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心が汚れて


 一方、アオイ達はというと──。


「嗚呼、この手を離すのが名残惜しいね。本当に……」


 ダンスホールとはまた別の大ホール。

 人混みの中でそう呟くルイ·ハモンド侯爵の手は、アオイの両手をしっかりと包み込んでいた。

 会食に使われるその大ホールの舞台上には、各国の王族達が座る席が用意されている。

 〈王の間〉に入れるのは文字通り王族だけ。彼等がもてなしを受けている間に、皆会食の席へ着くのだ。


 しかし王族を待っているその時間も無駄ではない。一秒でも多くビジネスの伝を広げたいし、結婚相手も探したい。

 だいたいの参加者はそんなことが目的だ。けれどこれは蒼松国(そうしょうこく)の伝統行事。己の知見を広げるための来国だからやましいことなど一切無い。

 もちろん参加するにあたって身分証明や書類手続き等が必要なのだが。


 因みに(他の参加者は知りたくないだろうが)アオイはパーティーに参加する気など毛頭無かったため自身では一切の手続きを行っていない。ハモンド侯爵が全て済ませたのだ。第一王子の幼馴染みという所謂(いわゆる)“顔パス”で。

 面倒事をすっ飛ばして平然と別の男とパーティーに出掛けるそんなアオイに、怜は素直に腹が立ったのだった。



◆◇◆◇◆◇◆◇


 会食が行われる大ホールには、等間隔に並べられた幾つもの丸いテーブル。多くの椅子が用意されているが、どの席でも舞台が見やすいようにと綺麗に配置されている。

 舞台に近い席から放射状に、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵と順に並んでいる。準男爵や士爵は、更に端で一番奥のテーブル。

 余談だがこの国での〈辺境伯〉は伯爵の下にあたる。世界大戦中は侯爵と同等の扱いだったのだが。平和とはある意味恐ろしいものだ。


 他国用のテーブルの、舞台から遠く離れた男爵の席。

 そこに案内され、アオイは席に着いたのだが、ハモンド侯爵が手を離してくれない。


「ルイ様ったら、あと十五分で始まりますよ」

「はぁ……。ああ、君一人を残してなんて……隣に座らせたいぐらいだけど、仕方無い、諦めるしかないか」

「んふふ、はい! 諦めて下さい! また、後で」


 兄より過保護なハモンド侯爵。彼は名残惜しそうに視線を残すので可愛らしく手を振った。


「アオイ様っ! やっとここでお会いできましたね!」


 ハモンド侯爵が見えなくなった頃、後ろから声を掛けてきたのは青竹色のレースのドレスを纏ったアリスだった。その後ろには娘をエスコートするクリスの姿。


「アリス様! んもう広すぎて全然会わなかったですね!」

「本当に全くです!」

「人も多くって驚いちゃった」

「そりゃあ自国の貴族だけでも百八家、それに加え他国の方々も来られてますからねぇ。多過ぎです……酔います……」

「あはは……その内の一人です、お邪魔してます……」

「あっ……! ア、アオイ様は別ですっ……! むしろ居てくださいっ……!!」


 アリスが一生懸命取り繕う様子に、父クリスはなんとも優しい顔。娘の元気な姿が本当に嬉しいのだろう。

 アオイも、そんなクリスの表情にほっこりした。


「ほらアリス、私達も早く席に着かないと」

「え!? あ、そうね、本当だわ」

「行って行って! また後でね! まぁまた会えるか分からないけれどね!」

「ふふ! ええ! 会えるか分からないけれど!」


 ハモンド侯爵のときと同じように手を振って見届ける。

 ただ侯爵のテーブルより格下なだけあって辺境伯のテーブルは然程離れてはいなかった。

 二人とも席はあそこね、会食が終わったらお喋りでもしに行こうかなと、そのテーブルを何となく眺めていた。

 すると親娘(おやこ)は同じテーブルの誰かに挨拶をする。ああそうだった。あそこは狼森家、辺境伯のテーブルなのだ。

 その黄金の髪を瞳で捉えれば、はた──、と時が止まる。

 分からない。外せばいいのに、目線を。どうしても、瞳が、捉えれて離さない。


 “彼”は隣のテーブルに座る他国の女性と話しているようだ。唇が重なってしまうのではないかと思う程、顔を近付けて。

 一体あれは誰だ。紅華国の服装のようだけれど。

 二人は、どんな事を話しているのだろう。


 何かが、込み上げる。

 何だろうか。何というのだろうか、この感情は。

 とても醜い感情が、奥から滲み出るように溢れてくる。

 もっと綺麗で居たいのに。どんどん汚れていく気がする。得体の知れぬこの感情のせいで。

 自分でも誇れるぐらいのこの心が、汚れていく──。


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