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6話 『天へ』


「こら、火狩(ひかり)! そんなに私の授業がつまらんか! 寝るんじゃない!」


 40代後半くらいの男の教師に、机の前で叫ばれる。

 そんなことには耳もくれずに、権は、机に突っ伏し睡眠を続ける。


「先生ー、権君はどの先生の授業でも寝てるよー」

 

 隣の席の女子は軽く教師をなだめた。


「部活もせずにすぐ帰ってるのに、夜更かしでもしてるのか? さっさと起きろ!」


「ん……? あー、サーセン」


 権は起こされ、寝ぼけながらも状況を察し、適当に謝った。





「よくあの先生の前で堂々と寝れるよな」


 授業の間の休み時間に、一人の男子が権の机に近づいてやってきた。


「おーん」


 権は頬杖を突き、なんとなく正面を見つめている。


「ね、体育の時間でも隙見て寝てるよね、夜更かしでもしてるの?」


 先ほどの隣の席の女子が会話に参加した。


「あー、そうだな」


「そんなに遅くまで何やってんだ?」


「うーん、運動?」


「へー、確かに権君良い身体してるよね」


 女子が勝手に腕の筋肉を揉む。

 

「でもお前部活やってないだろ、何の運動してんだ?」


「格闘技? みたいな」


「なんだよそれ」


「あはは……」


 適当にはぐらかした。



(……!? 近くにいる、学校の外か……?)



 権は名無しの気配を察知した。 


「どうしたー? 急に険しい顔して」


「え、あー、あ痛たたた……」


 権はお腹を押さえて、腹痛の振りをする。


「ちょっと、大丈夫? 保健室行く?」


「わりい、早退するわ、先生に言っといて」



 早々に、荷物をまとめて教室から出る。

 学校から出た後、携帯を取り出し暁に電話をかけた。



「もしもし? (あきら)さん、名無しの気配を感じた。今すぐ、『業火刀』を持ってきてくれ」


「なにー? 真っ昼間からだとぉ? わかった急いで行く!」


 電話を切り、走り出した。

 数分後、車に乗り暁が現れた。

 

「見つかったか?」


 窓を開けて、暁が話しかける。


「まだ見つかってない、ここら辺のはずだが」


「わかった、ほらこれ」


 車の中から刀を取り出し、権に渡した。


「俺は車停めてくるから、先行っといてくれ」


 再び権は気配の方向に走り出した。  

 探していると道の先に一人老人の歩く後姿が見えた。

 気配の出どころはどうやらその老人のようだ。

 ところどころがぼやけてはっきりとしていない。

 憑依はしていない素の霊体のようだ。

 急いで、その老人のもとへ近づく。



「おい、じーさん!」



 呼び止めると、老人はこちらを振り返った。

 だいぶ年老いているようで、白髪で、顔はしわまみれで、右の目元に大きなほくろがある。

 まぶたは垂れ下がり、見えているのかすらわからない。

 腰は曲がり、いかにも老人というような雰囲気だ。


「悪いけど、さっさと決めさせてもらうぜ」


 刀を抜き構えた。

 老人は日の光を受けて輝く刀身を見て、驚いた顔をしている。

 権は走り距離を詰めて、老人の目の前に刀を突き付けた。

 老人は、腰を抜かして倒れる。 

 頭上に振りかぶり、上から下へと刀を振り下ろす。



 ガキンッ!



 刀と刀がぶつかり合う音が響く。

 力強く重なり合う2本の刀の先には暁がいた。


「おいおい、ちょっと待て!」


「なにしてんだよ、そいつは名無しだぞ!?」


「だからと言ってすぐ斬りかかるんじゃねえ、相手には戦う意思がない」


 権は暁に刀で押し返された。

 なぜと思う権をよそに、暁は刀を鞘にしまい老人を起こした。


「うちのせがれが悪かったな、じーさん大丈夫か?」


 老人は何が起こったのかわからず呆然としてる。


「じーさん、名前教えてくれるか?」


「ははぁ……、はて? なんじゃったかのぉ? お前さんはなんていうんじゃ?」


「忘れちゃったかぁ? じゃあ、じーさんここら辺に住んでんのかい?」


 相手は名無しだ、暁は名前は答えずさらりとスルーした。


「そうそう、散歩しておってのぉ」


「家はどこにあるんだ?」


「家はのぉ……あんれぇ、ここどこじゃぁ?」


「あらー迷子かい。そうだ、お詫びに家まで送らせてくれよ」


「ほぉ! それなら、助かるわい」


「ほらぁ、お前も手伝え」

 

