表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

生徒会長と豊平川

作者: 望月 施兎

<1>


藍色の学生服が、白っぽい校門に吸い込まれていく秋の朝。

俺の住んでいる札幌北部の「あいの里」は、昔、藍の栽培で有名だった。


だから地名もそれにちなんでいるし、中学校の学ランも、セーラー服も、黒色ではなく、藍色である。


俺はこの光景が好きだ。

中学は将来の就職に向け、勉強をする場である。服装に個性など必要ない。


当時、あいの里の新設校だった我が校は、少しでも穢れなき校風を維持しようと、校則がかなり厳しかった。

その上での、黒色ではなく藍色だ。規律の香りがして心地よい。


俺は知っている。日本社会、少しでも道を踏み外すと、列車移動のような人生コースが崖クライミングコースになるんだ。

なぜなら、俺の父は教師、母も元教師だからだ。ふとした折に様々な教え子の話をこっそりしてくれたから。

そして、俺は、この藍色の学校の生徒会長である


前任の生徒会長は、ただの内申点目当てだったが、俺はそうではない。

この学校を、本気で愛し、本気で善くしようと思って立候補したんだ。


まず、校区のごみ拾いを毎月一回行うことから始めた。

校則違反者は生徒手帳を三日間没収する制度を設けた。(生徒手帳がないと、図書館の本が借りられない等のデメリットがある。)

