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原初の魔女

 言い争う声で目覚めたカラの目に飛び込んで来たのは、周囲に広がる森と土の上に並べられた部下たちの首。

 そしてその首の前に立つ黒髪の男の姿だった。


「ふぁああぁ……ここは何処?」

「オッ、伊蔵(いぞう)、カラの奴、目を覚ましたぜ」


 頭の上からアガンの声が聞こえる。


「アガン、僕は一体……?」

「お主は儂に首を落とされたのじゃ」

「そうか……僕は君に完全に負けたんだね……で? 何で僕は生きてるの?」

「……フィア殿が殺生を嫌われるからじゃ。それよりこやつらを黙らせてくれ。不意打ちが卑怯じゃと喚いてのう、うるさくてかなわん」


 伊蔵の言葉に魔女の首が一斉に騒ぎ始める。


「地面に落ちた俺達をいきなり襲うのが卑怯じゃなくて何なんだよ!?」

「その通りだ! 一対一なら人間に我らが負ける筈などないわ!!」

「それは一対一で負けた僕に対する当て付けかな?」


「カラ様……本当にこの人間に負けたのですか?」


 緑の肌に小さな角を生やした首が、信じられないといった口調で問いかける。


「うん、負けた」

「そんな……」

「まぁ、いいんじゃない。なんか全部どうでもよくなってきたし……大体、領主なんて面倒な事、元々僕には合ってなかったんだよ」


 アガンに抱えられた首は怠惰な性を隠そうともせず答えた。


「はぁ……でしょうね」

「ふむ、お主らも大変じゃのう」

「元をただせばお前達の所為だろ!?」

「何、さも自分は関係無いみたいな雰囲気を出してんだ!!」


 再び魔女の首は伊蔵に苦情を言い始める。


「伊蔵、余計な事言うなよ……」

「すまぬ、その男が余りに無責任な事を言う物でつい……」


 ため息を吐いたアガンに伊蔵は頭を掻いて謝罪を返した。


「ところで、あのおチビさんは?」

「ん? フィア殿なら眠っておる。顔色は戻ったので心配無いとは思うが……」

「そう……まぁ、君にあれだけの力を送れば、いくら原初の魔女の子孫でも疲れちゃうよね」


「原初の魔女?」

「あれ? 違うのかい? 桃色の髪に緑の瞳、それに悪魔喰いとくれば、初代国王レゾの血筋だと思ったんだけど……?」

「アガン、そうなのか?」


 問い掛けた伊蔵にアガンは首を傾げる。


「さぁなぁ……言ってて嫌になるが、俺みたいな下っ端は王族とは直接会った事はねぇからよぉ」

「さようか……」


 伊蔵はアガンの答えも分かる気がした。

 彼の祖国がある西の国も一応トップは皇帝だ。

 現在はその力も陰り、小国が林立する戦国の世となっている。

 伊蔵が仕える足立(あだち)家もそんな小国の一領主だった。


 そんな訳だから伊蔵も皇帝の顔など見た事も無い。

 歴史としては知っていても、ひととなりや容姿等、知る由も無かった。


「フィア殿は王族じゃったのか?」

「いや、そうかどうかは分からないよ。僕が思っただけで……でもない話じゃ無いよ」

「……詳しく聞きたい。中で話そう」


 伊蔵はアガンを促し家の中へと入った。

 台所の椅子に腰を下ろすと、向かいに座ったアガンがテーブルにカラの首を置く。

 アガンは現在、体を覆う甲殻を消しシーツを腰に巻いていた。

 その巨体からはかなり窮屈そうに椅子に座っているのが窺える。


 その様子に苦笑しつつ伊蔵はカラに視線を向けた。


「それで、ない話では無いと申したが?」

「うん、初代の国王レゾは五十年近く王位にいたんだけど、その間、ずっと若いままだった。魔女になると寿命が延びるからそこは不思議じゃない」

「ふむ、アガンやベラーナも見た目通りの年では無いという訳じゃな……」


 信じてはいなかったが、フィアが三十というのもどうやら本当のようだ。

 伊蔵は今後の対応についてどうすべきか、少し考えてしまった。


 年上として態度を改めるべきか……しかし、見た目も仕草も幼子にしか思えぬ……。


「それでね、長く生きてれば間違いも起きる。どうやら彼女には王として結婚した貴族以外に同族出身の恋人がいたみたい。でその恋人との間に……って聞いてる?」


「ムッ、すまぬ。別の事を考えておった……地位が上がれば色恋もままならぬ、じゃが恋心はそう易々と止めれる物でも無い。そのレゾという御仁もその例に漏れなかったという訳じゃな?」


「まぁ、そういう事だね。でも後継者が多いと揉めるでしょ? だからレゾは正式な貴族の旦那の子供、今、西を牛耳ってる王子や王女達から守る為にその恋人と彼との間に出来た子を逃がしたらしいんだよ」


 王族や貴族ではよく聞く話だ。国を治める為には権威付けも必要だ。

 有力な貴族と婚姻関係を結ぶ事は珍しい話では無い。

 そして、そこには添い遂げる事が出来なかった恋人達の悲恋も付きまとう。


「ではフィア殿はその逃がした子供の末だと?」

「じゃないかなぁと僕は思ってるんだけど」

「ふむ、アガン、お主はどう思う?」


「……初代の王は百の魔法を使いこなしたって話だ。魔女はまぐわった悪魔の力しか基本使えねぇ。百の力を持つ悪魔がいねぇとは言い切れねぇが、初代が悪魔喰いと結んだってのはほぼ間違いねぇだろうな」


 フィアが悪魔喰いの悪魔の力を持つ事は疑いの無い事実だろう。

 もし王の血を引いているなら、フィアが王になる事も大義名分が立つかもしれない。


 その可能性に思い至った伊蔵は、改めてフィアの事を思い浮かべ思わず笑みを浮かべた。


「なに笑ってんだよ? 王の血筋ならフィアは誰からも文句を言われず、正統な後継者として国のトップになれんだぞ?」

「アガン、フィア殿がそんな事を望むと思うのか?」


「…………ないな」

「じゃろう」


「なんで二人とも楽しそうなんだい? 王様だよ? 左団扇で暮らせるんだよ?」

「カラ、お主がどんな悪魔と契ったのか知らぬが、己の価値観だけで他者を測るのはやめよ」


 伊蔵の言葉でカラは少し考えこんだ。


「……そんなに流されるてるかな、僕?」

「元のお主は知らぬが全てが面倒と申すなら、おそらくそうなのじゃろうな」

「そう……なのかな……?」


 黙り込んだカラに伊蔵は苦笑を向けた。


 この国の貴族だという魔女達。彼らは力を得る為、悪魔や天使と結んだという。

 だが、その事によって人だった頃の自分の願いや望みは歪んでいる様に伊蔵には思える。

 それはアガンやベラーナの話からも感じられた。


 そんな状態の中、フィアは人として真っすぐに生きている様に伊蔵には思えた。

 いつかベラーナが話した器の話を思い出す。


 “はぐれは悪魔や天使と関りを持っても変わらなかった奴らさ、なんでも魂の器のデカさが関係してるって話だぜ……俺達の器がちいせぇみたいでムカつくぜ”


 ベラーナの話が真実なら、力を得ても変わらないフィアの器は相当に大きいのでは無いだろうか。

 あの幼い魔女が王として平和な国を造る。


 それも面白いやも知れぬ。


 そんな事を考え、伊蔵は小さく口の端で笑った。

お読み頂きありがとうございます。

面白かったらでいいので、ブクマ、評価等いただけると嬉しいです。

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