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結界のその先に

 モリスは先導するベラーナの後を追い馬を走らせた。

 逃げ出したかったが前述した様に馬では逃げ切る事は出来ないだろうし、何より黒髪の男の存在が不気味だった。

 魔女と対等に話すあの男からは、この国の人間からは余り感じた事の無い覇気の様な物を感じていた。


 やがてベラーナは森の中の細い道から外れ、木々の密集する木立の中へ迷い無く進んだ。

 激突するかと思われたベラーナの姿は木立に吸い込まれる様に消えている。


「なッ!?」


 驚きの余りモリスは思わず手綱を引いていた。


「何やってんだ? 早く来いよ」


 モリスを呼ぶベラーナの声は、鬱蒼とした木立の奥から聞こえてくる。


「ベラーナ様!? 来いと申されましても、馬では進めそうにありません!」

「チッ、仕方ねぇなぁ……伊蔵(いぞう)、馬を引いてやれよ」

「うむ」


 魔女と黒髪の男の声が耳に届いた後、黒髪の男伊蔵が目の前の森から姿を見せた。

 モリスの目には伊蔵が突然、木の幹の中から出現した様に見えた。


「モリスとやら、馬が暴れるやもしれん、しっかり掴っておるのじゃぞ」

「伊蔵様……今、木の幹から……」

「人除けの魔法じゃそうじゃ。儂も慣れるまでは驚いた物じゃ」


 モリスは人除けの存在は知っていたが、どのような物かまでは分かっていなかった。

 伊蔵は馬の轡を引きモリスの乗った馬を迷い無く正面の森へ導く。

 伊蔵の姿が木の中に消え、馬の首が消え最後に馬上のモリスが木の中に入り込んだ。


「クッ……」


 視界が暗く染まり、再度目の前に木が迫る。

 木々の中を進む度、モリスの心に引き返したいという思いが沸き上がった。

 それは馬も同様だったらしく、駄々を捏ねる様にいななきを上げた。


「どう……案ずるな、危険な物は何も無い」


 伊蔵の声が聞こえ、木の中から現れた手が馬の首を優しく撫でた。

 そんな事を何度か繰り返した後、唐突に視界が開け目の前に土のむき出しとなった道が現れた。


「これは……これが人除けの魔法……」


 見つからない訳だ。

 森に穴を開けた様な道、それを幻影の木々が隠し更には心にまで影響を与えているようだ。

 それを証明する様に、モリスの中にあった引き返したいという強い気持ちは今ではすっかり鳴りを潜めていた。


「アレを超えれば後は道なりに進むだけじゃ」

「はぁ、さようでございますか……」


 モリスにそう言うと伊蔵は馬の首をポンポンと優しく叩いた。


「大人しい良い馬じゃ。お主もよう耐えた」


 馬を労うと伊蔵は彼らを先導して歩き始めた。

 樹上を飛んでいたベラーナも、彼の隣に降り立つと何やら話ながら並んで歩き始める。


「ふぅ……なんでこんな事に……」


 ため息を一つ吐き、モリスは馬の腹を蹴り先を行く二人の後を追った。



 ■◇■◇■◇■



 森の中の道を進むと、やがて開けた場所に出た。

 中央に小さな家があり周囲には短い草の生えた空き地が広がっている。

 空き地には畑の他、井戸も備えられ人が暮らしていくのに必要な物はそろっている様だった。


 ただ、モリスの目はそんな何処にでもありそうな物では無く、その空き地に並べられた物に釘付けになった。


「お帰りなさい伊蔵さん、ベラーナさん。後ろの人がベラーナさんの言っていた街の人ですか?」

「ああ、コイツはモリス。カラの下で色々やってたおっさんだ」


 幼い少女はジョウロを片手にモリスの乗った馬に歩み寄った。


「カラさんの……初めましてモリスさん。私はフィア、この森で暮らす魔女です。よろしくお願いします」

「あ、ああ、これはご丁寧に……私はモリス、しがない役人崩れです……それよりあれは……」


 頭を下げたフィアに挨拶を返しながら、モリスは馬を下り先程までフィアが水を掛けていたモノに指を向けた。


「ああ、あれは……」


 モリスが指さした先には領地を守護していた魔女の首が、キャベツ畑のキャベツの様に整然と土の上に並べられていた。


「伊蔵さん、首だけ取って持って帰ってくるものですから……使い魔にして血を貰ったら眠ってもらう事にしたんです」

「その方が手が掛からなくてよかろう?」


 あどけない見た目の少女の口から、なにやらおぞましい言葉の羅列が飛び出した事でモリスは顔を青ざめさせる。


「なんだモリス、ビビってんのか? 肝のちいせぇ野郎だぜ」


 ベラーナがニヤニヤと笑いながらモリスに問いかける。

 そんなモリスの顔を見たフィアは慌てた様子で説明を始めた。


「あっ、あの、心配されなくても、みんな生きていますよ。ただ、全員がベラーナさんやアガンさんみたいに協力してくれる訳じゃないので、眠らせて大人しくしててもらう事にしたんです。幸いここは魔力の濃い土地なので、たまに水をあげれば死ぬ事は無いそうですので……」


 死ななければいいという問題ではないような気もするが、下手に騒いで伊蔵やベラーナがこちらに敵意を向けても困る。

 そう考えたモリスは多少引きつった営業用の笑みを浮かべフィアに答えた。


「そっ、そうで御座いますか……ところで先程アガン様の名を口にされましたが、あの方はどちらに?」

「なんだ? 俺になんか用か?」


 声の方に目をやりモリスは更に顔を引きつらせた。

 先程は並べられた首に紛れ気付かなかったが、首の間から頭から足を生やしたアガンの顔がその足をうごめかせ意外な速さでモリスの下へやって来た。


「ひぃ……」

「よぉ、久しぶりだなモリス。ここに来たって事はお前も仲間に加わるのか?」


 魔女が人を超えた者だとは身を以って知っていた。

 しかし、首だけで話し、頭から生えた蟹に似た足で動くアガンの姿はモリスにはショックが大きすぎた。


「ああ? 何黙ってってんだよ?」

「魔女とは関りを絶とうとした矢先に……何故……」

「なに言ってんだテメェ?」


 アガンが棒立ちになったモリスの足元に近づきブーツを足で叩く。

 触れらてはいけないモノに触られた、そう感じたモリスの背中に悪寒が走る。

 彼はその日二度目になる、サッサと逃げておくのだったという後悔の念が心によぎるのを感じていた。

お読み頂きありがとうございます。

面白かったらでいいので、ブクマ、評価等いただけると嬉しいです。

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