4話 『炎の剣士』
バイクにまたがったまま権は、その異常な光景に目を見張る。
3人の男女が倒れている中に座り込むあの時の奇妙な女。
「お前……あの時の、なんでこんなところにいやがるんだ!?」
「忘れたの? 私の名前は……」
「待て! 喋るんじゃねえ!」
急に叫ばれて、花は喉まで出かかった言葉を抑えた。
「戦いは、まだ終わってねえ。 憑りつかれた人間の肉体から、名無しを剥がしただけで、名無しはまだ消滅してない」
花はようやく理解した。
今までの3人の狂った行動は、名無しという悪霊に憑りつかれたものだったのだ。
「3人憑りつかれたか……ここじゃまずい! おい、今すぐバイクの後ろに乗れ!」
「どうゆうこと!? みんなを助けてよ!」
「いいから乗れ!」
権はひどく焦った表情で叫ぶ。
気圧された花はバイクの後ろにまたがった。
「しっかりつかまってろ!」
権がそう言うと、大きな音をたててバイクは急発進した。
そのまま、どんどん加速していく。
「ちょっと! 私のヘルメットは!? しかもスピード違反じゃない!?」
「そもそも立ち入り禁止の場所だろ、死にたくなけりゃ手を離すな」
ここまで急ぐことは、相当まずい状況のようだ。
しかし、怪我人を置いて、花の救助を優先したのは何か策があるのだろう
「どうして、みんなを助けてくれなかったの!?」
「名無しに憑りつかれるということは、その人間の魂が追い出され、名前と肉体を奪われること。つまり、名前が奪われた魂もまた名無しになるということだ。あの場には最初からいた名無しと、憑りつかれた3人、合わせて四体の名無しがいることになる。生まれたばかりの名無しは意識が明確でないとはいえ、俺一人で4体の相手をするのはさすがに無理だ。」
「どうゆうこと!? 瑠衣たちは死んじゃったの!?」
「肉体が死んでなければ、再び名前を呼ぶことで魂を肉体に戻すことはできる」
「よかった……」
花は、ホッとすると、強く権の腰に掴まった。
そして二人の乗るバイクはトンネル抜けた。
「とりあえず今はお前を連れて逃げるが、後で助けるためにそいつらの名前を教えてくれ」
「わかった、ありがとう、橘瑠衣と沢田麻美と木村陽斗君……」
「「それと、日比野 花……!」」
突然、花は運転する権を腕で突き飛ばす。
普通の女性とは思えないほど力と、100キロを超えるバイクの速度も合わさり、権は10メートル以上転がり飛んだ。
花はバイクから飛び降りきれいに着地すると、運転手を失ったバイクは、横になりアスファルトと擦れ合い火花を散らしやがて止まった。
幸い権の転がった先は道路のアスファルトから外れた土の地面だったが、ダメージは軽いものではない。
手をつき膝をつき起き上がると、服はボロボロになり、その隙間からじわじわと血がにじみ出てくる。
ヘルメットを脱ぎ捨てると、腰に付けた鞘から刀を抜き取り、花に向けて構える。
(名無しは、憑りついた人間の記憶を得ることができる、先に憑いた奴らの記憶から名前を知りやがったか!)
「怪我人を置いて逃げるなんてひどいじゃない」
花は大きく目を見開く。
顔は同じはずなのに先程までの花とは、まるで別人のような表情をしている。
「ケガさせた張本人はお前だろ、なぁ? 名無しさんよ」
「お前は今までの奴らとは違って普通の人間じゃないな」
「そうだ、お前らみたいな名無しを倒す存在、『霊斬り』だ」
花が権の方に尋常じゃない速さで向かってくる。
応じて権も距離を取らず、花の方へ距離を詰める。
花は丸腰、権の持つ刀の方が攻撃できる間合いは広い。
先に権が刀で横から薙ぎ払う。
(お互いに勢いのある速度でぶつかり合っている、この薙ぎ払いは後ろによけることはできない!)
権の刀が花に触れそうになったその瞬間、花の上体は後ろに反れ、刀は紙一重で花の胸の上を通った。
常人にできる技でない、その動きと同時に体からはゴキゴキと鈍い悲鳴が聞こえた。
そのまま権は下をとった花に、右足を掴み持ち上げられるが、権は素早く反応し、体をねじりながら持ち上げた花の右手を斬り、難を逃れた。
(無理やり憑依した体を動かしてやがる。体の負担が危険すぎる、早く花の体から追い出さねえと!)
もう一度権は花に立ち向かう。
今度は慎重に攻めてみる。
攻撃できる間合いは権の方が圧倒的に有利、相手には攻撃されない距離を保ちつつ、隙を見ては斬りかかる。
しかし、人間にはできないような動きで、ことごとく権の攻撃はよけられた。
(こっちが圧倒的に有利ではあるが、このままじゃ花の体がまずい! しかし、相手は物凄い力で体を操っている……ならば!)