テーマを決めて、ディスカッションする時間を放課後に作った。

等々…。


先生がたは、俺のこれらの改革をおおいに評価してくれた。

俺自身も、これで我が校は評価が上がり、高校受験、もしくは就職活動において有利になるだろう。そう思った。

しかし、肝心の生徒側から喜びの声が少ない。

まず、接点の少ない同級生との会話が消えた。

それから少しして、親しい友人も徐々に俺から離れていった。


ある男子生徒から言われたよ。

「お前のやり方、窮屈なんだよ。」


よって、学校で会話をするのは、先生と、生徒会のメンツだけになった。

でも、俺はそれでいいと思った。モブキャラ達にはこの地道な活動が無意味に見えてしまうのだろう。仕方ない。

今日も頑張ろうと背筋を伸ばして校舎に入ろうとしたその時、後ろから黄色い声が聞こえだした。


「グレートだ!」

「えっ、嘘ー?!嬉しい!」


学校に入ろうとした藍色の生徒たちが一気に逆流した。

 生徒たちが集まるその先には、一人の男子生徒が立っている。


<2>


そいつは<グレート>と呼ばれていた。

本名は覚えていない。


一年生だろうか。声変わりの終わってない男子生徒がグレートにうきうきと質問した。

「グレート、今まで何やってたの?」

グレートは、学校のアイドル的存在だ。たまにしか学校に来ないのにな。

グレートは自信満々に答える。

「ああ…。昨日まで大雪山を登っていた。」


「大雪山だって、すごーい!」

女子生徒たちが盛り上がる。あいつは誰にでも優しい。


グレートはいつも制服を着て来なかった。その日は黒のダブダブの服に、シルバーのアクセサリーをジャラジャラつけていた。

髪は少し暖色がかってくすんだ灰色で、<シルバーアッシュ>という色の名前だそうだ。強力にブリーチをかけて、寒色のカラーリングをするらしい。

俺はいつも思ってた。あんなに脱色したら頭はげるぞ。


あと、どこかで格闘技を習得していて、喧嘩が滅茶苦茶強かった。

憎たらしいことに、ろくに勉強もしないくせに、テストは全教科90点以上。

唯一、美術だけは大の苦手だったが、人はそれすらも前衛芸術みたいだと褒め称えるのであった。

そのくせ俺の作品見たら、ヲタ臭がすると敬遠するんだよ、奴ら。


俺が校舎前にいることに気付いたグレートが、肩をいからせながら近づいてきた。

「おい、そこの生徒会長。」とげのある響きだった。


「なんだよ。」俺も敵対心が生まれる。

「朝っぱらからお前の顔見ると、マジでイラつくんだよ。」


ふん、その程度か。

「ならば学校に来なければいい。フリースクールにでも行けば?」


すると藍色の群衆が次々とブーイングしてくる。

「てめー?学校が自分だけのものとでも思ってんのかよ??」

「そうよ!グレートのほうが人気あって、ひがんでるんじゃないの??」


瞬く間に一対多数の構図が出来上がる。

毎度毎度の、この光景。

でも俺は、校舎を背後にして、臆することはなかった。


俺には学校や、社会の規律という大きな味方がいるんだ!その頃の俺は、本気でそう思っていたんだ―――。


   <3>


「ただいま。」

今日も学校が終わった。特に生徒会活動もない日だった。


明日、次の生徒会役員選挙があるのだが、仕事のできる俺は昨日までに会長としての準備を終えた。あとは、他のメンバーがやる仕事のみ。

ふう。久しぶりに早く帰って来れた。


「休みに読み切れなかったラノベでも読もうかな」

独りごとが終わったと同時に家から声が聞こえてきた。

「偉蔵にいちゃん、おかえりー」


俺の名前は、<岡田おかだ 偉蔵いぞう>という。

両親の共通の趣味が歴史小説で、当初は、お気に入りの岡田 以蔵にしたかったらしい。

が、『人斬りの名前はかわいそう』と、祖父が漢字を変更してこの名前になり…

その数年後、祖父は他界した。


ちなみに、妹、弟、もう一人の妹にも、歴史上の人物にちなんだ名前が付けられている。

上から順に、<茶々ちゃちゃこ>、<アツモリ>、<ぬかた>。


そして今、玄関口に弟アツモリがやってきた。

そのころまだ幼犬だった、シベリアンハスキーの叔父貴おじきを連れている。


アツモリめ、俺が仔犬にいい名前を付けようと考えている隙に『叔父貴』なんて名前を付けやがった。

かわいそうじゃないか。叔父貴は女の子なんだぞ。


「ただいまアツモリ。みんなは?」

家が静かだな、と思って。

「茶々子ねえちゃんは、塾ー」

そのとき茶々子は、<聖愛ウルスラ札幌女学園>という私立の女子中学校受験をひかえて勉強中だった。中学から大学まであり、昔は名門お嬢様校だったが、今は腐女子の巣窟だ。


「ぬかちゃんは、幼稚園の男どもとデートだよー」

ということは母も同伴していったな。ママ友とのお喋り目的で。

そうか、じゃあ今はアツモリ一人で留守番しているのか。


「ねえ、にいちゃん聞いてー」

アツモリが叔父貴をワシワシと撫でながら問いかけた。

「ハスキー犬って、大人になると毛の色が変わることがあるんだってー。叔父貴もこないだのテレビの仔みたいに黒になったりするのかなー」


「うーん…この体毛だと黒にはならんだろ。灰色っぽくなるんじゃないか?」

シベリアンハスキーの灰色の毛…くすんだ褐色がかったグレー…

今朝俺をけなした奴の髪色と同じ色だ。なんだか急にむかついたが、


「くうぅ?」

叔父貴が左右違う色の、なんの穢れもない瞳で見つめてきたのでハッとした。

畜生。<あいつ>のせいで最近何をやっても、何もしなくてもイライラする。


あいの里の静かな住宅街。

新しめの住宅街だから、立ち並ぶ家々も色や個性を丸出しにしている。

その街並みの空気も色も、なんだか全部灰色がかって見える。


…胸糞悪い。


   <4>


翌朝、廊下で女教師に声をかけられた。その容姿としゃべり方から影でメンドリのようだと言われている。


「おはよう、岡田君」

「おはようございます。何かありましたか?」


女教師は手を合わせて俺にこう言った。

「悪いんだけど…午後の選挙演説、岡田君が代理してくれない?」


今回の選挙は、俺と先生方が推薦した和久井という生徒一人が立候補し、信任投票になる予定だった。その時の選挙演説だな。

「和久井さん、その…急にお腹が痛くなる日が来ちゃって、辛くて学校休んじゃったのよぅ」

 ふーん、女って大変なんだな。


 「岡田君は生徒会長が取り柄なんでしょ、頼まれてくれないかな?」

俺が二つ返事でOKしたら、女教師は去っていった。

そんな風に言われると、何も反論できないんだよ、教師はこずるいよ。まあ、生徒会長だけが取り柄なのは事実だしな。


(よし、和久井のためにもしっかりした演説をしよう、そして俺の築いた生徒会のカラーを継続させるんだ…!)



