5話 『二人の霊斬り』
「ん!? んーんー!!」
突如、口を手でふさがれた女は、歩いていた道から、草むらに無理やり連れ込まれた。
女性は、草むらの奥に、道を歩く人からは見えない位置で、何者かに強い力で押し倒された。
「きゃぁっ!」
仰向けに寝転んだ女は、何者かに、足に乗られ、そして両腕を両手で押さえつけられた。
木々の隙間からの月明りで、ようやく相手の顔がわかった。
今まで会ったこともない、男性で、体はひょろりと細い。
目は血走り、女の体のあちらこちらを見まわしている。
「んん!? んー……!!」
そんなことを理解している暇もなく、男に無理やり口づけをされた。
腕や足をじたばたさせて逃れようとしても、その細い体からは想像できないほど、相手の押さえつける力は強く、男はピクリとも動かない
「ぷはぁ! うぇ……ゲホッゲホッ」
男は興奮と、喜びの表情をし、女性見つめる。
女は、やっと理解した、これは「レイプ」だ。
理解したところで、もう時すでに遅し、男は、右腕を離し、女の服を肩からつかんだ。
女は空いた、左腕で男の顔や胴を殴るが、男はびくともしない。
ビィィィィィ!!!!
男は、女の服を素手で肩から腹の方にかけて引き裂いた。
女は上半身の肌が見え、下着姿となった。
服を簡単に破り裂く、力、そして、これから自分にされるであろうことに、女は恐怖し、目には涙を浮かべた。
「ひ、ひぃ……」
恐怖によってのどが締め付けられ、もう大きな声で叫ぶことすらできない。
男は、右の手のひらで女の腹部を撫でまわす。
空いた左腕さえ、恐怖でこわばり、もはや、反撃も逃亡もできはしない。
男からは、興奮で息を吐く音が激しく聞こえる。
はぁ……! はぁ……! はぁ……! はぁ……!
「ただいまー」
権は、扉を開け居間に入った。
「まったく今までどこ行ってたんだ! 帰ってきたと思ったら朝帰りだし、こんな不良少年になってしまったとは……」
40歳くらいの男が、台所から権に向かって言った。
「暁さん、そうゆうのいいから」
権は、暁の話に耳もくれず、食卓の前に座った。
「16年前に身寄りのないお前を引き取り、権と名付けて、男手一人、がむしゃらに頑張ってきたのに、どこで道を踏み外したのやら……」
暁はわざとらしく顔を手で押さえながら、嘆く。
「疲れたから、はやく朝飯出してくれ」
「帰ってくるなり何も言わずただ、飯をくれとは、本当に不良に……」
「いい加減にしろ! 名無しを狩ってたに決まってるだろ!」
「まあまあ、冗談冗談」
食卓に手をつき、立ち上がった権に、暁は両手のひらを前に出してなだめる。
「そもそも、霊斬りは原則二人行動が基本だろ! 夜に酒飲んで酔っ払って寝たのはどこのどいつだ」
「そうだったっけかな~? まあ、お前も霊斬りとして活動してから早1年半、そろそろ一人でも……」
「いいわけないだろ!、決まりは決まりだ!」
ごまかすように、暁は、食卓に朝食を出した。
権は、ムッとしながら朝食を食べ始めた。
「食べてるとこ悪いが、『霊導寺』からの指令だ。」
「指令か、久しぶりだな」
権は食べながら聞く。
さっきとは変わって暁は真面目な表情をする。
「最近ここらで女性が襲われる事件が多発しててな」
「それがどうした?」
「目撃者や、情報によると、それの犯人と思われる人物はそれぞれ違うようで、事件後は人とは思えない速度で、逃走するらしい。おそらく、名無しが憑りついたものだろう。」
「『乗り換え』か」
「そうだ、ここ最近はほぼ毎日といっていいほど、起こってる。ということで、今夜からさっそく退治にとりかかる。」
「女を襲う名無しか、俺が一番嫌いな部類だ。」
「一応作戦があるから、悪いが放課後は寄り道とかしないで、なるべく早く帰ってきてくれ」
「わかった」
権は即答する。
「わかったってお前、高校生なんだから友達と寄り道くらいしてきてもいいんだぞ?」
また暁は妙にふざけたわざとらしい話し方に戻った。
「どっちだよ! ごちそうさま、シャワー浴びて学校へ行く」
会話をしているうちに完食した。
「せっかく高校に入れたんだから、もうちょっと高校生らしくしても」
