3話 『トンネル』
「おっかしいなぁ~」
大学の食堂の椅子に腰かけながら、数枚ある写真を、違う角度で見たり距離を変えたりしながら何度も眺め、そして唸る。
「なーにしてんの? 『は~な~』」
そこに、うどんをお盆に乗せて持ちながら女が話しかけてきた。
「瑠衣? いや~ちょっとね~」
「ちょっとってなに適当な返事、全然伝わらないわ」
隣の椅子に瑠衣は腰を掛けた。
「また写真? あんたも好きね~、どれ今度はどんな写真よ、瑠衣ちゃんに見してみせなさい」
「あ、ちょっと!」
瑠衣が花の持っていた写真を取り上げる。
「ちょっと見るだけよ」
ふざけたように、しながら瑠衣は写真に目を向ける。
写真に写っているのは、深夜のただの道路。
人などはなく、ところどころ光が差し込んでいるような跡がある。
「なにこれ、何の写真? いつもは街の風景とか、子供の写真とか見てるのに。趣向変わった?」
「違うよ~、ほんとは人を撮ったのに」
「どゆこと? 失敗したの?」
「ちゃんと撮ったよ!」
「写ってないじゃないの、つまりこれ心霊写真?」
花は苦笑いを浮かべる。
「うえ~、不気味~! あんたそうゆうの好きだったのね」
瑠衣は写真を遠ざけるようにして顔をしかめる。
「何々? 何の話してるのー!?」
「一緒に食べてもいいかな」
そこへ一組の男女がまた食事を持ってやってきた。
そして、机を挟んで向かい側の椅子に並んで座った。
「麻美、陽斗君、今ねー、花の撮った心霊写真見てたの」
「えー! 怖い~、麻美そうゆうの苦手~!」
オーバーなリアクションを撮りつつ、陽斗の方に麻美は体を寄せた。
瑠衣の目が睨みつける。
「花ちゃんってオカルト的なこと好きなの?」
陽斗は焦った顔をして花に聞いた。
「いや、そうゆうわけじゃないけどー」
花何とも言い難い表情になる。
こんな大事にしたかったわけじゃないのにと心の底で後悔をした。
「そ、そういやさ、こないだ聞いたんだけど、『お化けトンネル』の噂知ってる?」
陽斗が話を切り出した。
皆が知らないような顔をする。
「この近くにある、もう使われなくなったトンネルで、しかも、小林がそこで見たらしいんだ、幽霊を」
「えー! 本当に出たのー!?」
麻美がわざとらしく驚く。
「場所も教えてもらったし、今日の夜、行ってみない?」
陽斗が花の方を見て誘った。
「まあまあ、面白そうじゃない、行ってみようよ」
何故か偉そうに、瑠衣が答える。
「本当に行くのー!? 陽斗君が行くなら……」
麻美は嫌そうだ。
(心霊スポットかぁ…… もしかしたら、あの時の少年、『権』と会えるかも……!)
「行く……!」
夜……
少々山奥の方へ入っていき、本来なら通行止めのところを越え、ほぼ街灯のない薄暗い道を行き、花たちは
そのトンネルにたどり着いた。
トンネルの奥は真っ暗な闇、まさに異世界にでも通じてそうなそんな不気味な雰囲気と、そして冷たい空気が漂う。
「やだぁ! 行きたくなぁい!」
麻美は陽斗と腕を組むと陽斗はビクッと驚く。
ただ腕をを組んだだけなのにこの驚きよう、想像以上だったらしい。
「さっさと行っちゃいましょう、なんなら1人ずつ行ってみる?」
「いや、流石にそれはぁ……も、もし何かあったらやばいしね!」
陽斗が食い気味に瑠衣の提案を断る。
トンネル内を4人が歩く。
トンネルの壁には、スプレーの落書きがいくつもあり、 地面にはタバコの吸い殻や、何かもわからないガラスの破片が落ちている。
懐中電灯がわりのスマホのライトも、10数メートルまでしか届かない。
少しでも音を立てると、闇の奥からもっと大きくなり返ってくる。
もし本当に1人で来てたら真っ直ぐな一本道なのに迷子にでもなりそうだ。
「本当に出るのかなぁ」
花にとってはそれだけが気になっていた。
「出て欲しそうに言わないでよ」
悪気があったわけではないのに麻美に怒られる。
「ごめんごめん、小林くんの事が本当なのかなって思っちゃって」
「あいつの事だし、嘘ついてるかも知れないからねぇ」
そう言ってる陽斗の顔は苦笑いだった。
相当怖そうだ。
「そうそう、幽霊なんているわけ……」
ワアァァァァ!!!!
突如大きな声がトンネル内を響き渡る。
キャーー!! うわあああああ!!