   <5>


午後、藍色の制服が一堂に体育館に集められた。

生徒会役員選挙演説集会。

「えー…、次は生徒会長候補に移りたいと思います」

 司会進行は三年の学年主任。発言の合間に『えー』が入るのは、昔アマチュア無線が趣味だったからだ。


「えー、生徒会長は2年2組の和久井 夏南さんの信任投票となります。えー、本日和久井さんは欠席のため、現生徒会長の岡田君に代理で、最後の演説を、えー、行っていただきます」


俺は慣れた足取りで演台に上り、マイクの調整をした。軽く咳払い。

「和久井さんの代理で来ました。岡田です」

 演台からの眺め、全校生徒が整列している光景は、一般モブの生徒は絶対に味わえない。


「和久井さんは真面目で成績優秀、責任感とリーダーシップがあります。きっと僕らの築いてきた生徒会のカラーを受け継いでくれると信じています」


 少し、辺りを見回してから、

「僕は生徒諸君にこれだけは言いたい。学校や生徒会が定める規律は鎖で縛っているのではなく愛情なのである!

校則や生徒会活動によって、君たちを破滅から保護しているのだ! 自己を啓発する活動が窮屈に感じる、そういった意見も聞いています…

でも知ってほしい、これから高校大学社会人となっていくにつれて、そういった縛りやしがらみはどんどん増えていく。

校則や我々の推進している活動は、それに備えるための予行練習なんだ。決していたずらに苦しめているわけではなく…」


 とその時、体育館の大扉から、フェイクファーの襟巻と鎖帷子みたいな服を着た男が闖入してきた。

「おい、後ろ!グレートだ!!」


   <6>


「うわ、ホントだ!」

「グレート~~!!」

 体育館の主役は一気に入れ替わった。

グレートは、ずんずん演台に進み、俺を突き飛ばしてマイクを鷲掴みにした。


「俺も生徒会長に立候補するぞ!」

 大歓声。

「まず、この糞ダサい制服を廃止する!授業中は飲食自由とする!」

「いいぞー、もっとやれグレート!」

「つまんねー教師の授業はボイコット出来る!」


「おい!演台から降りろ!」

学年主任が注意しても奴は演説をやめない。

「俺らも先公の通信簿を書いて、給料をランクに応じ…」

「せーのっ!」

教師人が、演台から離れないグレートをやっと取り押さえた。あいつが喧嘩強いのを知っていたので、体育教師を筆頭に3人の体格のいい大人が息を合わせたのだ。


「はなせ!コノヤロー!」

グレートは演台から引き離され、もがきながらも体育館から排除されようとしていた。ざまあみろ。


マイクの所有権が俺に戻ったとき、退場間近のグレートにこう言い放った。


「生徒手帳23ページ目。生徒会規約6-3-2、生徒会役員立候補は、選挙公示から選挙4日前までに届け出を出さなければならない。

 グレートとやら、学校のシステムを壊したかったら、正規の手段くらい則ってくれ。お前の負けだよ。」


これが、俺の中学生活で一番勝組な瞬間だった。

今でも思うんだ…

翌朝起こったことを、その時の俺に見せてあげたい!


   <7>


 翌朝。

校門付近が騒がしい。

生徒が皆空のほうを見上げて指を指している。


いや、空ではなかった。

校舎の屋上にひとり、グレートが立っている。

なんで屋上に!?屋上は全シーズン立ち入り禁止だぞ

 

「みんな聞いてくれ!」

 グレートは拡声器を使ってハウリングを起こしながら叫んだ。

「この世界は俺からしたらえらい窮屈だ!だから俺は出ていく。」

「どういうこと!グレート!!」

 女子生徒がパニックを起こしている。


「おいそこの生徒会長のイヌ!

