勝負させていただきたいわ」
「おいジルバ、止めとけって。伊蔵はヤバいんだって」
「何よベラーナ。この男に気でもあるの?」
「そういうんじゃねぇよ……知らねぇぞ……」
その後、伊蔵に戦いを挑んだジルバはベラーナの危惧した通り叩きのめされた。
その事で伊蔵は彼に不満を抱いていた魔女達から認められ、妙に慕われる事となるのだった。
ただ、当事者であるジルバには暫く怯えた目で見られはしていたが……。
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