新たな絆を
フィアが掲げた本を見返し伊蔵は尋ねる。
「その本に答えが?」
「いいえ、悪魔の影響を抑える直接的な方法は見つけられませんでした」
「ではどんな方法が……?」
「二人を私の使い魔にします。使い魔の魔法は元々人に使う物ではありません。鳥や猫、鼠などの獣を支配する魔法です。ですから本能に近い衝動も抑えられる筈なんです」
「さようか……動物に掛けるとは聞いておったが、儂は鼠と同じ物を……」
「あ……そっ、そんなに気にしないで下さい、あの時は……そう、緊急事態だったんですから!」
「鼠か……」と呟き少し落ち込んだ様子の伊蔵にフィアは慌ててその場を繕った。
「あっ! 伊蔵さん『動いていいですよ』」
話題を変えようとフィアは伊蔵の戒めを解く。
そんな二人に魔女達が声を上げる。
「おいガキ、俺達を使い魔にする気なのか?」
「嬢ちゃん、そりゃ笑えない冗談だぜ」
声は抑えられていたが、アガンとベラーナの顔には明らかな不快感が浮かんでいた。
「仕方が無いのです。あなた達を放置する事も出来ませんし、かと言って伊蔵さんに殺させたくもありません」
「……フィア殿、何故そこまで死を厭う? 戦場であれば死は何処にでも転がっているものぞ、特にこの国では……」
鼠のショックから立ち直った伊蔵が顔を上げ尋ねる。
「私だってそんな事ぐらい分かっています……でも悲しいじゃないですか……よく知らない人の命が知らないまま終わるのは……」
「……国は人か」
「国は人? なんですかそれは?」
「儂の主……今は元主か……儂が仕えた足立の殿がよう言うておったのじゃ。国を成すのは人であり、土地は器に過ぎぬと」
「……国を為すのは人……いい言葉ですね」
フィアがそう言って笑うと、伊蔵も口元に笑みを浮かべた。
「おいコラ、二人で勝手にいい感じになってんじゃねぇよ! 使い魔の話は終わってねぇぞ!」
「そうだぜ! 縛られるなんて俺はごめんだからな!」
アガンは頭から生やした足を振り上げ、ベラーナはテーブルに降り立ち羽根をばたつかせた。
「……使い魔にならぬと言うなら、始末するしかないのう」
「うっ……」
「伊蔵……本気かよ?」
立ち上がった伊蔵の手にはいつの間にか苦無が握られている。
「そうですね。漏れ聞こえたお話を聞いたかぎり、お二人は結構迷惑な性格のようですし……」
「嬢ちゃん!?」
「メスガキ、てめぇ命が大事とか言ってたじゃねぇか!?」
フィアは声を荒げた二人に首を振った。
「命は大事です。ですがお二人を放置すると他の人にご迷惑が……関りを持った以上、何もしないという選択肢はありません」
フィアを見つめる魔女達の視界の端では、伊蔵がこれ見よがしに苦無を手の中でもてあそんでいる。
「グッ……他に道はねぇか……」
「ベラーナ!? お前ホントにこんなガキの使い魔になるってのか!?」
「風呂に沈んでたお前は見て無かったのかもしれねぇけど、嬢ちゃんはかなりの魔力の持ち主だ……使い魔になるのもアリだと思うぜ」
「……クソッ、魔女になった時は奴隷みてぇな生き方とはおさらば出来ると思ってたのによぉ」
どうやら二人ともフィアの使い魔になる事を渋々だが受け入れたようだ。
その事を見て取った伊蔵はフィアに小さく微笑みを見せる。
フィアもそれに頷きを返した。
使い魔は魂の繋がりでしもべにした者の心が分かるとフィアは言った。
伊蔵はそれを使いワザと二人を消す方向に話を振ったのだ。
フィアはそんな伊蔵の意図を正確にくみ取ってくれたようだ。
「じゃあ、まずはベラーナさんから」
「……嬢ちゃん、使い魔にしたからって無茶な命令は無しで頼むぜ」
「分かってますよ。あなた方が暴走しそうになった時、止めるだけです」
「……確かに嬢ちゃんは伊蔵にも殆ど命令はしてねぇな……あんまやった事ねぇけど…信じる事にするぜ」
「フフッ、ありがとうございます」
フィアはテーブルの上に乗っているベラーナの首に向かい両手を組んで祈る様に囁いた。
小さな角が輝きを放ち、ベラーナの額に紋様が浮かぶ。
「これが使い魔の術か……見んのは初めてだぜ」
「抵抗せずに受け入れて下さい」
「わーったよ」
ベラーナはフィアに答えると目を閉じた。
額に浮き出た紋様が赤い肌にしみ込む様に消えて行く。
「おっ……こりゃ、想像以上だな」
そう言って牙を剥いて笑い飛び上がったベラーナの首の断面から骨が生み出され、見る間に肉体が再生されていく。
「うぉ、マジかよ!?」
「なんと……首だけで生きていられる訳じゃわい」
「あう……」
赤くしなやかな体が形作られると同時にフィアの角が輝き、彼女はブンブンと首を振った。
「フィア殿、いかがいたした!?」
「魔力が大量にベラーナさんに流れて一瞬クラっとしただけです。もう大丈夫です」
「さようか……あまり無理はするな」
「はい、分かってます」
フィアを気遣う伊蔵にかまわず、体を再生させたベラーナは全裸で台所に降り立った。
「ケケケッ、嬢ちゃん、アンタ逸材だぜ!」
赤い肌を隠す事無くさらけ出しベラーナは満足そうな笑みを浮かべている。
それを見たフィアはため息を吐くと、伊蔵の部屋に向かいゴソゴソと何やら探し始めた。
「何だぁ?」
「さて? ……それよりベラーナ、無断で魔力とやらを奪うでない」
「いいだろ体がねぇと不便なんだし、それによぉ使い魔は主からの命令に従う代わりに報酬として魔力を貰うらしいからなぁ」
「ベラーナ、お前の言う通りかもな。全身魔力再生させてふらつく程度たぁ、ありゃ相当なタマだぜ」
「だろぉ?」
ニヤつく魔女二人に伊蔵がやれやれとため息を吐いていると、伊蔵の部屋から服を抱えたフィアが戻ってきた。
「ベラーナさん、これを着て下さい」
「服か? ありがとよって……コイツを着るのか?」
「なんですか? 文句でもあるのですか?」
フィアの眉が不満そうに歪む。
「だってコイツぁ……町の女どもが着る服じゃねぇか……」
「お母さんの服が気に入りませんか?」
「わっ、わーった。着るよぉ」
フィアの声音に不穏な物を感じたベラーナは慌てて手渡された服一式を身に着けた。
緑色の落ち着いたワンピースはゆったりとした作りで、かなり迫力のある体つきのベラーナでも無理なく着れた。
「うん、よくお似合いですよ」
「うぅ……こんな服着たのはガキの頃以来だぜ……」
「ガハハッ、肌の色と牙さえなきゃその辺の女と変わらんぞベラーナ!!」
「アガン、テメェ……」
「次はアガンさんの番ですよ……もし体を治すのなら、あなたは大きいのでこのシーツで取り敢えず腰を隠して下さい」
「なッ!?」
「ギャハハ、無駄にデカすぎるのが祟ったなぁ」
「ふんどしだけか、まぁ無い物は仕方がないのう……アガン、諦めよ」
股間をシーツで隠した自分を想像し過去を思い出したアガンは、服が手に入るまでは体の再生は諦めようと三者三様の反応をする伊蔵達を見ながら心に決めた。
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