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分かるとき

 

「姉さん……! 遅かったじゃないか……」


 王の間にてレイドは小声でそう言った。

 時刻は午後の七時半から五分程過ぎており、来賓の王侯貴族達はとっくに集まっていた。

 未だ談笑中の皆に紛れ、舞台に垂れているカーテンからこっそりと姿を現したレイチェル。


「何やってたんだよ……!」

「ッ、なによ、貴方に関係無いでしょ……!」


 普段の強気な口調とは打って変わって、その表情は恐ろしいものでも見たかのように覇気を失っていた。


「はぁ……何でも良いけど。今はしっかりしてくれなきゃ困るぜ」

「……分かってるわよ」


 レイチェルは母である王妃レベッカに、先程の出来事をなんと伝えようか、迷っていた。

 恐ろしい獣だったと、正直に話せば(カレ)に食われるかもしれない。そもそも母が信じてくれる筈も無い。

 だからと言って、やっぱり違う御方が良いわと我儘を言ったところで母自身、怜の事を気に入っているので許すだろうか。

 レイチェルが無い頭を絞って色々と考えている間に、王妃であるレベッカは娘の姿に気が付いた。


「レイチェル! 貴女、何処に居たのよ……!」

「お母様……!」

「それで? 婚約は取り付けたの? 会食での発表の準備は整ってるわよ」

「あ、の……それが、」


 目を泳がすレイチェルに母のレベッカは、冷たいグレーの瞳で、全く使えないわねと語る。

 そして「その話は後で良いからラモーナの方々に御挨拶なさい」と遅れた行動を取り戻すかのように急かした。


「あ、あのお母様……!」

「何なの? 後で良いって言ってるじゃない。あぁもう全っ然駄目ね。レイドも一緒に行ってあげなさい」


 姉の様子の悪さに、弟のレイドも不審に思う。

 きっとアオイという人物が関わっているに違いない。自身と同じく、己の何かが崩れ、仮面が剥がされたのではないか。そうで無ければこの姉がここまで勢いを落とすとは思えない。


