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捧げるということ


 時刻は零時より十分程過ぎた頃──。


「大方集まったようだな……。お前達は国の未来、自身の未来、何方でも良いが真剣に考えてくれているものと判断しよう。来賓の方々も遅くまで残って頂き有難う御座います」


 落ち着いた様子で話すのは、蒼松国第一王子の蒼明 陵だ。

 舞台の上には母であるレベッカも、紅華国の大使も居ない。


 陵は舞台からホールを眺め、空席の数と座る筈だった人物を記憶の中に書き留めておく。

 日が越えてから十分も経っているのに戻ってこないのは、酒を飲み過ぎたのか、はたまた話に夢中で時間を見ていないのか、男女の交わりで忙しいのか。

 何にせよ、今目の前の欲求に勝てない人物なのだろう。

 有事の際にもそんな態度の人間は、通常でも真面目ではない。そんな奴に大事なことなんて任せられない。もちろん体調不良ならば優秀な使用人が対応している。嘘を吐いても結局最後にはバレるのだから。


 陵が放った言葉は、頭の良い貴族なら意味が分かるだろう。恐らく“そんな人間”と事業などで提携している貴族達は撤退するか自分達にリスクがない程度まで手を引くに違いない。しかし“そんな人間”は自分で自分の首を絞めたのだから、文句は言えない。


「今回の事について結果から述べると、私達の国が犯した罪、紅華国側が犯した罪、その責任は全て、ラモーナ公国公妃であるウィンディ·ラ·モーナ様が背負ってくれた」


「え!?」

「ラモーナ公妃が!?」

「何故……、私達がラモーナ公国に好かれているという事かしら……?」

「それなら素晴らしい事だな……!」


 ざわざわと囁く浮かれ声に、第二王子のレイドは「勘違いするでない……!」と声を上げて制した。


「ウィンディ様が掛けて下さったご慈悲は、私達の国に対してではない……! 私達人間(・・)に対して、正に大慈大悲(だいじだいひ)だ!」


 大慈大悲、仏がこの世に生きるもの全てに楽を与え、全ての苦しみを救う事だ。

 精霊であるウィンディは言った。

 ああもう、本当に人間って面倒ね! と。


「その “責任” なんてものは私が取るから、その代わり言う事をちゃんと守ってね?」


 今回巻き込まれてしまった来賓の王族達、その国は今後三年間豊作に恵まれるでしょう。

 但し。

 天に、大地に、食す全てに、心から祈りを捧げる事。その心をきちんと捧げなければ、風が荒れ狂い、全てを薙ぎ払うこととなる。


「祈るだけなんだから簡単よね!」


 紅華国大使の故郷にはこの精霊の結晶を。

 この結晶を村に祀り、同じように皆で祈りを捧げれば、村には暖かな風が吹き、果実は甘く、緑は永遠に青いでしょう。

 蒼松国の王族は、きちんと家族で話し合う事。


「ただそれだけ!」


 ウィンディが自身の掌の上で創り出した結晶は、淡く緑に透き通り、光に当たれば七色に反射する美しいものだった。

 大使の皓轩(ハオシェン)は、その結晶を大事に大事に、まるで家族を抱き締めるように、抱えた。


「どうして………」

「ん?」


 迷惑そうな様子もなく、ただただ柔らかに微笑むウィンディを見て、レイドは呟く。


「どうして、そこまでして下さるのですか……」


 申し訳無さいっぱいのレイドの表情に、紅華国女王の蘭玲(ランレイ)も心を痛めた。

 神の化身でも、それはただの化身だと今一度思い知らされた。結局己は、神でもなんでもないのだから。

 目の前に居る風の精霊は、もっとずっと生きている世界が広い。


 深く想いを巡らせ、難しく考える皆に、精霊のウィンディは不思議そうな顔でその質問に答えた。


「え? じゃあ戦争したいの?」

「へ?」

「それに私たち精霊や妖精は心から祈りを捧げてくれると、とても力が湧くの! ま、忘れられて怒りに任せ暴れまくるのも中々に楽しいけれど。ひとりが暴れると四大精霊(みんな)つられて暴れちゃうのよねぇ……。たまには四人で楽しく暴れちゃいたいとも思うのだけど。信仰も感謝もない地域って結構狭いのよね」

「あ、ちゃんと捧げます、祈り……」


 ウンウンと頷く皆の横で、妖精信仰の強いノーマン国の夫人三人は、もう既に精霊であるウィンディに手を合わせ祈っていたのだった。



 *****


 それから大使は、精霊の結晶を故郷に持ち帰り、丁寧に丁重に祀って、村の皆で毎日、毎時のように想い、感謝と祈りを捧げた。


 皆で協力して作った立派な祠の前で互いに労い、雨が降れば仕事を中断し雨音を聞きながら茶を飲んで語らい、ひとつひとつ丁寧に育てられた桃源の薬と、甘く熟した桃の香り。作るものや育つもの、全てに感謝した。

 するとウィンディの言った通り、村には暖かな風が吹き、気候は安定し、毎日生きること自体が楽しくなった。


 どれくらい経ってからなのか。いつからかそこは、桃源郷と呼ばれるようになったのだった──。


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