紫刀《紫苑》
「よっこいせっと。」
運良くすぐに見つかった獲物を担いで、キャンプの方へ戻る。
いやー、早めに見つかってよかった。遅くなるとフィリアとかランとかに怒られちまうからな。
さーて、今日の夕飯はなにかなー、なんて呑気な気分で戻ると、なにやらアストとグロウリーが深刻そうな感じで話していた。
「アスト、やっぱり引き返すべきだと思うよ。」
「そんなこと言ったって……。」
「自分自身でも納得できてないのは分かってるだろう?」
「そりゃそうだけどさー!」
「ほら、未来は絶対じゃないんだし。別の方法を探してみようよ。カレンとしてもそっちの方がいいはずだし。」
「うう……でもそれだとカレンを僕のものにできないじゃん。」
おっとなんか俺について話してる? アストの方はボソボソしてて聞き取れなかったけど、グロウリーの方は聞こえたぞ!
「呼んだか?」
「「うえぃ!?」」
「なんでそんな驚くんだよ!?」
普通に声をかけただけなんだが。
「い、いや、もう少し時間かかると思ってただけだし? 別に驚いてなんかないし?」
「嘘付け、どう見ても動揺しまくりじゃねえか。だいたい、なんでお前らが集まって俺の話を出すんだよ。」
「ちょちょちょちょ!? 僕たちの話聞いてたの?」
「勝手に聞こえてきたんだよ。それに細かい内容は分かんねえし。俺の名前が聞こえたってくらいだ。」
「そ、それはよかったよ……。」
「で、ところでなんや話してたんだ?」
「え、えーと、」
「恋バナだよ、恋バナ。」
恋バナー? なんでこの二人で、しかも俺の話?
「カレンってそうゆうの興味なさげじゃない? だからほんとのとこどうなのかなーって。初恋すらしてなさそうじゃない?」
「うっせえな。俺だって初恋くらいしたことあるわ。」
「そうなの!?」
「へえ、どんな人?」
初恋っていうともう十年くらい前だからなあ。懐かしいものだ。
「村の協会にいたシスター。」
「へえ。シスター、ねえ。」
え、待ってそこのバカップルの片割れ! 別にシスターだからってペチュニアに恋愛感情持ってたりはしてないから! なんでそんな敵を前にしたような雰囲気を漂わせてんの!?
「ち、ちなみにどんなとこで好きになったの?」
好きになったところかぁ。うーん、
「胸。」
「「むね。」」
「おう、おっぱいともいう。聖職者のくせになあ。たぶん、うちの村で同年代だと八割方初恋相手だと思うが。」
「へ、へえー。」
「そっか、ところでパーティーメンバーのことはどう思う? みんな結構かわいいでしょ?」
んー? パーティーメンバー?
フィリアは幼なじみなせいでそういう対象とは見れないし。
ペチュニアは……考えるだけで目の前のヤツに三枚下ろしにされそうだからないな。
で、ランも……ないな。あのピンクは顔だけはいいが変態だし。
「ないな。」
「え。」
「いや、パーティーメンバーで恋愛するとかはないかなーって。」
「そ、そう。」
どうした、グロウリー。友が死地に赴くのを黙って見ることしかできないなんて、みたいな顔してるぞ。
「そっかぁ、パーティー恋愛はない、かぁ。ウフ、ウフフフフ。」
一方のアストの方はやけに笑顔だ。機嫌が……いいのか? よく分からん。
ただ、なぜか背筋がゾクッとした。
◆ ◆ ◆
翌日
なぜかやけに張り切っているアストを先頭に、ダンジョン攻略を再開。
昨日とは打って変わって順調に進んでいく。
そして、ダンジョンの最奥、ボスのいる部屋へとたどりついた。
ここのダンジョンのボスは、なんとドラゴン。
数十メートルはあろうという巨体に、強靭な四肢、破壊力満天の尾。その身に生やした龍鱗は生半可な攻撃では傷一つつかない。翼を持ち、天空からの攻撃という厄介極まりない攻撃すらしてきやがる。
これと対面した者は、なすすべなく死へと追いやられるだろう、この世界で上位に位置する生物だ。
だが、
「このくらいの攻撃、いくらでも耐えてみせますわん☆」と、カモミールがドラゴンのブレス完封する。
「待って~、回復追いつかないから~。もうちょっと被弾抑えて~」と、ペチュニアが泣き言を言いつつもパーティー全員を癒やし続ける。
「ちょっと難しいかなっ! こっちも精一杯でね!」と、グロウリーがただの剣をもって鱗を切り裂く。
「それじゃ魔法打つからねー!」と、ランは魔法でドラゴンを追い詰める。
「うおっ、ランてめえ! 俺スレスレを狙うんじゃねえって言ってんだろうが!」と、俺は影と闇、槍を使って、ときどき背後からくる魔法に気をつけつつも相手を翻弄する。