 正直、都合が良いと思った。

 レイド自身が変わろうと、そう思えたタイミングで、邪魔をしてくる人物が一人減るのは有難いことだ。

 脳の中で思考を巡らせながら、姉をラモーナ公国の皆様の所へお連れした。

 公に、公妃、それに宰相の三人だ。どうやら宰相は妖精を信仰しているノーマン国の方々と話しているらしい。その場には居ない。


 レイドはもう既に挨拶を済ませていたので「やぁ」と公国の(おさ)二人は気軽に話して下さった。

 その長とは、ラモーナ公国の君主でありアオイの父でもあるメル·マーシャル·ラ·モーナ。隣に立つのはアオイの母、公妃ウィンディ·ラ·モーナ。

 とくにウィンディはこの世とは思えない程とても美しい。


 メル·マーシャル公は、綺麗にオールバックにしたブラウンの髪と、全てを見透かすようなダークグレーの瞳。

 公妃のウィンディは、この国では見られないシトロングリーンの髪に、何処かで見覚えのある美しいエメラルドの瞳。

 あまりの美しさと神々しさにレイチェルも思わず息を飲む。

 この度は、とレイチェルが毅然(きぜん)とした態度で挨拶をすればレイドもほっとひと安心。流石にこの方々の前では淑女を演じるようだ。


 にこやかに微笑む公妃様の桜色の唇に、レイチェルも安心して、ゆっくりと顔を上げる。

 しかし、礼をし、(こうべ)を上げ、公妃様のその瞳を見れば、思い出してしまった。

 エメラルドの瞳、あの恐ろしい獣の瞳を──。


 思わず、硬直する身体。強ばる表情。

 途切れる会話に、レイドも焦る。


「姉さん……?」


 おいおい勘弁してくれよと姉の顔を覗き込むも、声も出そうにない。


「っ、ちょっと姉さん……。申し訳御座いません。緊張しているようで……」

「うふふ! そんなに緊張しなくても大丈夫ですのに」


 レイドが誤魔化すも、メル公には別の誰かを重ね怯えているのが分かっていた。

 だからウィンディが「いうほど大した存在でもないのよ」と怯える彼女の手を取ろうとしたのを、夫のメルに止められたのだ。

 危うく、レイチェルは近付くエメラルドの瞳に「ひっ」と声を上げるところだった。


「こらこらウィンディ。彼女は君の美しさに声も出ないんだ。これ以上近付くと卒倒してしまうよ」

「もうっ、メルったら!」

「本当にその通りですよ。この世の方とは思えぬ程あまりにも美しいから固まってしまったようです!」


 あぁ助かったと胸を撫で下ろすレイドの横で、レイチェルは未だ恐怖に怯えていた。

 そんな姉を見て、うんざりする。あんなに浮足立っていたクセに声も出ないとは。


 そんな時、「ウィンディ妃様! 此方にいらして下さいな

!」と宰相と話しているノーマン国のご婦人方が楽しげにウィンディを誘う。

 ノーマン国民には妖精とのハーフも稀に居り、更に妖精を信仰している国だけあってかラモーナ公国とも仲が良い。

 流石に初めてお目に掛かる精霊のウィンディにはノーマン国のご婦人方も厳粛な態度を取っていのだが、堅苦しさを嫌う風の精霊や妖精の性格を知っているから、直ぐに打ち解けた。


 因みに、ウィンディが風の精霊だということは妖精が身近で、かつ会話が出来る国の人間でないと知らない事実。

 何百年と生きているのだから、そもそも妖精が身近に居なければ信じられない話だろう。


「いま行くわ! ではレイチェル様、また会食でね!」

「っ、は、はい……!」


 柔らかな声のウィンディ。真っ白なシルクシフォンに、エメラルドグリーンの丁寧で繊細な刺繍、爽やかな香りをドレスと共にはためかせ笑顔で手を振るその姿も、それはそれは美しかった。

 レイチェルもほっと胸を撫で下ろし、一息ついた。


 レイドはまだメル公が居るにも関わらず安堵する姉を睨む。そしてメル公には見えぬよう、姉さんはもういいよと目線で合図した。


「申し訳御座いません、他の方々にもご挨拶を申し上げますので、私も失礼致します」

「ああ。長く引き止めて悪かったね!」

「では、また会食にて」


 去りゆく姉の後ろ姿に、レイドは苛ついてしまう。何故姉のフォローをしなければならないのか、と。

 はぁ、とメル公に聞こえぬよう小さく溜め息をついた。つもりだった。しかし、メル公はレイドの疲れた背中を誰よりも敏感に感じ取っていた。なんだか放っておけない人だと思う。


「そうだ」

「はい?」


 呼ばれて振り返った彼の憂いた紅い瞳。メル公はとても抱き締めたくなった。抱き締めて、包んであげたいと。だが大の大人が男に突然するような事じゃない。

 諦めて、押し殺した。代わりにとびきり優しい微笑みをあげよう。アオイならもしかしたら抱き締めているかもしれない。


「娘を見なかったかい? 来ているはずなんだが……」

「え、娘……、ですか……? 姫も参加されてるのですか?」

「あぁそうなんだよ。広いから全然見当たらなくてね。ははは」


 一言もそんな話は聞かされていないのでレイドは驚いた。

 確かにお忍びでという話は耳にしたが、まさかこのパーティに来ていたとは。

 いや、聞かされていないのではなく、もしかしたら誰も知らないのかもしれない。

 メル公が何処に居るか聞いてくるぐらいだから、この王の間には居ないのだろう。

 もてなしもせず大変だとレイドは急いで警備の騎士達に探してもらおうと考えた。


「失礼ですが姫の名前は、直ぐお連れ致しますので」

「あぁ良いよ良いよ! そういう所は母親に似ててね、堅苦しいのが嫌いなんだ。もしアオイが姫だと分かっても気にせず接してあげてくれないか?」

「えっ……い、いま、何と……?」

「え? 堅苦しいのが嫌いだから、気にせず、」

「いえ、その、アオイと……」


 レイドの表情を見て、メル公は察した。

 もう既に、顔を合わせているのだと。


「ふふふ。娘の名前はアオイって言うんだよ。正式にはヒューガ·アオイ·ラ·モーナ、だけどね」

「ハッ!」

「このヒューガ·アオイってのはねぇ、花の妖精フローラがその瞳を覗き込んで向日葵だと言ったところから……」


 自慢げに愛おしく娘の話をしているメル公。けれどレイドは、それどころでは無い。

 この第二王子の、レイドの仮面を、剥がしたあの女が、馬鹿みたいに踊っていたあの女が、姉にいびられ、それでも自身のままで居たあの女が、ラモーナ公国の姫だという。


「はっ! あはははは……!!」


 それを聞いて、レイドは笑いが止まらなかった。


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