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育む時間。昔の思い出


「えへへー! えへへー! 楽しいねぇー!」

「アオイ、危ないぞ。全く、飲み過ぎだ」


 やれやれ、と腕を腰に回してホテルまでの帰り道を歩くのはアオイと怜の二人。

 悲しい哉、ハモンド侯爵は行きはよいよい帰りはひとりという羽目になった。そもそもルイ自身、自分に気持ちが微塵も向いていないことは分かっていたし、けじめもつけたから素直に二人を見送った。

 それを見ていた令嬢たちは『そら今だ』と(たか)っていったのは言うまでもない。



 ──あれからと言うもの、アオイは恥ずかしくて恥ずかしくて、怜とは目も合わせられなくて、とびきり酒を飲んだ。

 それはもう浴びるほどに。


 そうして、ものの数十分で出来上がった。

 泥酔したアオイはけらけらと笑ってばかりだ。相手の本性を知りたいのなら酒を飲ませろと聞くが、アオイはやはりアオイのまま。


 少しだけ千鳥足のアオイを、自分のものだと堂々と支えられる優越感。この上ない喜び。


 王宮から出ると、街には帰る貴族たちを逃さず捕まえようとする屋台の商人たち。「宴の後で胃をスッキリさせたいでしょう、お一つどうだい?」と涼やかな見た目の柚子ゼリーを差し出される。

 爽やかな香りが鼻腔を擽る。


「美味しそう! 食べたい!」


 にこにこと誰もが幸せになるような笑顔でアオイは言う。ここで断る男もいないだろう。


「では二人分」


 怜がそう答えると、「うちオリジナルの柚子ミントティーを一緒に飲むのがオススメだよ!」と店主は抜かりなく売りつける。商売上手だなと微笑んで、勧められたそれも購入した。


 貴族なら食べ歩くなんて真似はそうそうしないだろう。けれどこういう日は特別なのだ。

 ホテルの建ち並ぶこの通りには、建国記念日になると平民が貴族に見初められようと溢れて、商人達は稼ぎを逃さまいと屋台を並べ、結果的に活気が湧く。

 何処もかしこもお祭り騒ぎだから、(もちろん祈りを捧げるのは大前提だが)こういう日は特別なのだ。


 通りを封鎖し、歩行者天国になった道路にはテーブルと椅子が設置されている。どうせ屋台も出るし、人も溢れるのだから、休憩する場所を作ってしまえと25年前からの風習だ。


 シンプルでどちらかと言うと質の悪いテーブルと椅子だが、二人が座ればたちまち空間が輝く。仲睦まじい美男美女は、あわよくばを狙う平民達も見惚れてしまう。

 そして「あの二人が食べてるのはなんだ」と屋台には人が並んでいくのだ。


「爽やかすっきり美味しいぃー! えへへへ、幸せだねー、おいしいねー」


 とにかく笑っているアオイに、思わず怜も「あぁそうだな」と頬が緩んでしまう。

 幸せだと、本心で言えるアオイは本当に可愛いと思う。向日葵のような笑顔を見ていると、胸がふわふわと浮いて、この気持ちをとてもじゃないが言葉では上手く表現できない。

 けれどこれが、『愛おしい』という感情なのだろう。


 触れ合いたくて、テーブルの上に無防備に置かれた手を握った。アオイはまた「えへへ」と微笑む。

 すりすりと親指でアオイの手の甲を擦ると、恥しそうに困ったように首を傾げる。その姿のなんと愛らしいことか。

 この後ホテルまで帰り、そのまま押し倒してしまうのではないかと心配になる。


 果たして押し倒したところでアオイに記憶はあるのか。少々悪戯したってバレやしないのではないか。

(ああ……、しかし初めての恥じらいを不意にするのは……勿体無いな)


 理性が働いた怜だった。



 因みに怜が若かりし頃(といっても年齢は今より然程変わらんのだが)、自分をどうにかしようとしたとある令嬢に酒をこれでもかと煽られ、気付けば朝方ベッドには裸の女。いくら呼び掛けても反応しない。

 自身は服を着ているし、ついに酒の勢いで人を殺めてしまったのかと慄いたが、息はある。よくよく確認すると、どうやら失神しているらしい。


 いくら待っても起きないし、仕方無いからホテルに置いて、その日はそのまま別れた。

 しかしその令嬢と何処かで顔を合わせてもハッと顔を火照らせ目を伏せて、言葉すらも交わせない。自分には記憶がないが、相手が失神するような何かをしてしまったのか。

 己のことだから大体は想像がつくが、一体どんなテクニックだったのかと自分でも気になる、むしろ教えてほしいぐらい。


 それから怜は、記憶が飛ぶまで飲まないようにしたのだった。


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