てめーのような馬鹿がいるからいつまで経っても日本は良くならないんだ!俺はお前を一生許さん!」


その後


グレートは、


屋上から身を投げた。


「キャーーーーー!!」

 この事件は立ち会った全ての生徒のトラウマになった。落ちたグレートの頭蓋骨から脳がはみ出て……これ以上思い出したくない。


   <8>


「―――昨日朝、2年3組の小暮 逸郎君が、自らの生涯を閉じました。」

 緊急全校集会。校長のお言葉。


俺はこの話の冒頭に嘘をついた。俺はあいつの名前を知っている。

小暮こぐれ 逸郎いつろう。それがあいつの本名だ。


校長は哀悼の言葉と命の大事さを生徒に伝えたあと、こう言った。

「皆にお願いがある。昨日何があったか、彼が何を言ったか、一切他に口外しないように。マスコミがもう取材に来ているようだが、『話すことは何もありません』とだけ言うように。」


その時すでに、俺には四方八方から恨みの視線が刺さっていた。


『グレートは、俺が殺した。』

『あいつは、人斬りだ。』


そういうことになっていた。


俺はどこへ行っても罵声を浴びるようになり、雪の季節になると雪玉をぶつけられた。

先生方は、デリケートよりも上をいくかのように俺をかばい、それが余計に全校生徒の神経を逆なでした。


生徒会役員に選ばれた生徒は、誰も生徒会室に来なくなり、他の生徒も、先生の言うことを全く聞かなくなった。

 先生の一部が不眠等を訴えて休職・離職した。


俺が善くしようとした学校は、完全に機能を失ってしまったのである。


   <9>


学校へ通えなくなった俺は、豊平区のフリースクールへ通い、そこで自習をする破目になった。

行きと帰りは、母親が車を運転し、送迎してくれる。


その日の帰りも、母親がぶつぶつ呟いた。カーラジオさながらだ。


「茶々子ねー、ウルスラ中の模擬試験、トップの点数取ったのよ、すごいわよねー、」

「……。」

「アツモリ、誰に何も言われなくても給食後の重たい食器を選んで給食室に運んじゃうんですって、」

「……。」

「ぬかちゃんったらねー、またボーイフレンドが増えたのよー、将来が怖いわ、」

「……。」

「あなたお兄ちゃんでしょう、今のままで恥ずかしいと思わないの?勉強も普通に出来るんだし、そろそろ学校に戻…」

「車止めてくれ。自力で帰る。」


 母は、渋々俺を車から降ろし、排気ガスを吐きながら遠のいていった。

 くそう、茶々子がオタスラ安全圏だろうと、アツモリがアノ歳で好々爺だろうと、ぬかたが魔性の幼稚園児だろうと、俺は俺で関係ないダロウ。

(まったく、元教師のくせに他の奴と比べるのかよ!)

(…そうか、だからあいつは今教師をやっていないのか)


…まあ、夫・子供4人・飼い犬を後方から支えたいという母親の愛情なんて、反抗期のガキにはわからないよな。


 車を降りた俺は、豊平川に架かる「南大橋」にいた。

 夕方16時20分だけど、つめたい天空は真っ暗だ。

 真っ暗の中、変な鮭のオブジェをしり目に俺はとぼとぼと橋を渡り始めた。


   <10>


さて、これからどうしようか、薄野のゲーセンで格闘ゲームでもやろうかな?


 南大橋は、毎年夏に大きな花火大会があり、人でごった返すのだが、冬の今はひたすら寒い風が吹き、雪が舞っている。雪がなければ蜘蛛の巣のスラム街なのだが、それすらもない。

 俺はふと、雪降る橋から豊平川を眺めてみた。

川の色は、学校で使う絵の具を全部混ぜたような、黒に近い濁った色。


俺は何故だか吸い込まれるように川面を見つめていた。

よどんだ水面に、あいつの…グレートの顔が映り、俺を誘う。


―――おい、お前もこっちの世界に来いよ!

「……。」

―――わかったろう?そっちの世は暗くて阿呆みたいで窮屈だ!

「……。」

―――こっちの世界は決まり事に縛られない楽しい世界だ!

「……。」

―――来いよ……こっちは楽園だぜ!


