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今はただ眠ろう


「で?  何がどうなって、こうなったんだ?」

「くぅ~~~ん……」



 ──深夜二時、

 狼森家別邸で緊急会議が開かれた。

 会議内容は、〈何故、皆犬の姿なのか〉



「う、うわぉお~~~ん……、僕のせいなんですぅ~~……!」



 何ともまぁ可愛らしい鳴き声で泣く、グレイハウンド姿の伊太郎(いたろう)

 うるうると瞳に涙を浮かべながら尻尾を巻いて伏せている。



「どう言うことだ?」

「っいや! 悪いのは俺だ……! 俺が伊太郎をからかったから……」



 上目遣いの伊太郎を庇う英人(えいと)

 こちらもまた凛々しいグレイハウンドの姿だ。

 もうその光景全てがアオイの目には愛くるしい。

 久し振りのいぬまみれで「ぐふふ、きゅふ、ぬふ、」とまだ奇妙な笑い声を響かせてはいい加減黙れと怜に叱られるが、それすら愛しいと感じるアオイにもう誰も何も口出ししなくなった。



「はぁ……で? 一体何が起こったんだ?」

「はい……実は───、



 英人が自慢気に見せてきた謎の瓶。

 興味本意で栓を開けてみた伊太郎。

 例のスキュラの薬かと思えば、とても良い薫りがする。

「僕に隠れてこんな良い出汁をとって! 旦那様にお出しするつもりなんだ……!」

 そう思った彼は、英人が畑に行っている間に「僕だって出来るんだもん!」と、テイスティングしながら真似て出汁を取る。

 しかし何度味見しても全く同じには出来ない。

 それでも負けず嫌いで何だかんだ才能がある伊太郎は、誰もが美味しいと唸るほどの出汁を取ってみせた。


 だが、味見し過ぎたスキュラの出汁は見るからに減っている。

 これじゃあ誰の犯行かは明らかだ。

 そこで「暇だったから作ったよ」と親切心を装って、見るからに減ったスキュラの出汁を使いお吸い物を全員分作り、自分が取った出汁を瓶に移した。


 あとは御察しの通り、英人は何も知らずに瓶に入った伊太郎の出汁を使い、怜の料理を。

 伊太郎は伊太郎で、英人の目の前で取った二回目の出汁で皆の料理を。

 二人が使ったのはどちらも同じ、ただの普通に美味しい出汁とは知らずに。

 そう。

 既にスキュラの出汁は、親切心を装って伊太郎が作ったお吸物へ消えているのだ。



「はぁ~~~~~、何ともしょうもない……」

「うわぉん……。申し訳ありません旦那様ぁ~……!」

「いいや、俺がちゃんとスキュラの薬だって言わなかったからだ……!」



 くぅんと鳴いている伊太郎に、これ以上誰も何も言えなくなった。

 何故なら、可愛くて可哀想だからだ。



「うぉっほん……。ま、まぁ人間の姿にも自由に戻れるんだし……? 不便な事は特に無いのだから……なぁ?」



 怜は皆にそう訴えかけると、「そ、そうで御座いますよ……! 犬のままで不自由ってこともないですしねぇ!」とコニー。

 続けてナウザーが、「まぁ……寧ろ便利だと考えれば、宜しいのではないですかな……?」と言う。



「そ、そう……?」



 伊太郎は年長者二人の言葉に少し顔を上げた。

 彼のことを弟のように酷く可愛がっているシェーンは、「ほらほら、皆もそう言ってることだし。いい加減元気だして?」と背中を撫でて甘やかす。

 アオイもすかさず「そうだよ! 大したことじゃないよ!」と胸を張って言うも、いやお前だけは意味が違うだろ、と狼森家別邸一同ジト目。

 ただ、犬に見つめられて嬉しいアオイには意味をなさないのだが。


 まぁ事情が分かればそれでいい。

 狼森家の(あるじ)は、「うおっほん」と咳払いをし「では。気を取り直して、もう寝よう!」と解散の合図。



「そうですね~」

「そんなわけだから伊太郎君も気にしないで」

「な。つか犬の姿にも慣れてるしな」

「寧ろしっくり」

「それ言えてますね」

「それよりボクは伊太郎の出汁スキルが気なっちゃうね♪」

「結局、スキュラの出汁も伊太郎の出汁も、普通に美味しかったわね」

「ほんと、ほんと」

「あぁ、とにかくもう眠いわ」

「そうねぇ、」

「うん、寝よう寝よう」

「何だか気が抜けました」

「すっごく眠たくなってきたわ」



 無駄に100年生きただけあってか、色々気にせずな狼森家別邸一同。

 呪いが解けたり、アオイが姫だったり、妖精だの精霊だので既に感覚が麻痺してしまっているのかも知れない。

 まぁ、それでも楽しく平和に過ごせるのなら問題ないだろう。


 皆、其々の部屋へ戻っていき、再び夜の静寂が訪れる。

 のしのしと階段を軋ませ、巨犬も自室へと向かっていた。

 後ろでは相変わらず奇妙な笑い声の女。

 部屋が向かいだから仕方無いと気にせず部屋に入る。

 しかし奇妙だ。



「ぬふふ、ぐふ、きゃ、うんぬぬ……!」



 何故か部屋にその奇妙な笑い声が響いている。

 実に奇妙。

 流石に向かいの部屋と言えど、ここまで響くわけがない。


 恐る恐る振り返ってみると、なんと居るのだ。

 その奇妙な笑い声の女が。



「いや……、アオイ……? ここ、お前の部屋じゃないぞ……?」

「もふ、もふもふ……」



 アオイの耳に言葉は届いておらず、首周りの『もふもふ』にしか意識は向いていない。

 そもそも人間だと言うことも頭の中に欠片も残っていない。



「お、おい……もうこんな時間だし、そういうのは……ッちょ……!」

「んあ~~~、もふもふ……!」



 もふ、もふ。

 その擬音が似合うほどやさしく首に抱きついて、幸せそうな、否、恍惚な表情を浮かべているアオイ。



「あ、あおいぃ……、な、なぁおい……」



 人間の姿ならば女性を(ほだ)すのが得意な彼も、わんこに対し変態的夢中なアオイを上手に絆せないのは何故だろう。

 怜自身も上手く言えないが、ただ、ただ悪くないなと、そう思う。



「あーーーもう、さいこう……わたし今日ここで寝る。包まれながらここで寝る……」

「は!? お前何を!」



 言い掛けたところで、ふと考えた。

 自身も人間の男だと言うことを分からせてやろう、と。



「まぁ折角だから、今日ぐらいは……アオイの我が儘を聞いてもいいが?」

「ほんとう!?」



 大喜びし巨犬のベッドに上がり込むアオイ。

 朝起きると人間の男に変わっているとも知らずに、今はただ、心地の良いもふもふに包まれ、幸せに眠るだけ。


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