命の借り
フィアは伊蔵に啖呵を切った後、部屋のベッドで枕を抱え泣いていた。
使い魔の魔法は彼女が言った様に他者との繋がりを生じさせる。
何故彼女が怒ったのか理解出来ず困惑している伊蔵の心も、フィアには手に取る様に分かった。
そして分かるからこそ、伊蔵には自分の気持ちが届いていないのだと理解出来た。
その事が無性に悲しかった。
「伊蔵さんのバカ……人は死んじゃったら二度と会えなくなるんですよ……」
失う事は一瞬で二度と取り戻す事は出来ない。
家族を失う辛さを直近で体験したフィアにとって、敵であっても言葉を交わした人を簡単に亡き者しようとした伊蔵の行為は許せない物だった。
彼とはもっと深く話し合う必要があるようだ。
それはそれとして。
フィアは涙を服の袖でグイッと拭い気持ちを切り替えると、魔女の二人の衝動を抑える術を探すべく部屋に置かれた本棚に目をやった。
祖母から引き継がれた母の蔵書であったそれは、フィアにとって数少ない知識を得る術の一つだ。
「この本の中にヒントがあればいいんですけど……」
ベッドから降りたフィアはランプの灯りを頼りに知識を求めて本を開いた。
■◇■◇■◇■
「よぉ、伊蔵。お前ホントに動けねぇのか?」
「動けぬ……!? もしやお主、よからぬ事を考えているのではなかろうな!?」
「ケケケッ……今なら首だけでも簡単に殺せるなぁ」
「ベラーナ、やるんだったら俺にも噛ませろ!」
しゃがみ込んだままの伊蔵の側を飛びながらベラーナの首が舌なめずりをする。
何かが落ちる音を感じそちらに視線を動かせば、アガンの首が頭から蟹の様な足を生やしこちらを見てニタニタと笑っていた。
「クッ……やはり始末して……いかんな、フィア殿の気持ちは量りかねるが主の意思は尊重せねば……」
伊蔵が抵抗する素振りさえしない事で、ベラーナはそれまで浮かべていた笑みを消した。
「なぁ、伊蔵。なんでお前みたいに強ぇ奴が嬢ちゃんみてぇなチンチクリンに付いてんだ?」
「……色々理由はあるが、命の恩があるのだ。それを返さねば魔法を手に入れてもこの国を去れぬ」
「命の恩か……そいつは中々でけぇな」
「ケッ、なに甘っちょろい事言ってんだ!」
「うるせぇぞアガン! 俺は命の貸し借りにゃこだわりがあんだよ!」
ベラーナはアガンの言葉に文字通り牙を剥いた。
「……何だよこだわりって?」
「テメェにぁ関係ねぇだろ……」
「儂も聞きたい。ベラーナ、教えてくれ」
伊蔵の言葉でベラーナは顔を歪めていたが、やがてポツリポツリと話し始めた。
「……俺は貴族共の生贄の一人だったんだ。俺の家は貧乏でよぉ、親父とお袋はいつも借金取りにせっつかれてた……」
ベラーナの家は小作人であり裕福とは縁遠い家庭だった。
貧乏人の子沢山とはよく言った物で、彼女の家も子供の数だけは多かった。
ベラーナの上に二人、下に四人。
計七人の子供を抱え生きて行く為、両親は親戚縁者に借金を重ね、それでも金が足りなくて街の高利貸しから金を借りていた。
そもそも、覇権を得る為に内戦を続けている国だ。
民が豊かになれる筈も無い。
やがてベラーナの家族は飢え、兄妹たちは里子に出されて行った。
家に残されたのは食が細く痩せっぽっちだったベラーナ一人。
そんな中、村が貴族の人狩りに遭った。
貴族、つまり魔女達は仲間を増やす為、定期的に人間狩りをしていた。
それは生産性の低い者から優先的に行われる。
働き手を失い、借金まみれのベラーナの家はその筆頭候補となった。
魔女の使いの役人は無感情にベラーナを家族と引き離し馬車に押し込めた。
小さな窓しかない四角い木で囲まれた馬車の荷台で、彼女はその少年と出会った。
「よぉ、お前も捕まったのか?」
「うん……ねぇ、どうなるの私達……」
「悪魔の生贄にされるって話だぜ」
「生贄!?」
息を飲むベラーナに少年は笑う。
「でもよぉ、上手く悪魔に気に入られりゃ魔女になれるかもしれねぇんだぜ。そうなりゃ人生逆転出来る!」
「悪魔に気に入られるってどうすればいいの?」
「そりゃ、悪魔なんだから悪の方がいいんじゃねぇか?」
「ワル?」
「そうさ、お前も悪っぽく喋り方を変えろよ。そうすりゃ選ばれるかもしれねぇぜ」
そう言うと少年は笑みを見せた。暗い馬車の中で見た歯の白さが妙にベラーナの心に残った。
「それでどうなったのじゃ?」
伊蔵の問いにベラーナは皮肉げに笑う。
「どうって、見ての通り俺は悪魔に気に入られて魔女になった……あいつは悪魔を呼び出す為の生贄として殺されたよ。悪ぶってたけど、俺を庇って生贄に志願してな……まったく、馬鹿な奴だぜ」
「お主はその子供に命の恩を感じたのじゃな?」
「うるせぇうるせぇ、もうこの話は終わりだ!」
ベラーナは一方的に話を打ち切ると翼を使い、食器棚の上に身を置いた。
「あいつが馬鹿みてぇに金使うのは貧乏だった時の反動だったって訳か」
「ほう、魔女の衝動にはそういう事も関係するのか」
「悪魔は隠してる願望を読み取るのがうめぇからな」
「……お主は何となくじゃが、単純な理由のようじゃの」
「うるせぇよ! 男だったら最強を目指すのが当然だろうが!!」
伊蔵がアガンと話していると、寝室のドアが開き本を抱えたフィアが現れた。
「見つけました。多分これが今私に出来る唯一の方法です」
フィアはそう言うと、伊蔵に向かって手にした本を掲げてみせた。
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