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諭され、そして承諾を得ました


「うぅん……あれ、わたし……」



 外は朝なのか昼過ぎなのかも分からないほど、気持ちの良い晴天。

 何時(いつ)ここへ辿り着いたのか、アオイが狼森家で借りているベッドの上だ。

 布団まできちんと掛けられている。

 部屋には自分ひとりのようだ。

 はて自分は一体何をしていたのだろうかと一瞬時が止まるも、人間年では十九、まだまだ若い。

 すぐに事態を把握した。

(あ、そうか。フローラに首絞められてぶっ倒れたんだった……って、ぶっ倒れて起きるのなんかデジャブ。そしてフローラは後でぶっ飛ばそう……)


 折角気持ちの良い晴天なのだ、ただ寝ているだけなんて勿体ない。

 ぐいーーっと伸びをして机の上の時計を見ると、午後二時過ぎを指している。

 まだ二時間程しか経っていない。

 丸一日経っていなければ、だが。



「のど、かわいたな……」



 取り敢えず何か飲もうとキッチンへ向うと、アランとチズルがディナーの準備を始めたばかりのようで、業務用の冷蔵庫から食材を取り出している途中だった。

 アオイが来たことには気付いていない様子。


 声を掛けたらまんまと二人同時に驚いて、アランは「アオイレディの為に特製ミックスジュースを作るよ♪」とわざわざ手を止めて飲み物を作ってくれる。

 外国人のアランは(私も外人だけど)、甘いマスクと生まれながらのプレイボーイで農家の娘に人気らしい。

 何があっても軽く笑い飛ばす性格も人気のひとつだろう。

 今もご機嫌に鼻歌を交えながらミックスジュースの材料を選別している。


 一方で「もう起き上がって大丈夫なんですか?」と心配そうに様子を伺うチズル。

 もう平気だよと笑ってみせるが、まさか妖精に首を絞められたとは思ってもみないだろう。

 というこれが所謂、(フラグ)だ。



「あ、あの……まさか、ラモーナのお姫様だったなんて、ビックリです」

「え"!?」



 妖精に首絞められたとかいうのを通り越して、出来れば知られたくなかった事を、既に聞いたようだ。

(な、何でそれを……!?)



「あっ! でも私達、今までと対応を変えるとか、そんなこと、しないので! そう、決めたので! あ、いや、まぁちょっとは気にして変わっちゃうかもですけど……」



 そう言って自身の事を想ってくれるのは嬉しいのだが、何故かそこに準備してあった包丁をブンブンと振回すので下手に動けず固まるしかなかった。

 そんな危険な状況にもニコニコ胡散臭い笑顔で動じないアランは、そっと優しくチズルの手を握って包丁を取り上げる。

 怜ともルイとも、また種類の違うモテる男だ。



「ハーイ♪ 完成だよ! さ、アオイレディ。飲んで飲んで♪ それともアオイプリンセスって呼んだ方がいいかな?」

「え、………………え?」

「ハハッ! アオイレディ、思わず二度見するなんて可愛いね♪ でももう皆知ってるよ!」

「はいっ! アオイ様が倒れられた後、旦那様が使用人達を緊急召集してそれで……!」

「み、みんな……って!? 一体どこまで!?」

「今は本邸に行ってるよ♪」

「安心して下さい! 狼森家は口が固い事で有名ですからっ!」



 チズルの大きく丸い眼鏡が熱気で曇り、おさげは犬の尻尾のようにぴこぴこと感情を表している。

 確かに口は固いだろう。

 元は人間でしたと誰も言わなかったのだから。


 いや、そんな事はどうでもいい。

 アオイにとって重要なのは、皆がいつも通りに接してくれる事だ。

 ラモーナを出ると上流階級に対する不満が度々聞こえてきた。

 誰かと気兼ねなくする会話や食事、身分に格差があるだけでそれが自由に出来ない。

 ならば言わない方がいいし、知らない方がいい。

(だって知ってしまったらもう戻れない。いくら私が気にしないでって言っても周りは気を遣うもの……)

 そう思ったところで、もう遅い。

 皆に知られてしまった。


 少し落ち込んでいるアオイに、チズルは「アオイ様はアオイ様ですからっ!」と全力で伝えてくるので思わず笑った。

 チズルのその一生懸命なところがすごく可愛い。

 そんな二人を見て、アランもつられて笑う。



「アオイレディ。きっとそろそろ旦那様がお戻りになられる頃だよ。ダイニングで飲みながら待っていたらどうだい?」

「そう………うん」



 そう言えばフローラに邪魔され、犬になってくれと言う話がまだ終わっていなかった。

(それと私が姫だってあまり皆には言ってほしくなかったと言いたい!)