権は立ち上がり、食べ終わった食器を台所に運ぶと、風呂場へ向かうため、廊下への扉の前に立った。
「俺は霊斬りだ、そんなことをしている暇はない」
放課後、権はすぐに帰宅し、暁から作戦を聞き、標的の夜の出没率の高い時間に作戦を決行することにした。
「こちら、『暁鬼』定位置に着いた。『おとり』からは約50メートル、おとりを確認した。」
暁は、スマートフォンを耳元に持ち、望遠鏡を目に構えて、民家の屋根の上に隠れている。
暁が望遠鏡で覗くその先には長髪の女性が立っている。
女性はスタイルがよく、ワンピースとヒールを履いている。
おそらくこの女性が『おとり』なのだろう。
女性は、片耳にかけてある無線のイヤホンマイクに手を当てた。
「位置に着いた、作戦を実行する。」
女性の声は、低かった、まるで男性の声。
そう、その女性は、女装をした権であった。
「ぶっはっはっは!」
こらえきれなくなった、暁は笑い出した。
「意外と似合ってるねぇ、権ちゃん」
「うるさい! 笑うな! 作戦だから仕方なくやってんだ」
「おお、そうだな、これは作戦だ、しっかり敵を探さなくては。くくく……」
権は、怒ろうとするが、目の前には誰もいない。
相手は通話のむこうだ。
握りしめた拳を降ろした。
「しかし、本当に来るのか?」
暁に聞く。
「ここ数日の傾向的に、ここで間違いないはずだ。人通りも少なく、近くに隠れる草むらもある。女を襲うにはもってこいな場所だ!」
「まるで犯人だな」
「捕まえる側だっつーの。おとりもお前だから安心して任せられるし、幸い成長期だから女装させても女に見えなくもない」
「わかってる、仕方がないことなんだこれは……」
沸き立つ羞恥心と怒りを無理やり抑えた。
(!?…… 近くにいる……)
権は何やら不審な気配を察知した。
気配の方向に目を向ける。
「どうした? トイレでも行きたくなったか?」
「違う、獲物だ…………見つけた!」
百数メートル先にこちらを見ている男がいる。
権にはその男が名無しであると確信があった。
「名無しを見つけた、追いかける」
権は男に向かって走り出した。
男は、自分が狙われてるのだと察したのか、身をひるがえし逃げだした。
「おいおい、勝手に行くな!」
イヤホンから聞こえる暁の声には耳もくれずに走る権だが、数メートル走ったところで盛大に転んだ。
「ヒールで走れねえ!」
女装の為に、履いていたヒールのせいで転んだようだ。
権はヒールを投げ捨てて、また追いかけ始めた。
「くそっ、見失った! あいつ、はやいな……」
道の角を曲がったところで、敵の姿を見失った。
常人の倍以上の霊斬りの走力でも、追いつけないほどの速さだ。
見失ったところで、気配を探していると、遅れて暁がやってきた。
「ふぃ~、どんどん先に行くなよ、若者の足には追いつけんわ」
「おい、じじい! 俺の察知能力なら、女装なんていらなかっただろ! ふさけんな!」
「そーれがあったか! 忘れてた~すまんすまん」
「サッサと着替え出せ! 二手に分かれて追いかけるぞ」
「はぁ~、バイト疲れた~」
アルバイトを終えた花は、帰路についていた。
歩く道はひと気もなく、独り言を言っても誰も聞く者はいない。
「今日も、戦ってんのかなー権は。もう会えないのかな」
トンネルで会ったあの時以来、数週間が経っているが、花は権と会うことができてない。
怪我は十分に治り、多少力仕事のあるバイトでも、普通にできている。
ふと空を見上げると、夜空に一つ、三日月が大きく輝いていた。
「きれい……」
撮影意欲にかられた花は、手持ちカバンの中に手を入れて、カメラを探し始めた。
近くには、小さな公園がある。
どうせなら、公園の遊具と合わせて撮ろうと思い、公園へ入って行った。
公園に数歩入り、どの位置から撮ろうか悩んでいると、急に、何者かに後ろからで手で口をふさがれた。
驚く暇もなく、無理やり近くにある公園のトイレの壁に背を突き付けられた。
向き合って相手の姿がはっきりと分かった。
太っている男で、髪は手入れもされてなくもじゃもじゃで、肌はぽつぽつとニキビの跡がある。
