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神話の住人達

 伊蔵(いぞう)に魔力を吸い上げられ昏倒したフィアは、目を覚ました時、自身の寝室で寝ていた事で一瞬混乱した。

 焼かれたベドの町や町を破壊した巨大な竜巻、自分を執拗に殺そうとしたカラ。

 その全てが夢だったのではないか。


 そんな考えも流れこんで来る伊蔵達の心で、夢ではないと否が応にも気付かされる。

 ベッドから身を起こし小さく呟く。


「……町はホントに壊れちゃったんですね」


 母と共に薬を売りに行っていた町。

 無論、何処の誰とも知らない親子を胡散臭そうに見る者もいた。

 だが大好きだった母との思い出があの町には詰まっている。

 その思い出の景色が失われた事がフィアには無性に悲しかった。


 そんな風に感傷に浸っていたフィアの耳に、町を破壊したカラの声が聞こえてきた。

 声はどうやら悪魔について語っているようだ。

 彼女はまだ少しボンヤリする思考を頭を振って振り払い、寝室の出口へと歩を進めた。



 ■◇■◇■◇■



 カラの推測を聞いた伊蔵は、かねてから疑問だった事をアガン達に尋ねた。


「ところでずっと気になっておったのじゃが、悪魔とは一体どういう存在なのじゃ?」

「……説明してなかったか?」

「魔女の力の源というのは聞いたが、何者なのか詳しくは聞いておらぬ」


「悪魔っていうのは僕たちのいる世界とは別の場所にいる存在だよ……神、悪魔、精霊、妖精、幻獣、呼び名は色々だけど神話やおとぎ話の住人だね。ちなみに天使も似た様な物だよ」


 妖怪や怨霊、八百万の神々の様な者を伊蔵は想像した。

 そのどれにも伊蔵は出会った事は無いが、魔女が存在する以上、カラがいう悪魔や天使は存在するのだろう。


「おとぎ話というが、お主らはその者達とまぐわったのであろう?」

「やったのはやったんだが……」

「ではその別の場所とやらからこちらに来ているのであろう?」


「来ているんだけど、来てないというか……彼らはこちらでは長く存在出来ないんだよ。存在する為の肉体が無いからさ……僕たち魔女は彼らがこっちへ出て来る為の足掛かり的な存在なんだ」