麻美と陽斗は驚き叫ぶ。
腕はガチガチと固くなりながらも助けを求めるようにお互いを掴む。
花は驚きのあまり叫ぶ事が出来なかった。
そのかわり心臓がドクドクと外に出そうなほど、鳴っている。
「沢田麻美〜! お前を呪い殺してやる〜!ってね、ワハハハハハ!!!!」
笑い声が反響しあちらこちらから響いてくる。
一番音のなる方、そこには瑠衣がいた。
瑠衣は腹を抱えて、目には涙を浮かべながら大声で笑っていた。
「ちょっと! 驚かさないでよ!」
「みんなが想像以上にビビるもんでさ面白くて、面白くて……んふふ!……」
笑いを堪え切れないようで、口から漏れている様だ。
花は頭を抱える。
麻美はというと、陽斗の腕を掴んで泣いてしまっていた。
陽斗はそんな事も気にせず、冷や汗を流しながら胸を撫で下ろす。
「あら? 麻美泣いちゃった? ごめんごめん、まさかそんなにビビるとはね〜」
「もうやだぁ……」
麻美が目を擦り嘆く。
花がかわいそうにと、背中を撫でた。
「本当にもう……イタズラ好きもそろそろやめてよねぇ、瑠衣、聞いてる? ……あれ?」
「今日はもうしないよ、今日はね。ん?……どしたー、花?」
「いや、瑠衣の向こうにさっき女の人が」
「なあにー? 今度は花が驚かすの? そう簡単には引っかからないわよ」
「違うって、本当にいたんだって、見間違いかなぁ?」
「とぼけちゃって~、ほーら麻美もいつまでも泣いてんじゃないの!」
そう言いながら瑠衣は麻美の背中を軽く二度叩いた。
「ふざけないでよ……ふざけんじゃないわよぉ!」
突然、麻美が金切り声を上げながら激しく瑠衣の顔殴った。
「いたっ、ちょ、ちょっとごめんって……!」
「うるさい! 何度も何度も嫌がらせしてぇ! 何が気に食わないのよ、私はあんたが気に食わないわ!」
麻美目を血走らせて、叫びながら何度も何度も殴る。
「お、おい、やめろって!」
陽斗が麻美の腕に手をまわして後ろから抑えた。
花が、瑠衣のもとに寄り添う。
「瑠衣、大丈夫!? いきなりどうしたの麻美!?」
瑠衣はうつむき自分の顔をぬぐった。
手のひらを見てみるとそこには血がべっとりついていた。
「ハハ……ハハハハ!」
瑠衣は不敵に笑いだすと、急に立ち上がり、陽斗が抑えていた麻美に飛び掛かった。
そして、倒れた麻美の上にまたがり、顔を何度も殴る。
「気に食わないに決まってんでしょ! いつも、男に、ベタベタ!ベタベタ! 気色が悪いの理解してないの!?」
「ねえ!? どうしたの!?」
状況が全く理解ができていない。
「もう二人ともやめろよ!」
陽斗が抑えようとすると瑠衣に手を払われた。
すると陽斗も瑠衣にみぞおちを殴られ、思わず陽斗はうずくまる。
瑠衣が麻美を殴るのをやめると、麻美はぐったりと倒れ、顔は真っ赤になっていた。
「あんたもよ……」
左手を地面につき、右手でみぞおちを抑えてうずくまる陽斗に、瑠衣が近づく。
「女にベタベタされて、いつもへらへらと、ムカつくのよ! 気持ち悪いもの見せられてるこっちの身にもなりなよ!」
瑠衣は地面に落ちているガラス片を手に取ると、それをそのまま陽斗の左手の甲に突き刺した。
「うわあああぁぁぁ!?!?」
「アハハハハハ!!!!」
陽斗は大量の血が溢れる手を抑えて転げまわる。
「は~な~?」
笑いながら瑠衣は花にゆっくりと近づいてくる。
「瑠衣、やめて……おかしいよ……」
さっきまで仲良く話していた親友なのに、恐れで後ずさってしまう。
それでもその歩幅は、追い詰める瑠衣のとは狭く、目の前まで迫られた。
瑠衣が最大限の笑みを浮かべた瞬間
「がっ!?」
後ろから後頭部を陽斗に殴られ、瑠衣はばたりと倒れた。
「陽斗君!? そんな……瑠衣が!」
「知るかこんな奴ら、最初からいらねえんだよ!」
陽斗が声を荒げる。
鼻息さえも、聞こえてくるほど興奮している。
「そんな……! でも!」
「うるせぇ! 俺は、お前と二人だけで来たかったんだ、それなのにこのブス共がしゃしゃり出てきやがって、おかげでこんなんなっちまってよぉ!」
陽斗は倒れてる、瑠衣に蹴りを入れた。
おかしい、この状態、みんな何かに取り憑かれたように狂った行動をしている。
「もういい、何もかもいらない……」
そう言うと、陽斗はぐっと両手を伸ばし、花の首を掴んだ。
細身の陽斗からは想像ができない体が持ち上がるほどの力で、首を締め上げる。
「ぐっ……あぁ……」
「これで、みんな一緒だぁ……」
突如、トンネル内に轟轟とした音が響き渡る。
花は薄れゆく意識の中で感じ取った。
闇の中から少しずつ明るい光が近づいてくる。
その瞬間、一台のバイクが飛び出してきた。
そして運転手の片手には刀が握られ、その刀でそのまま陽斗の胴を斬られた。
陽斗の腕が花の首から離れると、意識の失った陽斗はその場にぐたりと倒れた。
花も膝をつき、むせながら空気を何度も吸い込む。
ようやく意識が回復してきたところで顔を上げると、目の前にはバイクにまたがった男がいた。
男がヘルメット前面のシールドを上げると、顔が見える。
花には見覚えがあった、あの時の少年だ。
「権……なの? 助けにきてくれたんだ……!」