男は、はぁはぁと息を荒げ、花の胸に手を当てた。
「きゃぁっ!」
「君は、胸が大きいんだね。僕はおっぱいが大好きなんだ。」
「な、何なの……?」
花は、腕で相手の肩を押し、遠ざけようとしたが男は全くその場から動かない。
男は胸を揉んでいる両手で、そのまま服を掴みそれぞれの腕の方向へ引っ張った。
服は大きく裂け、花の上半身はあらわになり、下着が見える。
「ええ!? なんで……私……」
男は、花の首を両手で絞めて、壁に押し付けた。
「うっ、ううぅ……」
「僕はね、キスもしてみたいんだ」
そう言い、顔を花の顔に近づける。
抑えられた喉から、かろうじて吸える空気に、男の興奮で漏れる吐息が伝う。
「させねえよ!」
少年の雄たけびがきこえた。
すると、男は後ろから頭を蹴られ、吹っ飛ぶ。
そこには、権が立っていた。
「がはっ……」
首から手を離された花はその場にしゃがみ手をついた。
「間に合ったか、おい大丈夫か? ってまたお前か!?」
権が、目を向けた先には、上半身が下着姿の花がいる。
思わず、顔を赤らめて目をそらす。
「邪魔をするなぁ!!」
花に気を取られているところを、権は、男に刀をはじき飛ばされた。
「くっ、刀が」
はじき飛ばされた刀に目を向けると、そのすきにもう一撃と顔を殴られ、よろけたところに腹を蹴られて吹き飛ばされた。
「ぐ……あぁ……」
みぞおちを蹴られたようで、呼吸がうまくできない。
地に這いつくばり、痛みに悶え苦しむ権に、男が歩み寄る。
(まずい……やられる!)
その時、倒れている権を頭上を一つの影が飛び越える。
そいつはその勢いのまま、刀で男の胸を貫いた。
「苦戦してるか~権?」
「暁鬼さん……」
暁は、男から刀を引き抜くと、倒れた男からは煙が出てき、その煙は大きく固まり、人型の化け物へと姿を変えた。
「山田和樹は胸が好きぃ……杉本渡は足が好きぃ……田中弘樹は尻が好きぃ……俺は……何だろうなぁ?」
名無しはぶつぶつと呟く。
「今まで憑りついてきた人間の性癖がごっちゃになってんな。全く、女に飢えて死ぬのは悲しいねぇ。まあ、俺も言えた方じゃねえが」
暁は、刀を肩でポンポンと弾ませながら、相手の動きを見る。
名無しは、全体的な動きこそ遅いが、ぬるぬると、滑るように近づいてくる。
「しゃあねえ、久しぶりにやるか」
そう言うと暁は刀を鞘にしまい、目の前に横にして突き出した。
カチャッ
左手の親指で刀の鍔を持ち上げ、刀を少し引き抜いた。
「「 我が名は『天照』!! 」」
刀を一気に引きに抜き、そして頭上に突き上げると、剣先からまばゆい光が放たれた。
耐えきれず、名無しが手で目を覆う。
やがて、手の隙間から見える光も弱くなり、手を外し前を見ると、名無しの目の前には、赤と白のきらびやかな鎧をまとった、暁がいた。
「さあ、かかってこい!」
暁が刀を構える。
そこに、名無しが襲い掛かる。
名無しの攻撃を刀で払い、拳を入れる。
名無しはよろけるが、すかさず二撃三撃と攻撃を続ける。
その、すべての攻撃を暁は、払い避ける。
「もうおしまいかぁ!?」
「ぐぉおおおおおお!!!!」
名無しは大きく変形した右腕を振りかぶり全力で殴り掛かる。
拳がぶつかる前に暁は名無しの懐に入り込みその腕を切り落とした。
「がぁああああああああああ!!!!」
右腕がなくなった部分を抑えて、名無しは倒れる。
「権見たかー? これが大人の戦い方ってもんよ」
暁が、振り返る。
しかし、見た先には、下着姿の花がいた。
「えぇ!? おっとっとっとぉ!?」
暁は腕で自分の目を隠す。
すると、背中から大きな衝撃が走った。
名無しの攻撃が直撃したのだ。
暁は吹っ飛び、地面を転がる。
「しまったぁ……」
地面に肘をつき、体を無理やり起こすが、その先にはすでに名無しが迫っている。
絶体絶命のピンチである。
名無しのとがり変形した爪が、暁に突き刺さろうとしたとき、
「「 我が名は『業火』!! 」」
名無しの後ろの方からその叫びが聞こえた時には、名無しの胸には刀の先が生え、その胸元から炎が噴き出した。