「ハァッ!!!!」
権が刀に力を籠める。
するとその力が刀に伝わったかのように、刀の周りに炎が溢れ出してきた。
「これか……はっきりとこの記憶にある、お前が起こす不可解な現象とは……」
花は少々焦りながらも、にやりと笑った表情は変えない。
そして権は豪快に花に斬りかかる。
花の体のやや下を狙った、横の斬り。
しかし、花は上へ大きく飛び上がりそれを簡単によけた。
「その力があるなら、上へ飛ぶと思ってたぜ!」
権は、横に薙ぎ払った刀の勢いを殺さず、そのままくるりと反転する。
そして、空に浮かぶ花へ向かって、炎を纏った刀を振りかざした。
「翔けろ!炎空刃!!」
するとその刃から、炎でできた刃が飛び出した。
そのまま炎の刃は、空中で花の胴体をすり抜けた。
そして花の体から黒い煙が抜け出ると、意識を失った花は力が抜けて重力にひかれるように落ちてきた。
権は花を抱きかかえると、地面に寝かせた。
花から抜け出た黒い煙は集まり固まって、人型のような形を作った。
右手はなく左手だけが大きく長く肥大し、上半身と下半身が横にずれている、アンバランスな、化け物。
権は今一度名無しに向けて刀を構える。
「さあ、二回戦と行こうか」
炎の吹き出す刀を振りかぶり、斬りかかった。
しかし、その刀は届く前に名無しに横から体を掴まれる。
掴まれながらも、その腕を斬るも浅く、強く体を握られる。
「があぁ!!」
そして、まるでボールを投げるかのように、権は名無しに投げ飛ばされた。
投げ飛ばされたその先には、バイクがガソリンを漏らして転がっていた。
地面に刀を突きさそうとしても、勢いは止まらず、火をまとった刀が触れ、バイクは大爆発を起こし
権は爆炎のなかに消えた。
「「 我が名は『業火』!! 」」
そう叫ぶ声が聞こえると、爆炎の中から、ずしんずしんと重く歩みながら炎を纏った鎧武者が現れた。
名無しは汚い叫び声を上げながら、権に突っ込んでくる。
「蔽え 火炎幕!」
権が、刀を軽く二度三度振り回すと、権の周りに煙が立ちこんだ。
やがて、その煙は周りが何も見えなくなるほどに増えあがる。
名無しが、そのまま突っ込むと、さっきまでいた場所には権がいなかった、それどころか、その場所が本当にいた場所かですら定かではない。
「どこだぁ!?!?」
名無しその大きな手のひらで煙を扇ぐ。
視界は開くが、誰もいない。
「ここだよ」
名無しの後方で声が聞こえた。
「これが最後の火だ! 鉄火巻旋!!」
権が構えるその刀には、炎が舞い、周りの煙を吸い込みながら、巻き付く。
そして、名無しが振り向くも遅く、切り伏せられた。
その炎は、名無しに纏わりつき、焼き尽くし、やがて煙となって空へ消えた。
「やはり俺は名無しと戦っているときが一番人間らしくあれる気がする……」
「……日比野 花!」
その声に花はビクッと体を震わせながら、目を開ける。
ここはどこだと見まわすと、星と月が目の前にはあった。
「どこ、ここ……?」
「目が覚めたか、全部終わらせたぞ」
声の方を向くと、倒れた花の横に権が膝を立てていた。
「権……あててててて!!!!」
花が体を起こそうとすると、全身に激痛が走った。
「無理すんな、憑りつかれてたんだから」
「え……私……そうだ! みんなは!?」
花は、焦り、汗を流して痛みを堪えながら体を起こし権の膝に手をかけた。
無茶な行動に権は驚くも、なぜか笑い出した。
「大丈夫だ、魂はみんな呼び戻した。後は体の方だが死ぬほどのもんじゃなかった。救急車も呼んどいたから直に来る」
「よかったぁ……」
花は、安堵してため息をついた。
「よかった、じゃねえよ! これで懲りたろ、もうこんな危険な場所に来るんじゃねえ!」
声を少し荒げて権が怒鳴る。
花はようやく至る所にある権の怪我に気が付いた。
もう血は固まっているが、服にどす黒くしみついている。
真剣に怒っているようで、今回のことを思い、花は申し訳なくなった。
「うん、ごめん……どうしても、権に会いたくて……」
その言葉に、権は驚き戸惑った。
どんな意図があってかかが考えられなかった。
しかし、危険な事をしたことには変わりない。
そう思うと、また怒りか、いや、だんだんと呆れてきた。
「それじゃあよかったな。これが最後だ、もう会うことはねえな。そこまでひどいもんじゃないっぽいし、その体もさっさと直せよ、お大事にな、さようなら」
「え、ちょっと待ってよ! 話したいことが……いててててて!!」
痛がる花に目もくれず権はその場を立ち去る。
今日も一仕事を終えた、帰ってシャワーを浴びてこの傷ついた体を癒そう。
そう思いふけりながら頭上で手を組んで体を伸ばすと、あることに気が付いた。
「あ、バイク壊したんだった」