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はじめまして。よろしくお願いします。
恋愛において、最も辛いことはやはり失恋だ。
「ねえ、私の相談に乗ってくれない?」
ーーだが、好きな人に恋愛相談をされることはさらに辛いことだ。これは、好きな人の恋の成就を手伝うある男の話。
今年から高校に通う萩洋介はその日、いつも通りに学校に向かい、授業をうけていた。
「二次関数をみたらまず平方完成をしろ〜。そこから頂点を求めて………」
洋介は文系であり、数学は苦手だ。基本的に授業をきいても理解することができないため、大体無視して自習している。そのあとで、友人に個別で質問している。その方がわかりやすいからだ。
気が付けば授業も終わり、放課後。洋介は部活動に所属していないため帰宅だ。本来ならば。
「で、今日の数学の授業で分からなかったところはどこなの?」
そう言って話しかけてくるのは姫金沙羅。艶やかな黒髪はミディアムにそろえられ、シルクのように滑らかな肌は窓から差し込む光を浴びて輝いている。飛び抜けた美人とまでは言わないが、ふとしたときに浮かべる笑みは見る者を魅了する。
諸事情があり、洋介は沙羅と放課後にこうして勉強会を開いている。文系の洋介と理系の沙羅ではそれぞれ得意な分野が異なるため、こうしてそれぞれの分からない部分を教えあっている。
「平方完成ってのは分かるけど、実数解ってなんのことかが全く分からん」
「あー、それはね、グラフとx軸の接点の数のことをさしてるの。難しい言葉使ってるけど、結局はそれだけなの」
「ふむ…ということはyに0を代入したときのxの数を求めるってことか?」
「そういうこと!」
沙羅は、教えることも相当上手く、理系科目がからっきしの洋介にも分かるように、簡単に説明してくれる。だから、沙羅は洋介にとってなくてはならない存在となっていた。
しかし、現在は7月。あと少しで夏休みがおとずれることになる。夏休みに入れば今のように放課後にともに勉強をすることができなくなる。
いや、洋介にとってそれ以上に辛いのは沙羅と共に過ごす時間がなくなることだ。共に勉強をし、教え合ううちに、洋介は沙羅に対して単なる勉強仲間以上の感情を持つようになっていた。端的に言うと、既に惚れていたのだ。
だから、夏休みの間にも沙羅と少しでも接点を持てるように、行動を起こそうとしていた。
「ねえ、萩くん聞いてる?」
「もちろん。今岡がまたパソコン室のパソコンをバグらせてんだろ。これで何回目だ?」
「さぁ…二回に一回はダメにしてるよねー」
だが、洋介は決して勇気がある人物ではない。基本的に自分から行動を起こすことは少なく、何事においても先手を取られることが多い。つまり何がいいたいかと言うと、夏休みに会えないかと誘うのにヘタれていた。
「そういやもう直ぐ夏休みだけどさ、何か予定とかある?」
「いや、今のところない。姫金は?」
「う〜ん。今のところはないかなぁ…」
だったら夏休みの間もこうして一緒に勉強しないか、そう洋介が口にしようとしたときだった。
「ねぇ、ちょっと聞いてほしいことがあるんだけどさ、いいかな?」
「ん?どうしたんだ?」
沙羅は一拍おいた。ここで遮って自分の意見を言わなかったことを洋介はこれから後悔することになる。
「私、好きな人がいるんだ」
瞬間、洋介の世界が黒に染まった。だが沙羅は構わず続けて言う。
「ねえ、私の相談に乗ってくれない?」