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人でなく魔女でもなく

 跪いたアガンの向こう、フィアがいた辺りから突然、強烈な光が溢れカラは目を眇めた。


 恐らく魔力の輝きだろうがこんな反応は見た事が無い。

 悪魔喰いだという娘の力か?


 眩しさに目を焼かれたカラの前に黒い影が唐突に現れる。

 それと同時に右腕に熱さを感じた。

 カラが右腕に目をやると、そこにある筈の腕は二の腕の半ばから引きちぎられた様に消えていた。


「グッ……」


 熱さは痛みに代わり、カラの相貌が苦痛で歪んだ。


「随分、好き勝手してくれたのう?」


 伊蔵(いぞう)はむしり取った右腕を投げ捨てながらカラをねめつけた。


「……君、人間だったよねぇ? 首を落としたのに何で生きてるの?」


 カラは傷ついた右腕を押さえながら伊蔵に問う。


「さてのう? 儂にも理屈は分からんが……体の調子はすこぶる良いわ。今ならお主を素手で叩きのめす事も出来そうじゃ」


 肩を回し首を鳴らしつつ伊蔵は微笑みを浮かべた。


「僕を素手で? 虚を突いただけなのに、よくそこまで増長出来るね?」

「増長かどうか、身を以って知るがよい」


 余裕を崩さない伊蔵に、カラの頬が痙攣した。

 彼はその事で自分が苛立っているのだと気付く。


 思えば目の前の男の所為で自分が動かなくてはいけなくなったのだ。

 全てこの男の所為で……。


「……疲れるから余りやりたくなかったんだけど、いいよ。本気で相手してあげる」


 腕が再生し、風がカラの周囲に吹き荒れる。

 いや、彼自身の体から風が吹き出しているようだ。

 その暴風は強さを増し広場にあったあらゆる物を吹き飛ばしながら更に強さを増していく。


「ふむ……アガン!! ベラーナを連れてフィア殿と共にこの場から離れよ!!」

「お前はどうすんだよ!? 一人でやんのか!?」

「こやつは中々手強そうじゃ!! あるいは腹に結晶を抱えておるやもしれぬ!!」


 あんな嵐の塊みたいな奴相手に結晶とか言ってる場合かよ。


 アガンは伊蔵の言葉に最初そう思った。


 ……まぁ、伊蔵は最初からイカれた奴だったか。


 だがカラに向いて素手のまま構えた伊蔵を見て、出会った時を思い浮かべ考えを改める。

 聞いた話では伊蔵は自分やカラも含めた辺境の魔女とは違い、ずっと命のやり取りをしてきたらしい。

 それはここ数十年、格下しか相手にして来なかった自分達とは錬磨の度合いが違うという事に他ならない。


 コイツなら勝てるかもしれねぇな。


 アガンは伊蔵に賭けてみる気になっていた。


「結晶があっても無くても絶対倒せよ!!」

「無論じゃ!」

「よっしゃ! ベラーナ!!」


 アガンが声を張り上げると、カラに弾き飛ばされたベラーナが右足を引きずりながら瓦礫から姿を見せる。


「痛てて……まったく、無茶苦茶しやがるぜ」

「ベラーナ!! ここは伊蔵に任せて一旦引くぞ!!」

「伊蔵? ……へぇ、マジで復活したのか……嬢ちゃん、かなり入れ込んでんな」


 ベラーナは伊蔵を見てニヤリと笑うと、羽根を広げフィアの下へと飛んだ。


「てめぇ、俺を置いて行くんじゃねぇよ!!」


 取り残されたアガンが慌ててその後を追う。


「逃げたって無駄なのに……」


 広場から魔女の首とモリスを抱え逃げ出すアガン達を見つめ、カラは面倒臭そうに呟いた。


 不思議な事に先ほどまで吹き荒れていた風は今はすっかり治まっていた。

 その代わりにカラの体を覆う透明の膜の様な物が見える。

 その膜の向こうのカラの体は伊蔵には陽炎の様に歪んで見えた。


「この国に来てからというもの、面妖な物ばかり目にするわい……やはり世界は広いのう」

「じゃあ、さよなら」


 カラは爆風と共に一瞬で距離を詰め伊蔵に突きを放つ。

 その突きを伊蔵は左手一本でいなし、右肘をカラの顔面に叩き込んだ。