 暁は権の頭を鷲掴み自分のもとへ寄せた。


「んなぁ!? 何考えてんだよ」


「そのまんまだ。恐らく一人暮らしの老人が孤独死して、誰にも知られずに名無しになったパターンだろ。家が見つかれば名前もわかる。そしたら斬らなくていいだろ。」


「それは……そうだが、でも!」


「まあ、相手は老いぼれでも名無しだ。さっきみたいに本能的に名前を求めてくる。本人自身に自覚はないみたいだから危険はないだろう。二手に分かれて探すぞ、俺はここら辺の人に聞きこむ。お前はじーさんと一緒に探せ」





「じーさん、この道は覚えてるか?」


 不愛想に老人に聞く


「どーじゃったかのぉ?」


「はぁ……何にも覚えてねえのかよ」


 老人の家を探し始めて3時間、いまだに手掛かりは見つからず権たちは彷徨い続けてた。

 近くにいた買い物帰りのおばさんにも聞きこむ。


「すいません、ここらへんで白髪で右目の下に大きなほくろがある、腰の曲がったじーさん知りませんか?」


「うーん、ごめんねぇ、私はわからないわぁ」


「そうですか、ありがとうございます。はぁ……」


 ため息をつき、だらんと腕を前に垂らす。

 いっそのこと斬ってしまおうか、そんなことも頭によぎる。


「じーさんほんとにここら辺に住んでんのかよ……!?」



 振り返るとそこには老人の姿はなかった。



「まさか……」


 走って元来た道を戻り探すが老人は見つからない。


「やはり、最初から騙されてたのか? くそっ、あのとき斬ってれば……」


 トントンッ


(!? まずい後ろをとられた!)



 急に何者かに後ろから肩をたたかれた。

 とっさに刀を抜き振り返りながら相手の首元に向けて斬りかかるが、寸前のところで刀を止めた。

 

「んなっ、花!?」


「会うなり、斬りかかるってどうゆうことよ」


 そこには、老人ではなく花がいた。

 ハッとして刀を降ろす。


「何ー? 昼間から霊斬り? 制服着てる……」


「お前こそ何でここにいるんだよ」


「私がここにいちゃ悪いわけ? 大学が午前で終わったのよ」


「そうだ、名無しを追わないと!」


「探してるの?」


「ああ、白髪のじーさんの霊なんだが見てないか?」


「おじいちゃん? あ、そういえばさっき見たような……」


「ほんとか!? どこだ? 今すぐ連れてけ!」


「ええ!? あー、うん、わかった!」


 花が導き、権はそれについていく。

 


「ここらへんで見たような……」



 花がきょろきょろとあたりを見回す。

 権は目を閉じ、感覚を集中させる。

 すると、名無しの気配を察知した。


「こっちか」


 権は気配の方向へ走り出した。


「ちょっと、どこ行くの?」


 気配の方へ行くとそこには先ほどの老人がいた。

 その場にしゃがみこんでいるようで後姿が見える。

 人を襲ってる様子はない。


「おい、じーさん! いきなりいなくなるんじゃねえよ!」


「ほぉ! さっきの(あん)ちゃんか! 『三太郎(さんたろう)』を見つけてのぉ」 


「三太郎?」


 老人の足元には、丸っと太った三毛猫が地面に寝転んでいた。


「もしかして、三太郎ってその猫ちゃんのこと?」


 花が猫のもとへ近づく。 


「おい!」


 権が止めるが、花は猫の近くにしゃがみ、猫を撫でた。

 撫でられた猫は気持ちよさそうに目を細め、ゴロゴロと音を鳴らした。


「かわいい~!」


「三太郎が見ず知らずの人に懐くとは珍しいのぉ!」


 権はため息をつき、片手で頭を抱える。


「はぁ……ん? 待てよ、じーさん、その猫さっき三太郎って言ったな?」


「そうじゃ、わしの飼ってる猫じゃよ」


「だよな! じゃあ、家もわかるんじゃないか?」


「それはそうじゃのぉ」


 思わぬ進展である。

 権は自然と拳を握りしめてしまった。

 すぐに暁に電話をかけて呼んだ。

 花が撫でるのをやめると、猫は起き上がり歩きだした。

 