「そこの少年、豊平川の水は冷たいわよ?」

いきなり第三者が現れて正気に戻った。

気づけば俺は橋の手すりに足をかけていた。


声をかけた女は、薄いピンクの、上着の丈の長い、ベルト使いのセーラー服に身を包んでいた。

そんな制服は札幌のどこの学校にもないから、おそらく自分で縫って作成したのだろう。

 茶色の髪は肩まであり、白い大きなリボンで飾られ、黒真珠みたいな二つの瞳が、こちらをまっすぐ見つめている。


というか、こんな冬の日に上着も着ないで平気なのだろうか?


   <11>


「少年。どうして川に入ろうとしたの?」


 俺は、これまであったことをセーラー服の女に説明した。相手が誰だろうと構わない。思いを誰かにぶつけたかったんだ。だれも俺の話なんか真剣に聞いちゃいないって、前々から気づいていたんだ。

 そんな俺のクズ話を、謎の薄ピンク女は聞いてくれた。嫌な顔一つせずに。


「何よ、それって、勝手に自殺したほうが悪いに決まっているじゃない」

 俺はものすごくビビった。みんなあいつの自殺は俺のせいだと言ったのに、見ず知らずのこの女は、俺の味方をしてくれた!


「で、あなたはこれからどうするの?高校はどこを受けるの?」

「願書なんか出さない。こんな人生終わったも同然だし」


 女は少し柔らかい笑みを浮かべた。本当にほんの少しの微笑で。

「あなたは…枕館高校に入りなさい。枕館高校はご存知?」

「まくらかん?…篠路にある単位制か。高校中退者や不登校児、若いころ高校に行けなかった人たちが通うとこだろう?……そんなところに入って、意味なんかあるのか?」


 女は一拍置き、少し強めに「あるわ。」と言い、こう続けた。

「あるわ。入学してみて、それから人生終わったかどうか判断するといいんじゃないのかしら?」


「枕館ならまだ願書を受付けているから。わかったわね、生徒会長君。」


女は踵を返して去っていった。

俺は橋の上で呆然と立ち尽くしている。

最後まで、あの女の正体はわからずじまいだった。何者だ?


「枕館高校か…。」


   <12>


「枕館高校に入る。」


 そう父親に告げると、あっさり快諾した。

 あとで聞いた話によると、親父は内心、このまま中卒で暮らすのではないかと内心冷や冷やだったらしい。自分のメンツもあったが、それより我が子が本気で心配で。


 枕館高校は、あいの里より少し都心部寄りの地区、<篠路しのろ>の端っこに建っている。篠路は、あいの里よりも歴史が旧く、昔は玉ねぎ畑しかなかったが、今は住宅しかない。そんなところに、俺の答えが本当に待っているのだろうか…?


   <13>


そして4月のはじめ―――。

調べたところ、枕館高校には誰も着用しようとしないのに、制服があることが分かったので、俺はあえて制服を着ることにした。

制服に袖を通しただけで、そこの学校に属した気になるし、何より毎日服を選ぶ時間がもったいない。


「ま、みんなご存知の通り、枕館高校は、札幌市が試験的に導入した通信制と単位制を融合した高校だ」

そう話を始めたのは、俺のクラスの担任の一人だ。枕館は生徒数が多いのでひとクラスに三人担任がいる。

「単位が取れるくらい登校できれば、毎日学校に来る必要はない。ただ、1ヶ月に1~2回のリポートは必ず提出すること。提出が遅れたらマイナス20点。出さなかったら進級できないから気を付けるように。」

 担任は満面の笑みを浮かべてこう締めくくった。

「うちのモットーは<自学自習>。どんな事情を抱えた生徒も、学習計画は自分で立てて、自分で管理する。ハッキリ言って全日制よりもハードだぞ。みんな頑張って卒業してくれよ。」


 俺が今まで生きてきて、最も印象が強かったシーンは、枕館入学式後の職員室だ。

 職員室の戸は大きく開かれ、生徒と先生が仲睦まじく会話をしている。

   生徒も、いろんな人がいる。ドレッドヘアでライオンみたいになってる奴とか、甘ロリドレスで完全武装している女とか。白髪を真紫に染めているご婦人の生徒もいる。みんな、それを注意する奴なんかいない。


