フィアの決意
フィアが部屋に駆け込んで数時間が過ぎていた。
すっかり日は落ち、窓の外は静かな夜の闇が広がっている。
部屋に入ったばかりの頃はフィアの心に流れ込んでいた伊蔵達の思いも今は凪いでいた。
恐らく全員縛られたまま眠りに落ちたのだろう。
使い魔の契約を通し流れ込んできた思い。
フィアはベッドの上でその事を考えていた。
魔女の二人から感じたのはどちらも力を求める気持ちだった。
伊蔵からは国と民、主家を想う気持ちと焦り、そして国を滅ぼした敵に対する怒りだった。
伊蔵の国に対する想い、それを考える内、思考はこの国の現状へと変化する。
ルマーダはずっと内戦を続けている。その為にアガンやベラーナは己の意思とは関係なく魔女にされた。
そして、その為にフィアは襲われ、母は死んだ。
「……」
フィアはベッドから降りると寝室のドアをそっと開けた。
台所では天井からつるされたランプの灯りが、オレンジ色の光を部屋に投げかけている。
アガンはテーブルの上で、ベラーナは肘を突きその上に顎を乗せて、そして伊蔵はテーブルに乗り出す形のまま寝息を立てていた。
フィアは伊蔵に歩みより囁く様に力ある言葉を発した。
『伊蔵さん、動いていいですよ』
フィアの言葉で伊蔵の腰が椅子に落ちる。
「むっ……あのまま眠ってしもうたか……」
体の強張りをほぐす様に伊蔵は小さく呻きながら首を回した。
「ふぅ……あれは何度やられても堪えるのう……」
「伊蔵さん」
「ぬっ? フィア殿……先ほどは無理強いして済まなんだ。確かに幼きそなたに血を飲めなどと言うべきでは無かった。この通りじゃ、許せ」
伊蔵はフィアの前に片膝を突き、頭を下げた。
そんな伊蔵の手にフィアは自らの手を重ねた。
「フィア殿?」
「ついて来て下さい」
フィアはそう言うと玄関を出て庭へと向かった。
伊蔵も言われるまま彼女に続く。
フィアが向かったのは彼女の母の墓だった。
その前にしゃがみ、伊蔵に背を向けたまま問いかける。
「伊蔵さん……結晶が欲しいですか?」
「それはまぁ……しかし、フィア殿が嫌がる事をしてまで欲しいとは思わぬ」
「国の皆が心配なんじゃないんですか?」
「無論じゃ。じゃがアガンは無理じゃと言うたが魔女を倒すという方法も……」
「いいですよ、飲んでも」
フィアは伊蔵が答えきる前に言葉を重ねた。
「誠か!? ……しかし何故、あれほど嫌がっておったのに?」
「お願いがあります。聞いてもらえますか?」
「……聞こう」
「あなたの国を思う気持ちを感じて私も気づいたんです。隠れて生きてきたから親しい訳じゃないですけど……私は意外と町の人達が好きだったって……お母さんと二人で彼らと交流しながら森で暮らしていくのが結構気に入ってたんですよ」
そう言うとフィアは木の前の盛り上がった土に右手を置いた。
「でも、ずっと戦争してたらお母さんみたいに殺される人がまた……いえ、多分今も何処かで……だから……」
「今はそなたが主じゃ。命を下せ」
「……伊蔵さん、この国で起きている戦争を止めるのを手伝って下さい。その為なら私は幾らでも血を飲んで強くなります」
「承知した」
伊蔵は背を向けたままのフィアに跪き、深く頭を垂れた。
「……ありがとう」
フィアは振り返ると頭を下げる伊蔵に向かって、柔らかくそしてほんの少し悲しみを含んだ微笑みを浮かべた。
■◇■◇■◇■
翌朝、台所のテーブルの上に青黒い液体が注がれた小ぶりの木のコップが置かれていた。
テーブルに座ったフィアはそのコップを見て、引きつった顔で唾を飲み込む。
そんなフィアの前、テーブルの上でアガンが声を上げる。
「どんな心境の変化か知らねぇが、見直したぜメスガキ!」
「アガンさん、そのメスガキというのは止めて下さい。止めないとあなただけずっとお芋にしますよ」
「チッ、分かったよぉ……んじゃフィア、さっさと飲めよ」
「うっ……言われなくても飲みますよ」
フィアはアガンの血が注がれたコップを両手で持ち、気持ち悪そうに顔を歪める。
そんなフィアを見ながらベラーナが伊蔵の肩に腕を乗せ耳元で囁く。
「よぉ、伊蔵。なんて言って口説き落したんだ?」
「何もしておらぬ。フィア殿は自ら決断されたのじゃ」
「ふーん。自分からねぇ」
フィアは決心がつかないのか、コップを持ったまま顔を近づけては離すという事を繰り返していた。
「あの……全部飲まなきゃ駄目ですか?」
「嬢ちゃんは俺の血を全身にかぶって力を得た。量は分かんねぇけど、腹にそんだけ入れりゃ絶対力を得られる筈だぜ」
フィアはコップに注がれたアガンの血を見つめる。
「……飲むよりかぶった方が良いように思えてきました……アガンさんもっと血は出ないですか?」
「俺を殺す気か!?」
「うぅ……自分で言い出した事ですもんね」
フィアは再度、唾を飲み込みアガンの血を一気に飲み干した。
「どうじゃフィア殿?」
「……意外と……美味しいです」
「そうじゃねぇよ!! 力だよ力!!」
「力……」
「アガンの能力は硬質化と炎だ。炎はヤバそうだから……そうだな、腕が硬くなる様に強くイメージしてみろよ」
「硬くですね……やってみます」
フィアは右手を持ち上げ意識を集中させる。
持ち上げた右手から魔力が噴き出し、彼女の手を赤と白の殻が覆う。
「おお……」
「ひぇぇ……気持ち悪いですぅ……」
「てめぇ、人の力を……」
ベラーナはフィアの硬質化した手をコンコンと弾き、硬さを確かめた。
「こりゃアガンのより頑丈なんじゃねぇか?」
「マジかよ!?」
「あの……そうなんですか?」
「ああ、羽根も俺のよりかなり大きかったしな。よっしゃ、この調子でガンガン、力を取り込んでいこうぜ」
「うむ、儂も魔女の血を集めるのに精を出そうぞ!」
盛り上がっている伊蔵達を見て、フィアはため息と共に苦笑を浮かべた。
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