「みんな、がんばって。」と、フィリアの応援が響く。
「大丈夫! 僕たちなら---勝てる!」と、アストが前線に立ちつつも皆を鼓舞する。
俺たち勇者パーティーなら、勝てる。
そうして戦いはじめて一時間以上が経過し、
「闇よ来たれ! 我が肉体よ、死神を宿せ!」
影で作り出した大鎌を構える。
ランの魔法によって作り出された足場を登って、天空を飛んでいたドラゴンへと肉薄、その首に向かって大きく振りかぶる。
当然、ドラゴンの方もそんなことはさせまいと抵抗しようとするものの
「させないさ。この僕がいる限り。」
アストの牽制によって全て不発に終わる。
少し先の未来を見るアストにとって相手の技の出を潰すことなど、朝飯前だ。
そして、ドラゴンの首を俺の大鎌が通過する。
だが、そこに傷痕はない。
「死神の鎌が刈り取るのは、生命だけ、ってね。」
なにせ、俺が切ったのはドラゴンの生命力のみ。肉体には傷一つ残らない。
ゆえに、本命はこの次。
グロウリーの放った剣の一振りが、寸分違わず大鎌の通った軌跡をなぞる。
生命力が刈り取られ、強度が失われた部分を切り裂くように。
まったくブレず、致命の一撃を最速最適に放つ。
すなわち、これこそ剣の極致。ゆえに至剣。
グロウリーの一撃がとどめとなり、ドラゴンは床に崩れ落ちる。
俺たちの勝ちだ!
◆ ◆ ◆
ボスがいた部屋のその向こう側、隠し部屋の中央にそれは位置していた。
さながら選定の剣のごとく堂々と鎮座しているその剣は、かつて見たことのある聖剣とは違い禍々しい雰囲気を漂わせている。
だけど、美しい。
"聖光"の勇者の物となった、あの聖剣はゴテゴテと色んな飾りがついていてあまり俺好みではなかったが---こちらはどうだ。
ただ斬ることのみを求めて余計な飾り気など削ぎ落とす。形状としては反りの入った片刃剣、いや、こういうの刀って言うんだったか?
見るだけでも分かるその鋭さは、ただそこにあるだけなくせして斬られるんじゃないかって錯覚するほどに激しく剣気を放っている。
紫色ってのも、毒々しさに拍車をかけてんのかね、こりゃあ。
なるほど、たしかにこの刀であれば魔王にも有効だろう。そう納得できるだけのものだった。
全員、この剣に見入っていた。
しばらく経ってから、一番先に我に返ったのはアストだった。
アストが一歩前に進む。
「一応、大丈夫だとは思うんだけど。フィリア、調べてもらってもいい?」
「うん、わかった。」
罠の類を警戒したのか、アストはフィリアにあることをお願いした。
すなわち、アイツの二つ名の元となった技、《蒼の波紋の使用を。
《蒼の波紋》、索敵……というより、空間把握における最上位の技。
本人曰く、『しずくを、たらして、はもんを、みるの。……ようするに、レーダー?』らしい。
フィリアは無口なせいで、コミュニケーションが上手くとれなし、もし口下手じゃなかったとしても、こういうのは使えない人間にはよく分からないもんなんだと思う。
いったい、あいつの蒼色の眼にはどんな景色が映っているのやら。
「ん、もんだいなし。けんのこうか、じたいは、よみとれなかった、けど。ぬく、だけなら、もんだいない、はず?」
「そっか、それは良かったよ。」
そう言うと、アストはゆっくりと中央まで歩いていき、刀の柄に手をかける。
そして、大きく深呼吸をすると……少しの逡巡ののち、えいやっと刀を引き抜いた。
あれ?
あれあれ?
なんか予想以上にあっさりと抜けちゃったんだけど?
剣が抜けたら、何かしらの反応はあると思っていたのにそれもねえし。
いや、刀を抜いたっきり、アストがそこを動こうとしてねえ。ひょっとして、呪いの装備とかだったんじゃ!?
急いでアストに駆け寄り、その肩をたたく。
「お、おい! 大丈夫か!?」
「ふぇ!? どどどどうしたのさカレン!?」
「どうしたもこうしたもあるか! 刀を抜いたら動かなくなったから心配したんだぞ!?」
「うう……心配かけてごめん。ちょっと覚悟を決めなきゃな、って思っちゃって。」
「あ、覚悟だぁ?」
「うん、覚悟。
……カレンを斬らなきゃならない、その覚悟。」
何を言ってんだ、なんて思ったときにはもう遅かった。
そのときにはもう、アストが持っていた刀が、俺のちょうど心臓の部分を、貫いていたのだから。
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