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とある国、辺境伯のその息子──……


 ルックス良し、身長も高くて頭も良い、所作(しょさ)も言葉遣いも美しく、顔も広くてセンスもいい。

 剣術にも武術にも長けていて、そして何よりお金持ち。

 彼が微笑むだけで女は皆釘付け、彼が囁くと皆虜になった。

 その魅力に。

 だがそのせいでとても我が儘でプライドが高かった。

 自分の思い通りにいかない者は排除し、自分に似合わないものはとても嫌った。


 ある日、彼が使用人達と別邸に遊びに来ていた時の事。

 その夜は大雨で、庭の木々が根っこから飛んでいきそうなほど風も強く吹いていた。

 使用人の一人、角刈りで骨太で身体も大きくほぼ筋肉で出来ていると言っても過言ではない庭師の男は、その見た目には似合わず、アプローチの花達が心配で様子を見に来ていた。

 ──すると、風に交じって微かに声がする。



何方(どなた)か居るのか……!?」



 庭師の男は、御邸(おやしき)と同じくレンガ造りの頑丈な高い塀と、アイアンの立派な門の方へ近寄り、風に負けてしまわぬよう大声で問い掛けた。



「御免下さい。一晩だけでいい、この老婆に寝床をくれぬだろうか」



 風に狂乱する葉と共に現れたのは、ひとりの老婆だった。

 聞くとその老婆は、家に帰る途中道を間違え、さ迷っていたのだと言う。

 髪はボサボサ、爪も伸び着ているものも服とは呼び難い。

 更に何処かに落としたのか履けなくなったのか、靴は片方しかなかった。

(あぁ……、残念だがきっと駄目だろうなぁ可哀想に)と思いつつも、庭師の男は「少々お待ち下さい」と彼の元へと向かう。



「坊っちゃま。今晩泊めてほしいという方が門の前に……」

「ほう」



 どんな奴だと聞くが口を濁す庭師の男。

 気が向いた彼は荒れる天気の中、自ら赴いた。

 と言うのもこんな大雨では外にも出れない、女の一人でも連れてくれば良かったなと考えていたところだったからだ。

 昔話で美しい女性が泊めてくれと言って鶴になった話がある。

 自分ならば鶴に戻る前に存分に味わってやろう。

 しかし桃色の期待は庭師の男に雨傘(あまがさ)を上げられた瞬間、崩れ去った。

 汚い老婆を一目見て、彼は顔をしかめ、こう言った。



「なんと醜い、お前みたいな汚いものを家に入れるわけがないだろう」



 すると老婆はお決まりのように言う。



「おぉ、どうか……一晩だけでよいのです。この醜い老婆に御慈悲を……!」

「いや、一歩たりともこの門の中に立ち入るな!私まで汚れてしまう!」



 まるで何処かで語り継がれているようなそんな予感さえするやり取りだ。

 しかし、どうやらその予感は当たりらしい。



「……そうか。どうやら、汚いのは、お前の心の方だ」

「は? 今なん───」



 辺境伯の息子は、言い掛けた言葉を飲み込んだ。

 何故なら、何処かで語り継がれているような物語が今、目の前にある。

 先程まで汚かった老婆は一瞬の眩しい光を放ち、プラチナブロンドの美しい女性に変わっていたのだ。



「なんと醜い。お前の心は。この過ちで苦しむことであろう」



 そして美しい女性は、まるで薔薇が咲いたような鮮やかな人差し指の爪で彼の額に触れると、彼は関節や筋肉が軋む音と共に「う、がぁ、ああぁあ……!!」と苦しそうに、恐ろしい、それは恐ろしい獣の姿になってしまった。



「坊っちゃん、どうかされまし……、

    ─────きゃああああああ………!!」



 叫びかも、雄叫びかも、分からぬような声を聞いた使用人達が駆け付けたときには、そこに『坊っちゃん』の姿はなかった。



「この呪いが解けるのは、美しい心を持った女性に愛されること」

「あぁ、何て事だ許してくれお願いだ! 何日でも泊まって良い……!!」



 懇願し、地面にどう立つのかも分からぬ彼を余所目(よそめ)に、美しい女性はこう続けた。



「もう遅い、この呪いは100年続く。そしてあの山にある百日紅(ヒャクジツコウ)は100年咲き続け、100年目のその日、最後の花弁が散る。その日まで誰からも愛されなければ、その姿で一生さ迷うことでしょう」



(愛される? あぁ、それならどの女を選ぼうか)などと思ったのも束の間──、



「まぁ、その姿で愛そうなどという女が、お前の周りに居たのかどうか疑問ですがね」

「そんな……、筈は……」

「それは自分で確認なさい。呪いが解けるのか、楽しみですねぇ」



 美しい女性はにこりと微笑んだ。

 しかしその微笑みはまるで楽しんでいるかのようだった。



「あぁ、それと、この土地に一歩も入るなと言いましたね。 大変傲慢な言葉に少々イラッとしましたので特別にもうひとつ、呪いをかけてやりましょう。この土地から、一歩も出れないように」



 美しい女性が手に持つ上品に煌めいた華奢な杖を、ぐるぐると頭上で回すと、そこら中に吹き荒れていた風を巻き込み、まるでつむじ風かのように、使用人達も同じく、ぐるぐると巻き上げられていく。


 そして風がやむと、使用人達も人の姿ではなくなり獣に変えられたのだった。



「あらあら。手も足も指も人では無くなってしまってはこんな獣の世話をするのは大変ねぇ。まぁ獣同士で助け合えば良いわ」



 美しい女性はにやりと笑みを浮かべると、彼の元へふわふわと近付き韓紅色(からくれない)の瞳で見つめ、桃色の艶やかな唇でこう言った。



「私の名前はフローラ、花の妖精。人間ごときに名乗ったのですから忘れるべからずですよ」



 花の妖精フローラは頼んでもいないのに勝手に名乗ると、パチン─!と一瞬で消えた。

 辺りは花の甘い香りが立ち込め、花弁が舞い、空中にはキラキラと光る粉が、痕跡を残すのみだった──……。


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