魂の器
風呂から上がった伊蔵は籠から出された不貞腐れた様子のアガンの首と、洗われてサッパリした様子のベラーナの首をテーブルに並べ、二人の前に座っていた。
フィアは伊蔵に裸を見られた事がショックだったのか、風呂から上がると早々に自室に引っ込んだ。
「さて……魔女であるお主らに改めて聞きたい事がある」
「なんだよ、兵や俺達以外の魔女の配置はそこの売女が喋ったろう?」
「てめぇ、誰が売女だ!?」
「二人とも止めよ……アガン、皮を剥がれたいか?」
「チッ……何が聞きたいんだよ?」
アガンが聞く体勢に入ったのを見て、伊蔵はおもむろに口を開いた。
「儂はこの国に魔法……世の理を超えた力を求めて来た。そこで聞きたい、儂にもお主らの様な力を得る事は可能か?」
「作法を踏めば出来なかないぜ。ただそん時お前がお前である保証はねぇけどな」
「……どういう意味じゃ?」
アガンは伊蔵の問いにニヤリと笑う。
「俺らの力の源は悪魔だ。そいつらと寝る事が力を得る条件なんだが……あいつ等とやると高確率で性格が変わる」
「性格が……?」
「引っ張られるのさ。力を得るって事はあいつ等と同化するって事だからな」
ベラーナがアガンの後を引き継ぎ言葉を紡いだ。
「ふむ……力は欲しいがお主らの様に好戦的になるのはいささか問題じゃのう」
「ケケケッ、心配しなくてもそう簡単に魔女には為れねぇよ」
「そうなのか?」
「まあな、相性があってよ。悪魔もやりてぇ相手は選ぶのさ、大体は自分の気質に合う人間を選ぶ……たまに正反対の奴を選ぶ変わりもんもいるけどな」
ベラーナは頭から羽根を生やし、パタパタと台所を舞いながら得意そうに話した。
「なるほどのう……やはり力とは一朝一夕には得られん物じゃな」
「……別にお前は魔女になんなくても強ぇじゃねぇか?」
伊蔵に向き直りそう言ったベラーナに彼は首を振った。
「今の儂の力では主家を……国を守る事は出来なんだ……加納を滅ぼし足立を再興する為には人を超えた力が必要なのじゃ」
「国の再興ねぇ……伊蔵、ルマーダをどうにかしてくれるんなら、お前の計画に付き合ってやってもいいぜ」
「ベラーナ、コイツに付くのか!?」
「へへッ、伊蔵は人間の癖にもう三人魔女をやってる。コイツが魔女になりゃ上でデカい顔してる奴らをボコボコに出来る筈だぜ」
「ベラーナ、お主はこの国の貴族ではないのか?」
伊蔵の問いにベラーナは忌々しそうに顔を歪めた。
「もともと俺達、悪魔と交わった魔女はつるむのは嫌いなんだよ。それでも従ってたのは上の連中が強いからさ。そうだろアガン?」
「……まあな」
「どうにかせよと言うが、具体的にはどうせよと言うのじゃ?」
ベラーナは伊蔵に向かって牙を見せて笑った。
「今、俺達を仕切ってんのは女王のガキどもだ。あいつ等、王族の血の所為か支配欲が馬鹿強ぇ、それで俺達も自由に楽しめねぇって訳さ……あいつ等と規律規律うるせぇ天使共をぶち殺しゃあ、俺達は自由にこの国を出て世界を謳歌出来る」
「謳歌か……お主は何がしたいのじゃ?」
「俺は遊びてぇんだよ。酒飲んで肉食って男も女も抱いて……死ぬまでそれをやりてぇ」
「ふむ……アガン、お主は?」
「俺はとにかく強くなりてぇ、その力で逆らう奴は全員ぶっ潰してぇんだ」
ベラーナはまだマシとしても、アガンは力への渇望が強い。
どちらにしても退廃的で人にとっては迷惑な存在のようだ。
「ふぅ……お主らは人の世で生きるには、かなり傍迷惑な存在のようじゃな」
「しょうがねぇだろ。こいつは寝たり食ったりすんのと同じぐらい強い衝動なんだからよぉ……」
「さようか……しかし、フィア殿はそんな様子は無いが?」
「あのガキは“はぐれ”だからな」
「はぐれか、フィア殿から多少話は聞いたが、お主らとは違うのか?」
「はぐれは悪魔や天使と関りを持っても変わらなかった奴らさ、なんでも魂の器のデカさが関係してるって話だぜ……俺達の器がちいせぇみたいでムカつくぜ」
ベラーナはそう言うとツンと顔をそむけた。
フィアの話では時間さえかければ体を復活させる事も出来るらしいので、この二人を仲間に取り込めれば戦力にはなりそうだ。
しかし二人の持つ衝動を抑える術を見つけねばそれも難しいだろう。
好き勝手に暴れられては、取り敢えずの目標である魔力の結晶の捜索もままならない。
伊蔵が最初に倒した魔女、バーダは爆裂で殺す事が出来た。
情報は得た訳であるし、この二人も……。
伊蔵がそう考えた時、フィアの部屋のドアが勢いよく開いた。
幼い魔女は伊蔵を睨みながら彼に歩み寄ると力ある言葉を発した。
『しゃがみなさい!』
「フィッ、フィア殿」
伊蔵の体は彼の意思に関わらずフィアの声に従った。
フィアは椅子から離れしゃがみ込んだ伊蔵の頬を、瞳に涙を溜めながら思い切り張った。
「クッ!?」
「伊蔵さん、あなたと私の魂は繋がっています。だからあなたが何を思っているかも、私には何となく伝わってきます……先程の様な事は二度と考えないで下さい!」
「フィア殿……しかし……」
「二人が衝動を抑える術を見つければよいのでしょう!? 私が見つけて見せます!!」
「フィア殿……」
「伊蔵さんは反省の意味も込めて、暫くそのまましゃがんでいなさい!!」
「なッ!? フィア殿!!」
フィアはそう言い放ち、唖然とするアガン達を置いて大股で自室に戻った。
「嬢ちゃんは何をそんなにキレてたんだ?」
「……儂がお主ら二人を切り捨てようと考えたのが伝わったらしい」
「てめぇ、んな事考えてたのか!?」
「アガン怒鳴んな……俺達、もともと敵なんだし伊蔵がそう思っても無理ねぇよ……でも何で嬢ちゃんがそれでキレんだよ?」
「そう言えばそうだな……何でだ伊蔵?」
「分からぬ……儂の国では捕虜の生殺与奪は勝者の物であったが……」
戦国の世で生きてきた伊蔵にも、人である事を止めた魔女達にもフィアの心を推しはかる事は出来なかった。
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