 引いた伊蔵の左足が石畳にめり込み、カラの突進はそのまま自分への打撃となって頬を抉った。


「グッ!?」

「ふむ、直接触れると肉を削がれるな。風の甲冑といった所か」


 伊蔵は突きをいなした左手を見ながら呟いた。

 左手は皮が削られ血が滲んでいた。

 だが、その傷ついた左手も呟きの間に回復していく。


「馬鹿な、こんな事ある訳が……」

「じゃから言うたじゃろう? すこぶる体の調子が良いと……さて、お主は結晶を持っておるのかのう?」


 尻もちを突き見上げるカラに、伊蔵は楽しそうに笑みを浮かべた。



 ■◇■◇■◇■



 広場から逃げだしたフィア達は、建物の影から伊蔵とカラの戦いを見守っていた。

 攻撃の派手さではカラが勝っていたがクリーンヒットは無く、逆に伊蔵は攻撃自体は地味だが的確に当てている。

 結論から言えば戦いはかなり一方的な物になっていた。


「伊蔵さん、凄いです……」

「うおっ! ありゃ痛そうだぜ」

「なんでアイツあんなに強くなってんだよ?」

「えっと、さっき伊蔵さんの体が治った時、意識を失いかける程、魔力を吸われましたから……多分それが原因だと思います。それに今も……」

「……嬢ちゃんの魔力を思いっきり吸やぁ、俺もあんな風に……」


 ベラーナはフィアを舐め回す様に見た。

 その視線に怯え、フィアはアガンの後ろに隠れる。


「止めとけベラーナ。大量に魔力だけ手に入れても扱い切れずに弾けるだけだぜ」

「じゃあ何で伊蔵は平気なんだよ!?」

「あいつ、俺達と違って人間だったからなぁ」

「人間だったからか……実験するか」


 ベラーナは状況について行けず放心した様子のモリスに目を向ける。


「それも止めとけ。そのおっさんにはカラのやった事の後始末をしてもらうんだからよぉ」

「それもそうだな。しかし、人間の方が強くなれんのかよ。やってられねぇぜ」

「まあな」


 肩を竦めたベラーナに苦笑しながら、アガンは自分が手も足も出なかったカラを赤子の様に扱っている伊蔵の姿に胸の昂りを感じていた。



 ■◇■◇■◇■



 どうしてこの僕が人間風情にこうまでやられる?

 いや、この男は本当に人なのか?

 見た目は異国人である事を除けば人にしか見えない。

 魔女では無い筈だ。


 ……そうか使い魔!!

 この男はあのはぐれ魔女の使い魔なのだ。

 そう考えれば合点がいく。

 使い魔は主の魔力によって普通の獣の何倍もしぶとくなる。

 首を落とされても生きていたのは異常だが、あのはぐれが“悪魔喰い”ならそういう事もあるだろう。


 なぜなら“悪魔喰い”は原初の……。


「なら魔力の元を絶つだけさ」


 カラは纏っていた圧縮された風を解放し、暴風で石畳を巻き上げた。

 風はその下の土も巻き上げ周囲の視界を完全に塞いだ。

 同時に足元に風を生み建物の影で様子を窺っているフィア達の下へ飛ぶ。


「おチビさん、君が全ての元凶だったんだね?」

「あ……」


 カラは勝利を確信し右手を振り上げた。

 だが振り下ろそうとした筈の手は彼の意思を反映する事は無かった。


「素手のみで屠るつもりじゃったが、主を守る為じゃ致し方あるまい」

「えっ? なにこれ? どうなってるの僕?」

「誠、魔女はしぶといのう」


 視界がグルリと回り、そこには抜き身の刀を手にした伊蔵が立っていた。

 眼下には見覚えのある服を着た体と腕が転がっている。


「嘘だろ? あの中でどうやって僕の動きを?」

「調子が良いのは体すべてじゃ。それには耳も目も含まれておる」

「……捉えたのか……あの暴風の中で僕を……」


 驚愕に目を見開くカラの顔に、伊蔵の容赦の無い拳が振るわれ彼の意識は暗闇へと落ちた。

お読み頂きありがとうございます。

面白かったらでいいので、ブクマ、評価等いただけると嬉しいです。

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