名無しは悶えながらも、炎は燃え広がり、やがて、煙となり名無しごとそこから消え去った。
「ひぃ~、なかなか、ひやひやした戦いだったぜぇ」
暁は刀を鞘にしまい、鎧も刀へと消えてった。
「普段から、霊斬りとしてちゃんと活動してないからだろ」
権も鎧を刀にしまった。
「嬢ちゃん、大丈夫だったかい? ほら、これ着な」
暁は花のもとへ行き、自分の上着を脱ぎ花に着せた。
「あ、ありがとうございます」
「怖い思いをさせたね、よかったら家まで送っていくよ」
花は権の方を見る。
「権……」
権と花の目が合う。
「あれあれ!? お知り合いかい? こんなかわいい子と知り合いなんて権も隅に置けないねえ、まさか、彼女!?」
「ち、ちが……!」
「え、そんな……!」
二人は目を合わせる。
しかし、二人とも顔を赤らめて目をそらした。
「権も、もう高2だもんなぁ、そうだ、彼女のこと家までお前が送っていけ」
「え、おい!」
「じゃあ、あとは若い二人に任せますー、権! ゆっくり帰ってこいよ」
捨て台詞を吐いて、憑りつかれた男をおぶり、そそくさと暁は帰って行った。
「あのじじい!」
「おもしろい人だね、お父さん?」
「あ、まぁ、親代わりの人だ」
「へぇ……」
話は途切れ、二人とも無言の状態となった。
二人は顔を合わせない。
「権……」
「そのー、なんだ、送ってってやるよ」
権は、花の方を向く。
「え、あー、うん……」
権は花の返事を聞くとすぐ振り返り、歩き出した。
「そうだ! あの時の写真!」
花は歩きながら、手持ちカバンの中を手探りで探す。
「あった、ちょっとこれ見てよ」
カバンから出した2枚の写真を、歩く権の目の前に見せつける。
「この間は、忙しくて見せられなかったんだけど、初めて会った時のあんたを撮った写真! 2枚とも、ひどいブレや、謎の光や影で、全然撮れてないんだけど! 2枚目なんて正面から顔を撮ったのに、全然わからない状態で、まるで心霊写真みたいになってるんだけど、どうゆうことなの!?」
「そうか、それは残念だな」
権は写真に目もくれず、ただ歩く。
「なによそれ、もー、もう一回撮ってやる」
花はカバンからカメラを取り出し、構えて権に向けた。
権は、眉間にしわを寄せ、嫌な表情をする。
そして、手でカメラのレンズを隠した。
「やめろ」
「ちょっと何するのよー!」
「……」
権は下を向く。
花はなんだか悪いことをしているような気がして、カメラを降ろした。
権はため息を一つつくと、また前を向き、話し始めた。
「俺は、写真には写らない」
「え、それってどうゆうこと?」
「心霊写真と同じってことだよ。前に言った通り俺には名前がない、つまり名無しと同じってことだ」
「え? それって冗談じゃ、だって『権』って……」
「『権』は、本当の名前じゃない。俺は小さいころ暁さんに拾われて本当の名前を知らない、だから俺は、名無しと同じで存在が不安定で写真に写らない。そのおかげで、同類の名無しを察知する力も強いんだけどな」
「そんな……」
「わかったらあきらめろ、そして俺のことはもう忘れろ」
権は目を合わせずに淡々と述べる。
ずっと、写真を撮って生きてきた花にとっては、写真に映らない、撮れないなど考えられないことだった。
気さくに振舞ってた花でさえ、うつむいてしまった。
二人は何も話せず、ただ歩く。
少し時間が経ったころに、花が顔を上げた。
そして、早歩きで、権の先を行き、目の前に立ちはだかった。
「どうした? ここが家か?」
「私、あんたの写真を撮る!」
「いや、だからさっき無理って」
「名前を見つければいいんでしょ?」
「は? そんなこと……」
花は権の鼻先に向かって指を突き付けた。
「やってやるわ! どうせ無理なんて思ってるんでしょ? 私には写真が撮れない人生なんて考えられない。だから将来大物写真家になる私がぜーったい見つけてやって、あんたの写真を撮ってやるんだから。覚悟しときなさいよ!」
「いきなり、何言って……うっ……!」
パシャッ、ビー……
カメラのフラッシュが権の目に飛んだ。
落ち着いて目を開けると、花はずかずかと前を進んで行った。
「なんだよ、あいつ……」