血と使い魔
丸いテーブルに座り、出されたお茶らしき飲み物を元カラの側近モリスは凝視していた。
あの後、詳しい話をするという伊蔵に促されモリスは魔女の家に導かれた。
家はこの国で暮らす民達との違いはない様だったが、庭に並んだ魔女達の首と目の前にいるアガンの所為で装飾や家具でさえ不気味に見えた。
「さて、では儂らの計画について話そう」
「あの……計画を聞いたら抜けられないなんて事は……?」
「別に無理強いはせぬ。ただ断ると言うなら念のためフィア殿の使い魔になってもらおうかのう」
「つっ、使い魔!?」
「伊蔵さん! モリスさん大丈夫ですよ、使い魔にはしませんから……ただここで聞いた事は胸の内に仕舞っておいて欲しいんです」
「嬢ちゃんは甘ぇなぁ……よぉモリス、お前だってカラの態度にぁ色々言いたい事があったんじゃねぇのか?」
ベラーナの自分の事は棚に上げた発言は癇に障ったが、彼女の言う様に働かないカラに不満を感じていた事は事実だ。
確かに金を貰っているのだから、雇い主の要望に応えるのは正しいのだろう。
しかし「やっといてよ」で済ませ、対応したモリスに労いの一つも無いというのは割り切っていても多少心に来る物があった。
「俺たちゃよぉ、そのカラも含めた魔女どもをこの国から排除しようとしてんだよ」
ニヤニヤと笑うベラーナに憤りを感じつつ、モリスは話を合わせた。
「排除といっても上はカラ様よりもお強い筈、それに東は白き魔女が支配しています。彼らも全員排除すると言うのですか?」
「そうだぜ。フィアの力がありゃ、いずれお前の言う上の奴らも黙らせる事が出来らぁ」
「フィア様の? ……失礼ですがフィア様はかなりお若いとお見受けしますが……」
「フィア殿は他の魔女の力を得る事が出来るのじゃ。血を飲む事でな」
「ちっ、血を!?」
やはり、魔女は狂っている。
こんな幼い少女が他者の、それも魔女の血を飲むとは……。
忌避感はそのまま表情となって表に現れる。
「やっぱり気持ち悪いですよねぇ……私自身、未だに慣れないですもん」
「よく言うぜ。飲んだ後は甘酸っぱいとかスッキリ爽やかとか、一々聞いてもねぇ感想言ってるじゃねぇか?」
「いや、あれは人によって全然違うのでつい……」
感想……という事はこの少女にしか見えない魔女は既に複数の血を飲んだという事か?
そう言えば少女自身が出会った時、確か魔女から血を貰ったと言っていた。
「でっ、では皆様は魔女を狩ってフィア殿の力を増そうと?」
「そういう事じゃ。フィア殿が強くなれば使い魔である儂らも力が増すそうじゃ。儂は余り感じられぬがのう」
「伊蔵は唯の人間だからな。流れ込む魔力の恩恵がちいせぇのさ」
「むう……やはり儂も悪魔とまぐわうべきか……」
そう呟いた伊蔵にフィアは顔を赤らめ言う。
「だっ、駄目ですよ伊蔵さん!? あなたが乱暴な性格になったら手に負えなくなっちゃうじゃないですか!!」
「さようか……しかし魔法を得るには……」
「そっ、それは私が解決策を見つけます!! 魔女になるのは最後の手段にしましょうよ!! ねっ!!」
「フィア殿がそう申すなら……」
モリスには魔女達と対等に話す伊蔵がフィアに素直に従った事が不思議だった。
やはり使い魔というのが関係しているのだろうか?
そんな事をモリスが考えていると、椅子の背もたれに腕を回していたベラーナがスンスンと鼻を鳴らした。
「なんだベラーナ? また近くに人間でも迷い込んだか?」
「ちげぇ……何か焼けてるぜ……こりゃ人の焼ける臭いだ」
「人が…火事か何かか? ……またアガンの様な魔女が町を……」
「俺はここにいるだろうが」
伊蔵がアガンに目を向けると伊蔵に倒された時の事を思い出したのか、気まずそうに唇を突き出し伊蔵から視線を逸らせた。
「……伊蔵さん、町に行きましょう」
「……そうじゃな。ベラーナ送ってくれ」
「はいはい……俺は駅馬車じゃねぇんだがなぁ」
「俺も行くぜ」
フィアが椅子の上に立ち上がりそう言うと、他の三人もそれに同意した。
彼らはその後、視線を交わしモリスを見る。
「こいつどうする?」
「ふん縛ってここに置いて行きゃいいじゃねぇか」
「ふむ、しかしこの男からの返事をまだ聞いておらぬ。使える男なのじゃろう? なんとか仲間に加えたいが……いっそ連れてゆくか?」
「えっ、あの……私は……」
「何でもいいですからまずは町へ!」
「そうじゃの」
「えっ、えっ、えぇぇ!?」
狼狽えるモリスの首をベラーナが捕える。
「光栄に思え、伊蔵以外じゃ人間を運ぶのはお前で二人目だぁ」
「早く!」
アガンの首を抱えたフィアは他の二人を促し家を飛び出した。
伊蔵とベラーナもフィアに続き外に出る。
モリスはベラーナに首根っこを引きずられる形で家の外に連れ出された。
話している間に日は暮れ、空は闇色に変わっていた。
その闇色の空の東側が夕焼けの様に赤く染まっている。
「行きましょう!!」
言葉と同時に小さな魔女の背中から蝙蝠に似た巨大な翼が広がった。
翼は風を起こし少女の体を天高く舞い上げる。
「んじゃ、俺らも行くぜ」
「うむ」
「あっ、あの、私は、ここに」
「喋ってると舌噛むぜ!」
「ふぁッ……たっ高い!?」
赤い肌の魔女は少女と同じ蝙蝠の翼を広げ、伊蔵を背にモリスを抱えて東の空に飛び立った。
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