「そうするよ! ありがとう!」

「じゃ、ディナー楽しみにしててね♪」

「今日は春キャベツと鶏肉を使った料理ですっ!」

「春キャベツ楽しみ! いつもありがとう!」



 そしてダイニングにて待つこと約十五分──、

 ミックスジュースも空になった頃、怜が本邸から帰って来た。

 言いたいことが一杯ありすぎて、待ちきれなくて、エントランスまで小走りで向かうと、怜はスーツの上着を脱いでいたところだった。



「あ、お、お帰りなさい……!」



 挨拶は大事だからと自分の家でもないが、お帰りと先ずは一言。

 怜は少し目を丸くし、顔をほんのり染めてはにかんだ。

 周りのメイド達もそんな二人に顔がによによ。



「あぁ、ただいま」



 アオイが小言をいう前に、「フローラが謝ってたぞ。もう大丈夫なのか?」と怜。



「え。あ、うん。大丈夫。フローラは後で覚えとけの刑に処すし」

「ははっ、なんだそれ」

「……心配してくれて、ありがとう……」

「そりゃあな。アオイに今度何かあったら……、ましてや一国の姫なのだから」



 一国の姫、そんな風に言われたら何だか寂しい。

 それは何故なのか。

 心にチクリと刺さる痛み。

 もし、姫でなかったら心配などしなかったのかと考えると、怒りさえ湧いてくる。



「……ねぇ、」

「ん?」



 階段を上がり自室に入ろうとする怜の後ろから、投げかけた。



「……出来れば、皆に知られたくなかった」



 唇を噛むアオイの表情に、聞こえないぐらい小さな溜息をついて、「どうぞ」と自室に案内する怜。

 未だ現役である年代物の革のソファーにアオイを座らせると、薄手のシルクワンピースがお尻から(もも)までの美しいラインを際だたせて食べてしまいたくなる。

 見ていると抑えきれなくなりそうで、目を逸らした。

 そしてネクタイを外しながらコニーに紅茶を頼み、まるで酸素を確保するようにボタンをひとつ外した。


 その様子を何となく見ていたアオイだが、ボタンが外され覗いた首筋が、羨ましい程に美しい。

 どきりと心臓が苦しくなって、アオイも彼から目を逸らした。



「知ってしまったからには、な」

「でも、私、別に特別扱いとか望んでない。それに皆気を遣うでしょう? それが嫌なの」

「とは言ってもなぁ……」



 怜が向いのソファーに腰を下ろしたところで、コニーが紅茶を運んできた。

 いつものように手際よく配置すると「では」と、そくささと立ち去る。



「あのな、アオイは皆と対等で居たいと思っていても、それはアオイ自身のエゴだ。自己中心的だよ」

「え」



 アオイは思ってもみない答えに、言葉が詰まった。



「誰しも発言や行動には責任が伴う。平民でも貴族でも、妖精でもそうだろう? あぁしたい、こうしたい、それが全てまかり通ったら世の中ぐちゃぐちゃだよ」

「……うん」

「アオイが一国の姫だと知っておきながら、誰にも言わず、なんの対策もせず、またこの前みたいに誘拐でもされ、遠くの国に連れて行かれてしまったらどうなる?」

「……で、でも、私には加護が、」

「でも? まだ痣が残っているではないか」

「それは……」



 そっと、アオイの手首の痣を撫でる怜。

 その指先が苦しい。



「もっと酷いことをされていたかもしれない、一生残る傷が出来ていたかも……、もしそうなったら私は、私達はどう責任を取ればいい? アオイの両親やラモーナの国民、それにフローラ。何て言えばいい? 知らなかったはそれまでだが知らなかったじゃ済まされないことだってあるんだ」

「うん、」

「例えば私の領民が税金に苦しんでいたとして、知らなかったじゃ済まされないだろう?」

「うん、仰る通りです……」

「全ての王侯貴族達が自ら望んでその立場になったわけではない、そこにたまたま産まれてしまっただけ。私だって領主をやるのは初めてだ。しかし逃げてしまっては苦しむ人がいる、嫌でも責任は付いてくる、それを受け入れなければならない」