義務教育や全日制高校じゃ、絶対に見ることのできない景色。


職員室には、先生も生徒も衝突することなく、和気あいあいと語りあっているし、内容はただの雑談じゃない。


生徒たちの話に耳を傾ける…


「なるほどね!英語苦手なら、家事とか介護している間にも、今日もらった英語教材CDを聞き流し続ければいいのね。さすが先生!」


「センセー!3月のリポート、提出遅れの減点はないだろーよ。バイトどっちも人足んなくて修羅場なんだからさー!」


「じゃあ、今度のお迎え試験、私だけ特別に日にちをずらしてくれるのね!やったー、これでオーディションに出られる!」


「せんせい…、こ、今年度から、えっと、週二回の二時限目と三時限目なら、学校これる…」


俺は唖然とした。突っ立っている後ろから、どこかで聞いたことのある凛とした声が聞こえた。


「枕館がおちこぼれ学校とでも思っていた?元生徒会長君」


   <14>


こいつ、いつも突然現れるな。枕館の生徒だったのか。


「ここは自学自習のモットーの元、生徒一人ひとりが自己責任で真剣に学問と向き合っているの。だから、授業中も私語は一切ない。

先生方も生徒が無事に卒業できるよう、出来る限りのサポートをするの。生徒のライフスタイルに一切干渉しない……それが、枕館高校よ。

ちなみに、残念ながら予算不足で冷暖房は悲しいレベルだけど、授業中の飲食は自由よ。」


桃色セーラー服の女が、こちらを向いて柔らかく微笑んだ。柔らかそうな上唇。少し心拍数が上がった。


「……俺は生徒に、役に立つ啓蒙活動をすれば、生徒のためになると思い込んでいた。生徒に、それぞれの生活があると、気が付かなかったんだ。

俺が生徒会長として必要だったことは、みんなのことを信じてあげることだったんだ……!」


「どう?それに気づいても、人生終わったと思うかしら?」

俺は首を大きく横に振った。

この女生徒は、これに気付いてほしくて枕館をススメたのだろうか?


女生徒は髪を耳にかけながら、こんなことを言い放った。

「ところで君、ここの生徒会長になってみる気はない?」

「はあっ!?俺、今日ここに入学したばっかなんだけど?」


 言葉が届いていないのかニコニコしてこう続ける。

「現生徒会長が出産・育児休学しちゃって、誰もやってくれないのよー、」

「だからって、」

「君、生徒会長だけが取り柄なんでしょ?」

「ぐっ…」


俺は、


入学一日目で、


枕館の生徒会長に任命された。


最初暫定での約束だったが、そのまま正式に生徒会長の役職に就いて、卒業まで活動した。中学の過ちを犯さずに。


それはそうと…

俺をここに誘った菖野あやめのとかいう薄ピンクセーラー服は、トンデモナイ女だったんだ!

 それは、また機会があったら話したいと思う。


それともう一つ。


実は、俺も髪の色をシルバーアッシュにしたんだ!


大学行っても、就活シーズンになろうとも、頭が禿げ上がるまで俺はこの髪色でいるつもりだ

犯した過ちは受け止めて、俺はあいつの志と一緒に生きていく。


これは、俺が俺に科した戒めなんだ。


(終わり)


最後まで読んで下さってありがとうございました。


この作品を書くキッカケになったことがあります。

私は受験に合格した進学校を中退して、通信制の高校に入り直しました。

でも友達に入り直した通信制の話をすると、みんな黙ってしまうのです。

きっと通信制のイメージとして、中退者ややんごとなき事情を抱えた生徒が入るもの、というのがあるからなのでしょう。


私は単位制通信制の、自ら学ぶ心を育むという良さを、皆に知ってほしかったのです。

皆逆に考えていると思うのですが、私にとって全日制にいたころのほうが黒歴史、通信制高校に通っていたことが勲章と考えています。


いや別に通信制に行きなさいと言っているわけではないのです。

全日制に通っている人も、自学自習の精神で受動態の勉強をやめ、自主的に学習に励んでくれればな…と妄想しています。


枕館高校を舞台にした小説、今後も書ければなと思っています。

お楽しみに!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