見つけて見つめて
「ねぇ? 貴方が妖精にイタズラされたって方でしょう?」
「どんな妖精?」
「私達もイタズラしちゃおうかしら、なんて!」
怜はパーティに参加して早々、妖精を信仰しているノーマン国のご婦人方に捕まっていた。
「貴女方のような美しい花の妖精でしたよ」
「まぁ」
「花の妖精? 素敵ね」
「ふふ、美しいだなんて。さすが、お上手だわ」
きっと貴方が美しいからイタズラされたのね、なんて他愛ない会話をしていた。
まだほんの十分程だ。しかし100年に一度の美男子がパーティ会場に着いたと報告を受けたレイチェル王女は、彼を独り占めする為、そんな他愛ない会話に割り込んだ。
「皆様方、建国記念の御祝の席にご参加下さり誠に有難うございます。王女のレイチェルですわ」
「この度はお招き頂き感謝申し上げます」
「建国747年、おめでとう御座います」
「貴国の更なるご発展を御祈り申し上げますわ」
其々祝いの言葉と名を名乗り、「いまこの方に、妖精の事でお話を伺っていたんですの」と、他愛ない会話を続けようとしたノーマン国のご婦人方。だが王女は来賓だろうが、怜を取り巻く人間が邪魔だった。
何故なら、今日中に婚約を取り付けよという王妃からの命令があったからだ。
「そうなのですか? 怜様ったら美しい顔をしているから皆に好かれるのよね」
「身に余るお言葉です」
「そんなこと無いわ。皆貴方を狙っていてよ? ねぇ? そうでしょう?」
含みを持たせるように、にっこりと微笑んで見せるレイチェル。ご婦人方はその投げ掛けがどういう意味か、理解した。
「え、ええ」
「美しい男性は目の保養だものね」
「本当に、素敵な時間だったわ。では王女様、怜様、また会食にでもお話お聞かせ下さいね」
「こちらこそ素敵な時間を有難うございます」
空気の読める女共で良かったわと、心の中で呟いて、「ええ楽しんで」と完璧な笑顔で排除した。
心の中で大きく溜息をつく怜とは反対に、邪魔者を追い払い横に立つ美しい獲物を見つめるレイチェル。ふと、今日の怜の格好を見て疑問に感じた。
「そういえば怜様。今日のドレスコードは緑でしてよ? もしかして伝わっていなかったかしら……」
小宮殿では生意気なあの女のと同じ鶯色のタイをしていたというのに。今夜は赤の蝶ネクタイ。
まだ、あの女と顔を合わせていないレイチェルは考えた。彼のこのスタイルの中に、あの女の存在があるのでは無いかと。
「おや、王女様。私の瞳をちゃんと御覧なさって下さい」
「え?」
そっと腰に手を添えられ彼の顔が近付く。レイチェルは、一度弄ばれた腰に手を添えられるだけでも、背筋がゾクゾクと震えてしまう。くらりと霞む視界。必死に理性を保ち、言われた通り怜の瞳を覗き込む。
「っ、まぁ。美しいエメラルドね。……っん」
「あぁ、悪戯が過ぎましたね。ちゃんと身につけていますよ」
ほら、と見せたジャケットの裏地は深い緑色。
不敵に笑う怜に、王女のサファイアは今にも蕩けそうだった。
「もうっ、怜様ったら! 悪戯が過ぎましてよ……!」
「ふふ、以後気を付けます」
まだ濡れる吐息を震わし、気を取り直す王女レイチェル。
「ねぇ、怜様?」
「何でしょうか」
レイチェルは斜め45度のとびきりの上目遣いで、怜を見つめた。翠玉色の扇子を広げて。金色の派手派手しいドレスは彼の髪の色。
まるでドレスコードを相手に合わせているかのように。
王女まで、そうさせるほど、小宮殿でのアオイと怜のドレスコードは強烈だったのだ。
「三十分後、鏡の中庭にいらして」
「え?」
「私からの、お願いね。じゃ」
熱のこもったサファイアの視線を残し、レイチェルは人混みの中へと消えていく。
