混乱の町
ルマーダの西の端、ベドの町は人々の悲鳴と嘆きで満ちていた。
「最初にアガンが倒された時、どうしてすぐ報告しなかったのかな?」
「そっ、それは別の魔女様にも伝えましたし、調査に来られた方にも……」
「そうじゃないよ、僕が聞いているのは何故すぐに報告しなかったかって事さ」
額に一本角を生やした魔女、カラはそう言うとベラーナに伊蔵の事を話した老人に笑みを向けた。
周囲ではカラの部下の魔女達が町に炎を放っていた。
カラは報告云々は実の所、どうでも良かった。
ただ報告書で読んだ賊がアガンの行為に憤っていたという事から、町を焼けば誘き出せるのではと思っただけだ。
だって面倒じゃないか、隠れている相手をわざわざ探すなんてさ。
止めて下さいと懇願する老人に薄い笑みを向けながら、カラは早く出て来てくれないかなぁとぼんやりと考えていた。
■◇■◇■◇■
伊蔵達が結界を抜け森の上空に上がると、森の東、ベドの町は炎に包まれていた。
「町が燃えておる……炎が……己ぇ……急ぐのじゃベラーナ!!」
「へいへい……いつになく熱くなってるじゃねぇか?」
「伊蔵さん落ち着いて下さい! 私は火を消します! 伊蔵さんとベラーナさんは敵の排除を! アガンさんは町の人を助けて下さい!」
炎は…焼ける町の姿は伊蔵の心に燃えた城と城下を連想させていた。
焦りと怒りが彼の中に湧きあがり渦を巻く。
そんな伊蔵の心を感じ取ったフィアは指示を出す事で彼の気持ちを別に向けようとした。
「……排除じゃな。承知した」
フィアの思惑は的を得て、伊蔵の怒りは魔女へと向う。
獲物を見つけられず暴れていた心が、標的を見つけ鋭く尖っていくのをフィアは魂の繋がりによって感じていた。
「助けるねぇ……あんま得意じゃねぇんだが」
「ケケケッ、力仕事は筋肉馬鹿にはお似合いだぜ」
「誰が筋肉馬鹿だ!!」
そんな伊蔵と違い、町に向かって飛びながらベラーナとアガンは軽口を叩き合う。
「あの……私は?」
「……モリスさんはアガンさんを手伝って下さい!」
「えっ、私がアガン様を!? ……あの、私、腕っぷしはからっきしですし、ここら辺で降ろして貰えた方が……」
「ああん? ゴチャゴチャ言ってんじゃねぇよ、降りたいってんなら手ぇ放してもいいんだぜ?」
「手を……行きます! 人助けは大好きです! いえ、大好きというより私の天職と言っていい!」
モリスはチラリと足元を見るとベラーナに早口でまくし立てた。
「ベラーナ、こやつ誠に優秀であるのか?」
「仕事は出来るんだがなぁ……」
そんな事を話している間に一行は町の上空へと辿り着いていた。
町では数人の魔女が飛び回り、笑いながら建物に炎や電撃を浴びせている。
「フィア、ここでいい。落とせ」
「結構高いですけど……?」
「この程度の高さでどうにかなる訳ねぇだろ。いいから落とせ」
「分かりました」
フィアは抱えていたアガンの首から手を放す。
首は落下しながら体を再生し、甲殻を纏った巨人の姿へと変化を遂げた。
「私はこのまま上空で雨を呼びます! 二人は魔女の排除を!」
「任せよ」
「へへッ、どんだけ力が付いたか楽しみだぜ!」
そう言うとベラーナは笑みを浮かべ急降下した。
「ヒッ!? べッ、ベラーナ様、地面が!?」
「ホント、臆病な奴だぜ」
ベラーナはタッチアンドゴーの要領で一足先に町に下りたアガンの側にモリスを下ろし、そのまま町の上を舞う魔女の下へと向かう。
「グッ!? ……なんて乱暴な」
強かに尻を打ち付けたモリスの側、アガンの周りでは焼け出された住民達が突然起きた出来事に混乱していた。
「さっさと言え愚図ども!! 逃げ遅れた奴は何処だ!?」
声を荒げるアガンに反応する者もいたが、多くの人々は目の前の状況に翻弄されている。
また反応した者達もアガンの姿に怯え竦むばかり。
中には動かない子供を抱いて大声で泣いている女や、燃え盛る家に飛び込もうとするのを周囲から止められている男もいた。
「まるで地獄だ……」
モリスも人の子だ。
いくら金儲けに傾倒していても、目の前の光景を見て捨て置けるほど冷血ではいられなかった。
唾を飲むと意を決してアガンに声を掛ける。
「……アガン様」
「何だ!?」
見上げた先、ゴツゴツとした甲殻に覆われた巨大な体躯、そこから視線を上げ捉えた顔の中心で瞳が金色に輝いていた。
モリスはその姿に腰が引けるのを感じつつ、自らの考えをアガンに伝える。
「かっ、彼らはパニックを起こしている者が大半の様です……まずは混乱を治めるのが重要かと」
「なるほどな。お前ら俺の話を聞けええええ!!!!」
怒号は悲鳴と嗚咽が溢れる町にひと時の静寂をもたらし、同時にアガンに注目を集める。
「よし! んじゃ助けて欲しい奴は」
話し始めようとしたアガンだったが、彼の姿を認識した住民達は一様に怯えた様子を見せた。
町を攻撃しているのは魔女だ。
そこにその魔女の仲間だったアガンが現れても誰も味方とは思わないだろう。
住民達の気持ちを感じ取ったモリスは咄嗟に声を上げる。
「アッ、アガン様!」
「何だよさっきから!?」
「こっ、交渉は私にお任せ下さい。アガン様は焼け落ちた家の瓦礫の除去や救助をして下さるだけで結構です」
アガンが住民に目をやると彼らはその視線から逃れる様に顔を伏せた。
「チッ……さっさとやれ。早くしねぇと焼け死んじまうぞ」
「はい、お任せを」
モリスはアガンに強張った笑みを返すと、不安そうな住民たちへ歩を進めた。
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