「足掛かり?」


 首を捻る伊蔵にカラが苦笑を返す。


「依り代ですね」

「そう、それが一番分かりやすいね。目が覚めたのかい、おチビさん?」

「はい……伊蔵さん、この人を殺さなかったんですね?」

「フィア殿が嫌がると思うてな。お主が望むなら今すぐ始末するが?」


 そう言った伊蔵の手にはいつの間にか苦無が光っている。


「いえ、この人を殺しても失った人も町も帰って来ません。それよりカラさんには私達の仲間として働いてもらった方がいいでしょう」

「えっ? 君、僕を働かせるつもりなのかい?」


「ええ、あなたも、あなたの部下だった魔女さん達にもバリバリ働いてもらいますよ」

「冗談……じゃないみたいだね」

「はい、冗談ではありません」


 そう言うとフィアはカラの首に向かって両手を組んだ。

 祈りに似た詠唱の言葉がフィアの口から紡がれる。

 小さな角が光を放ち、カラの額に紋様が浮かんだ。


「僕を使い魔にするつもりかい?」

「そうです。受け入れてください」

「受け入れぬなら、血を頂いて消すまでよ」


 伊蔵はそう言うと苦無をちらつかせた。

 その目は揺らぎなくカラの首を見つめている。


 首だけになっても魔女は簡単に死ぬ事は無い。魔力によって命を繋ぐ事が出来るからだ。

 しかし、それも無限では無い。魔力の回復量を超えて傷を負えば疲弊しやがて死ぬ。

 問題はそうなるまでの時間だ。伊蔵は恐らくカラがどれ程苦痛を訴えても殺す事を止めないだろう。


「分かったよ……そんな物で死ぬまで抉られるのは流石に勘弁してほしいからね……なるよ、おチビさんの使い魔に」

「良かった……」


 カラは死ぬまでの苦痛と使い魔になる事を天秤にかけ、フィアの魔法を受け入れる事にした。

 紋様が消え、カラの体にフィアの魔力が流れ込む。


「ふーん、使い魔ってこんな感じなんだ……今までは何をするにしてもだるかったけど……こういうのも悪くないね」

「では……まず初めにカラさんの血を頂けますか?」

「血ね、まあいいけど。痛くしないでよ」

「そうじゃ、フィア殿、こやつの体から結晶を見つけたのじゃ……まずはフィア殿の体が一番ゆえ使ってくだされ」


 伊蔵はカラの心臓近くで見つけた青白い石を懐から取り出した。


「結晶? これがそうなんですか?」


 フィアはカラとアガンに目を向ける。


「それは確かに結晶だね……自分の体から取り出されたって聞くと微妙な気持ちになるけど」

「当たりか。フィア喰ってみろよ、多分魔力が上がる筈だぜ」

「でも結晶は伊蔵さんの……あっ!?」

「なんじゃ?」


 口に手を当て声を上げた後、急に挙動のおかしくなったフィアに伊蔵は首を傾げる。


「あの……ですね。多分なんですけど……これは推測でしか無いのですが……」

「なんじゃ、歯切れが悪いのう?」

「えっと……伊蔵さん、カラさんと戦った時、一回首が体から離れたじゃないですか?」


「……覚えておらぬが、そうらしいのう……してそれがなんじゃ?」


 フィアはモジモジしながらかなり言い難そうにしている。


「フィア殿、この国に来て儂はおかしな事ばかり経験しておる。今更、どのような事を聞かされても驚いたり怒ったりはせぬ」


「本当ですね……では……伊蔵さんの体は今はベラーナさんの体みたく、魔力で動く仮初の体になっていると思います。死んだ伊蔵さんの体を触媒として使っているので、ベラーナさんとは少し違うと思いますが……それは間違ってはいない筈です」


「ふむ、ベラーナと……では飯を食えば戻るのか?」

「……わかりません。伊蔵さんは魔女じゃ無いので、でもでもこれだけは言えます……伊蔵さんの今の体は……」


 フィアの言葉に伊蔵は思わず唾を飲み込み問う。


「儂の今の体は……?」

「使い魔の契約を解いたら魔力の供給が絶たれた事で、全機能が停止して即死すると思います!!」

「即死……?」


 以前、契約を解かれた時は心臓が止まり死にかけた。

 今度は心臓だけでなく全てが止まる。

 そんな事になればフィアの言う様に喘ぐ間も無く死ぬだろう。


「どういう事じゃ!? 最初よりさらに悪くなっておるではないか!?」

「はうっ!? 怒らないって言ったのに!!」


「ググッ……カラ、お主が儂の首を落としたからこの様な厄介な事に……」

「アハハッ、君も僕の首を落としたんだからおあいこだね!」

「グヌヌ……」


 油断した伊蔵に落ち度があったのは確かだが、このままでは一生フィアから離れる事は出来ないだろう。

 そうなれば国には戻れず、足立(あだち)家の復興は露と消える。

 勿論、フィアの願いを叶えるまではこの国から離れるつもりはないが、この国に骨を埋めるつもりもない。


「どうにかならぬのか!? カラ、アガン、お主ら儂の体を治せる力を持つ魔女を知らぬか!?」

「治せる魔女ねぇ……治癒の力はどっちかっていうと天使共の力だからなぁ」

「そうだね。東に行けばそんな力を持つ魔女もいるかもね」


「東じゃな!! では今すぐ東へ参ろうぞ!!」

「伊蔵、東は完全な敵地だぜ。今みたいにのんびり魔女の首を狩るなんて出来ねぇぞ?」

「グッ……何故じゃ……何故こうも面倒事ばかり起きるのじゃ」

「いっ、伊蔵さん、私がなんとか解決策を見つけますから……」


 項垂れた伊蔵を見てフィアはワタワタと慌て、アガンは苦笑し、カラは楽しそうに笑った。

お読み頂きありがとうございます。

面白かったらでいいので、ブクマ、評価等いただけると嬉しいです。

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