どうやら本気で狩りをするようだ。王女直々のお願いとは。断る言い訳が見つからない。
三十分なんて誰かと話でもしていれば直ぐに過ぎてしまうだろう。誰かに捕まる前にと、怜は大ホールから抜け出した。
一方その頃のアオイは──
「やぁこんばんは。楽しんでいるかい?」
「ああ、陵。見ての通り、さ」
「陵様! この度はおめでとうございます」
「ありがとう」
大ホールを抜け中庭でハモンド侯爵とお喋りをしていると、第一王子の陵が二人に話し掛けてきた。
どうやらルイに用事があるようで、「悪いんだけどちょっと借りてもいいかな」とアオイに言う。
「ええ私にお構いなくどうぞ!」
「ごめんね、すぐ戻るから」
「はい」
「ここで待っていてね」
「ふふ、ちゃんと待っていますから。安心して下さい」
保護者満載のハモンド侯爵に、呆れたように笑う陵とアオイ。何かの因果か、アオイがひとり残された場所は鏡の中庭だった。
薄く張られた水面は、凪いでいる日は鏡のように星空を映す。いつかの代の王族が〈鏡の中庭〉と、そう呼び始めた。
ちらほら人影が見えるほどのまばらな中庭。
アオイはヒールを綺麗に揃え、その鏡の中へと足先を浸けた。
この日の為にと丁寧に磨かれた石畳には、苔の一つも生えていない。少し生温い風と、冷えた水が心地良かった。
その姿を最初に見つけたのは、レイチェル王女でも、怜でもなく、第二王子のレイドだった。
レイドもひとり、石のオブジェのそのまた上に腰を下ろして、大ホールの喧騒から抜け出していた。
今年で二十一歳になるレイドは、いい加減気が付いていた。自分がただの人形であるということを。
母である王妃も、姉である王女も、その腰巾着の古株の貴族達も、もうウンザリ。
皆、己の利益や保身ばかりで、レイドを矢面に立たせては自分たちの良い様に操ってくる。
最初は乗せられ誉められ気分が良かったが、レイド自身を見ていないのだと、あるとき気が付き、自分の心が少しずつ、ポロポロと崩れていった。
しかし周りが望む第二王子の偶像はなかなか崩せない。
『本当の自分は誰だ』
『自分は何を目指しているのか』
考えれば考えるほど分からない。
自分の事が、なにひとつ、分からなかった。
レイドは、第一王子の陵に羨ましささえ覚えた。やはり血が異なるのだと、そう認めざるを得なかったのだ。
レイドは、この現状から抜け出せない自分に苛立ち、そして疲れ果てていた。
「お前も来ていたのか」
吸い寄せられるように、アオイに近寄るレイド。
目付きが鋭いレイドは、いつも誰かに話し掛けると恐がられるが、アオイは「あらレイド様」と皆と同じ様に、変わりなく接した。
それが新鮮だった。
「こんばんは、本日はおめでとう御座います」
「あぁ、」
何となく、アオイは自分自身を見てくれているような、そんな感じがして、気になった。
「どうされたんですか? こんな所で」
「別に。煩いから、少し、休んでいるだけだ。アイツはどうした、ルイは……」
「ルイ様は少しばかりの間、陵様とお話があると」
「あっそう」
特に意味もなく近寄ったので暫しの間沈黙が流れる。
聴こえるのは騒がしい大ホールと、鏡を揺らす風の音。
「レイド様もどうですか?」
「は?」
「気持ちいいですよ」
意味もなく、素足で水の中を歩いているアオイ。「何それ。意味あんの」と、言ったあとでいつも後悔する。
ストレートに言葉にしてしまう、ものの言い方が悪い、こんな自分だから、良い様に利用されるのだ、と。
しかしこの女もおかしい。
王族であるレイドを水遊びに誘ってくるのだから。
だがアオイは、「意味!? そんなの無いわよ!」と、あっけらかんとして、無邪気に笑った。