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9話 『記憶』

1年半前


 暁に呼ばれて、権は和室に入る。

 和室の中では暁が神妙な面持ちで座っていた。


「よぉ、まあ座れよ」


 暁の前に権は正座をする。


「中学入学の時から、霊斬り見習いを始めさせて、つい一昨日中学を卒業したわけだが、年齢としても技術としても十分なくらいになったと俺は思っている。見習い卒業おめでとう」


 暁の話を聞き権は思わず口角があがる。


「ふっ、うれしいか? まあ昔から霊斬りになりたがってたからなぁ」


 権は口を押えて照れを抑える。


「いえ、これからも精進します」


「よし、じゃあお前にこれをやる」


 暁は立ち上がると、後ろの刀掛けから刀を持ち上げ、権の前に差し出した。


「この刀には、武者の仮名霊が封印されている。名を『業火(ごうか)』と言う」


「業火……」


 権はその刀を受け取る。

 ずっしりと手に重くのしかかる。


「この仮名霊は『天照(てんしょう)』とともに代々『火狩家』に受け継がれてきたものだ。先代の使用者は俺の親父の弟さんだった。俺が見習いのころ何回か見たことあるが、その名の通り、赤黒い炎を纏った鎧の姿をしていた」


「炎の鎧……」


「ああ、仮名霊も名無しの一種だ。だから存在が不確かなために形態もまたこの世のものとは思えない形になる。業火は戦国時代の戦火に散った武士だったという。そのため、体にはその炎が焼き付いているらしい。叔父さんは見事にその炎を刀に巻き付けて操っていたよ」


「これで俺も『憑装(ひょうそう)』して名無しと戦える……!」


 権は刀を握りしめこれからの戦いに心を躍らせていると、暁は刀の(つか)を抑える。


「いや、憑装はまだ無しだ」


「……!? なんで!?」


「『憑装(ひょうそう)』つまり、霊斬り自身が仮名霊の名前を名乗って憑依すること。お前も知っているだろ、名無しが人間に憑りつく、それは名前の違う者同士が合わさっている状態、つまり異常なんだ。憑装(ひょうそう)の原理も名無しと同じように本来の名前とは違うものに憑りついているんだ。しかも憑りついているのは強力な仮名霊。体にかかる負担も尋常じゃない」


「だけど、俺はそのために体を鍛えてきたんだ!」


「確かにお前の体は、憑装する分には十分だ。むしろ若い分俺以上に身体能力はあるだろう。だが、精神的にはまだ幼い」


 権はチクリと胸を突き刺されたような感覚を覚える。


「そもそも、名無しというのは人の思いによって成り立っている。奴らは本能から失った名前を探そうとする。だから生きている人間の名前を知ると、それを自分の名前だと思い込み無理やり奪うんだ。また、なぜ既に死んでいる人間の名無しが、霊斬りに斬られて消滅するかはわかってるよな? 奴らは元は人間だからだ。元は人間だからこそ、致命傷になりうる攻撃を受ければ死んだと思い、消滅する。名無しはそういった思い込みにより成り立ち存在する」


「それと、俺が憑装できないのにどう関係があるんだ?」


「言ったろ? 憑装の原理は名無しが人に憑依するのと同じだって。憑装をするには仮名霊だと思い込む必要があるんだ。それを成功させるのは霊斬りとしての覚悟。それがしっかりしてないものはそれこそさっき言ったように体の負荷に耐え切れず憑装を継続することはできない」


「小さいころ暁さんを見てきたんだ、覚悟なら俺だってできている!」


 暁に向かって声を荒げる。


「本当にそうか?」


 暁も真剣に権を見つめる。


「権、お前は孤児で本当の名前を知らないだろう。『名無しと同じ状態』、『死ねば名無しになるかもしれない』そういったコンプレックスを色々抱えているだろう。だが、それでは世にいる名前のない孤児すべてが名無しになってしまう。しかしそうではない。さっき話した名無し同様、本当の名前というのは己の認識によって決まるのだ」


「……」


 権はうつむく。

 暁も少し悲しげな顔になる。


「俺のそばで育ったんだ、余計に名前にコンプレックスを抱くように育っちまったのも、俺が悪い」


「そんな! 暁さんには感謝してるんだ!」


 暁は権の頭にポンと手をのせる。


「そうか……だが、お前はやっぱりまだ幼い。俺はお前に危険な目にあってほしくないんだ。わかってくれ」


「……わかったよ」




 