 そこに伴う責任──。

 きっと殆どの上流階級が肩書きに恥じぬよう様々な勉強を好きでなくともしているだろう。


 『己はどうだ?』


 アオイ自身、姫という自覚すらない。

 いくら精霊とのハーフでも、どれだけ長く生きていても、心が成長していないのなら子供と同じ。

 彼がものすごく大人に見えるのも、己が『子供』だからだろう。

 彼が獣になって気が付き変われたように、きっとアオイも変われる筈だ。



「アオイがラモーナを出て外の世界で学んだことも間違いじゃない。誰もが信用できる訳ではないし、姫だラモーナだとペラペラ喋るのは勿論危険だ」

「ハイ……」

「でもな、信用できると思ったなら頼ってくれ。隠さずに」

「!」

「私達、狼森家はアオイに助けられたんだ、これからも忠実なアオイの犬、味方だよ」

「っうん……!」

「まぁ、もし怒らせてしまったらどうなるのだろうと、ふと頭を過ることはあるがな……」

「えへへ……」



 怜が、狼森家の皆が、信用して頼ってくれと言ってくれている。

 それだけで十分だろう。

 これからはアオイ自身も、ちゃんと一国を背負っているんだと言う自覚を持たなければと、そう思った。



「怜、ありがとう……、いつも、小煩く教えてくれて」

「んーー、一言多いんじゃないか?」

「んーー? そお?」

「まぁ今回は聞き流そう……」



 「さ、話が終わったのなら早く出てくれ、男の部屋に女が長居するものではない」とアオイの肩に手を添え、後ろからグイグイと押し出す怜。

 私の目的はそれじゃないんだと抵抗すれば、まだ何かあるのかと力を緩めるものだから、ぽすんと、彼の胸によろめいた。

 なにしてんのよと彼を見上げるアオイだが、二人ともあまりにも顔が近くて驚いて、同時に顔を背けて離れた。

 互いに耳まで赤くして、心臓を落ち着けるのに必死だった。


 数多の女性の顔を見てきた色男のくせに、アオイにだけは感じたことの無い感情が芽生える。

 きっとこれを恋と呼ぶのだろう。

 一方アオイは(心臓(いた)っ、まさか病気……!?)と訳のわからない勘違いをして、アリスにでも相談してみようかだなんて考えていた。



「っ、……で、その本題とやらは何なんだ?」

「あ、あの、あれ、その……、い、犬になってほしいって話」

「あぁ……、その話か」



 互いに「ふぅ」と一息。



「私が呪いにかかって、犬になるメリットは?」

「へ……!? め、めりっと……!?」

「私がただ単に大変な思いをするだけなら、呪いにかかる意味など無いだろう?」



 怜はすっかりいつもの落ち着きを取り戻し、ソファーの背もたれに腰掛けた。



「え、えーーと……可愛いし……」

「は」

「あ、ホラっ! 馬に乗らなくても速く走れる……!」

「ほぉ」

「あ、あとっ……えーとうーーんと……」



 アオイがフローラに首を絞められ倒れてから、怜は考えていた。

 山犬と人間の姿を自在に変えれるのなら便利なのではないか、と。

 もちろん『可愛い』は別としてだが。

 確かに国境を護る上で山犬の姿は強かった。

 馬も乗る必要がないので身軽で動きやすいし、人間より遥かに俊敏で武器も自身の身体に携えている。

 山犬の姿でのデメリットは、人間同士対等に会話ができない事と、山犬の姿だと的が大きすぎてしまう事。

 あとは日常生活全て。

 自由自在に姿を変えられ、それを生かせるのなら素晴らしいことはない。

 そんな便利な呪いがあるなら、怜にとって、いや、狼森家にとって大きなメリットだ。

 悔しいことに山犬の姿にも十分馴れている。

 二つ返事で引き受けても良かったが、それでは面白くないので少しだけアオイで遊ばせてもらうことにした。

(妖精達に怒られない程度にな)



「えと、うんと……! 可愛いし……!」

「それはさっき聞いたぞ?」

「えぇと……! なでなでしてあげるよ……!?」

「は?(少しばかり魅力的と思った自分はすっかり犬だな……)」

「ぬわーー! あと何かある!? えぇ~と……!」

「それだけか?」

「あぁああ! 待って待って! 今考えてるから! 一杯ありすぎてどれから言えば良いか分からないだけだから……!」



 必死過ぎるアオイに、そろそろ遊ぶのも勘弁してやるかと、その呪いをかけれるという海の妖精に会ってみても良いと伝えた。

 すると、我が愛しの犬になってくれるのかと興奮し、「はぁ、はぁ……!」と息を漏らし、潤んだ瞳で怜を見つめる。

 どう見たって欲情しているようにしか見えないから、怜は眉間のツボを押しながら必死に耐えた。



「フローラが言った通り、自在に姿を変えれるのなら呪いにかかってもいい」

「本当っ!?」

「それに、アオイは代わりに何でもしてくれるのだろう?」

「ッ、うんっ! するよっ! 任せて!」



 「いよぉおおっしゃあああー……!」と、アオイは喜んでいるが、『何でも』の幅広さをちゃんと分かっているのだろうか。

 純粋すぎて考えが及ばないのか。

 しかしきっちり言質はとったので、後から文句を言われても知ったことかだ。



「じゃあ! 早速、明日行こう!」

「あ、明日……!? 何処に!?」

「海の妖精のとこ!」

「は!?」

「予定ある!?」

「予定は……、」



 明日は王宮での舞踏会の為、領地の村のお婆さんにスーツを仕立て直してもらおうと考えていた。

 王宮御用達の一流ブランドのデザイナーだったそのお婆さんは、愛する人と共になる為、50年前この領地にやってきた。

 しかし夫は5年程前既に他界しており、少しでも気が紛れるならと服を作ってもらっているのだ。

 そんなだから、遊び人の居ない狼森家の金は貯まる一方なのだが。


 以前のパーティーでアオイが纏っていたドレスも、元々服を作るのが好きだったお婆さんが喜んで作ってくれたものだ。

 好きな仕事を辞めてまで愛する人と共になるとは、どれほどの愛だろう。

 それはアオイを想う気持ちと同じだろうか。

 今はまだ分からない。



「そうだな。では明日行こうか」



 まだ分からないが、アオイの瞳を見ると誘いを断る事は出来なかった。


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