 ゆっくりと自分のペースで進む猫の後ろを権たちは続く。そして急に民家の敷地の中へ、自分の縄張りか、堂々と入っていく。

 そのあとに続き、老人も門を通ろうとする。


「おいおいおい、じーさんまた勝手に行くなよ。ここがじーさんの家なのか?」


「ほぉ、そうじゃ、わしの家じゃ」


「やーっと見つけたぜぇ」



 暁も合流し歩み寄ってきた。


「聞き込みでも本人でもわからなかったのが、まさか猫で見つかるとはなぁ」


 郵便箱を見ると、大量の郵便物が無造作に詰め込まれている。

 暁はその中からいくつか取り出し、1枚1枚表裏と見まわす。

 見終えると、少し微笑み老人の方へ近づいた。


「じーさん、『平田(ひらた)幸三(こうぞう)』って言うんだな」


「そうじゃそうじゃ、わしの名は平田幸三じゃ」


 すると、老人の体が優しく温かい光に包まれた。

 老人は体を少し見まわすと、何かを悟ったように微笑んだ。


「どうやら、お迎えかのぉ」


「ああ、よかったなじーさん。安心して天に行けるぜ」


「あんたらのおかげなんじゃろぉ? 感謝するわい。そうじゃ、最後に一つ頼みを聞いてくれんかの?」


「なんでもいいぜ」


「最後に、三太郎にご飯をあげたいんじゃ。餌は家の玄関の中にある、(あん)ちゃん取ってきてくれんかの?」


 老人は優しく権の方を向く。


「お、俺か?」


 暁は権に行けと言いたそうににらむ。

 しぶしぶと権は玄関に向かった。

 扉を開けて中に入るとなにやらツーンとした臭いがする。



(なんだこの臭い! 生臭い様な…………そうか)



 なんとなく権は察した。

 同時に今まで何度も経験してきたあの感覚、哀しみを感じた。

 言われた通り、靴棚の下に猫用の餌と、皿の容器があった。

 皿に、餌を乗せて無言で老人に手渡した。

 渡された皿を持ち、老人は猫に近付いた。

 猫は地面にまるで座るようにして、後ろ脚の片方を頭の上に上げ、身体をなめている。

 老人はしゃがんで猫の前に皿を置くと、猫は体をなめるのをやめて餌を食べ始めた。

 それを老人は優しく眺める。


「三太郎、息子のいないわしにとっては、お前が息子のようだったよ。わしもずいぶん長く生きたし、特に後悔はないがのぉ、お前だけが心残りじゃ」


 少しすると、猫は餌を食べ終え、老人はそれに満足したかのようにし、権たちの方を向いた。


「さあて、死んどるくせにだらだらとこの世に残ってるもんじゃないのぉ……、悪いが、もう一つだけどうにか、お願いされてくれんかのぉ」


 老人は寂しそうに猫の方を向く。


「……猫かぁ、さすがに(うち)はなぁ、うーん……」


 暁は、すまなそうに首をかしげる。

 すると、花は何か決心したかのように片手を胸に当てた。



「あのー、おじいちゃん……私が、三太郎の面倒を見るから! だから……安心して!」



 老人は少し驚き、そして、安心したようににっこりと微笑んだ。

 そしてそのまま光に包まれ、そしてその光は、煙が昇るように、空へと消えていった。

 それを眺めながら、暁は話し始める。


「名無しってのは哀しいもんだよなぁ、成り立ちは誰にも名前を知られずに死ぬこと。人に忘れられたのか、最初から名前がないのか。また、その名無しに名前を、存在を奪われる事で被害者も名無しになる」


 権は、びくっと胸に針が突き刺さる様な感覚を受けた。


「暁さん、家の中で……」


「そうか…………権、俺たちは霊斬りだ。人を守るために名無しを斬らなければならない。だがな、名無しも元は人間だ、それどころか、大体は可哀そうな人だ。そんな名無しでも、斬られたら天へ行けず存在が消えちまう。天国地獄があるかはわからねえが、やっぱり死んだらちゃんと天へ行くってのが、人間として一番良いだろうよ」


「そうだな……」


 空を見上げる暁の顔に、権はなにか戦いとは違う強さを感じた。

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