「権君、ついに仮名霊もらったん!?」


 暁と権は見回りとして、夜道を歩いていた。

 その中にもう一人、先の発言をする女性が混ざっていた。


「そうなんだよ『刹那(せつな)』、こいつもらったとたんに浮かれて調子づきやがって」


 暁はからかうように話す。


「ちょっと、暁鬼(あかつき)さん!」


 三人の会話は和気あいあいとした雰囲気だ。

 この女性は『刹那(せつな)』。

 当時、暁と組んでいた相棒である。

 年齢は25と暁とも権とも離れているが、みんな仲良く、権とは中学のころに見習いになる前よりの仲で、姉のような存在だ。


「へぇ、じゃあ晴れて念願の霊斬りに慣れたんやな~、権君真面目やし才能バッチシやからな~頼りになるわ~」


「刹那さん、ちょっと褒めすぎ」


 照れる権の背中を刹那は少し強めに叩く。


「なあに、まだまだよぉ! 憑装はまだだし、俺のような1人前になるにはもっと鍛えんとなぁ?」


 暁も権の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。


「どーの口が言ってんの! 今日はちゃんと来たからええけど、こないだ、また権君とアタシにまかせてサボったやろ!」


 いつものように説教を始めた刹那は、暁の肩をパシンと叩く。

 このように彼女はスキンシップが多い。

 それにしても、暁のサボり癖はこの頃もあった。


「とは言っても名無しは月に1度出るか出ないか、権が憑装して戦うのはまだまだ先になるかもしれないな」


 暁が刹那と少し距離を取り話す。


「今はそうやけど、そうは言ってらんなくなるかもしれへんよ。聞いたんやけど、隣の霊導寺支部に『(あらし)』が来てるらしいて」


「ほんとか!?」


 暁は少し食い気味に驚く。


「『嵐』ってなんだ?」


 権には見当がついてなかった。


「『嵐』ってのは不定期に訪れる、名無しの群れのことだ」


「名無しの群れ!? どうして?」


「現代社会においての名無しの出現は、本来の人が死ぬときに誰にも名前を知られずに死ぬという成り立ちは起こりにくい。従ってその多くは名無しが人の名前を奪うことによってその人が名無しになるというもう一つの成り方になっている。霊斬りが倒すまで名無しは人の名前を奪い続けるからその増え方というのはまさにネズミ算だ」


「せやから、霊斬りの手が届かないところでは名無しが一気に増えるんや」


 暁が説明しているところに、刹那が割って入る。


「おい、人が気持ちよく解説してるところに」


「ええやん、アタシもお喋り好きなんやもん。でな、現在は霊導寺の連携がしやすくなったからほとんどないんやけど、ごく稀にそうゆうことが起こっちゃうんや。すると、一旦増えた名無しをすべて討伐するのは非常に難しいんや。大部分をその土地の霊斬りが倒しても、そこから逃れた奴は違うところでまた名無しを増やす。そうやって徐々に移り続ける名無し群れの流れが例えで『嵐』って言われてんねん」


「あぁ、全部説明された……」


 誇らしげにする刹那の横で暁は肩を落とす。


「へぇ、それがうちの支部の方に来るってわけか」


「聞いた話やと来るとしたら来年くらいかな~?」


「ったく、そんな忙しいもんなんだってくるんだよぉ」


 暁は、頭を抱える。


「確かに今のうちの支部の霊斬りは権君も入れて7人やし現場の人手が足りなくなるかもやなー。どっかからアタシみたいに派遣されてくるかもしれへんね」


 暁のように、この地で昔から深く根付いているわけではなく、刹那は関西の方から派遣されてやってきた身であった。

 のちに来るであろう忙しさに嘆く二人をよそに、権は一人胸の内に沸き立つものを感じていた。


(何体来ようが関係ねえ、業火を手に入れたんだ、俺が全ての名無しを倒してやる……!)


「ん……? どした、権君? 一人で黙って」


 一人不敵な笑みを浮かべる権に刹那は気づく。


「え、いや」


 権は、なぜか少し焦る。


「なんか、変なこと考えてたやろ~?」


 新しいおもちゃを見つけたかのように刹那はニヤニヤとしながら権に近づく。


「ち、ちが……!?」


 突然権は背筋を伝う妙な感覚を覚える。


「……この感覚……名無しが近くにいる!?」


 その感覚の方へ、権は走り出す。


「お、おい! 権!」


 暁と刹那も戸惑いながら権を追いかける。



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