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10話 『後悔』 

「やめろ! やめろぉ!」


 前方に男性の叫び声が聞こえる。

 権はその声の方へ行くと飲み合った帰りだろうか、顔を赤くしたスーツ姿の中年の男性が二人取っ組み合っている。

 組み合う片方の男は普通の人間と思えないほどの狂った表情で、一方的に相手を襲っているようだった。


(早速、戦える……!)


 権は勢いをつけ、名無しに憑りつかれた男を蹴り飛ばし、組み合っていた男と離させた。

 憑りつかれた男は、素早く立て直す。

 権も刀を抜き構える。

 初陣の高揚からか、それとも緊張からか、刀を握る腕は震えるほど力が入っていた。

 その心が落ち着くのを待たずに、憑りつかれた男が飛び掛かってくる。

 一瞬、その瞬間は今までのどの時よりも権には長く感じられた。

 相手の攻撃が届くよりも先に、権の刀が相手の胴を貫く。

 男は力が抜けたように膝から崩れ落ち、刀は抜ける。


「やった……やったぞ!」


 権はその手で刀を強く握りしめる。

 今までの努力が一番報われたような気がした。


「さあ、次は名無しの本体だ!」


 もう一度、刀を構える。

 しかし、なにかおかしい、憑りつかれた男を斬ったはずなのに、本体の名無しがいない。

 権は辺りを見回す。

 すると、体を貫いたはずの男が、急に立ち上がり、権の首元を目掛けて、爪を伸ばす。


「気を抜くなや!」


 その瞬間、男はいくつもの斬撃を食らい倒れる。

 その体から湧き出る黒い煙の奥に、小太刀を持った刹那がいた。

 

「名無しが完全に体から出てくるまで、何度も斬るんや」


 遅れて暁も到着する。


「お前ら速いって、考えもなしに飛び出すもんじゃねえ。 それに権、調子に乗ったな」


 暁の真剣な時の表情だ。

 権は反省をする。


「こっからは、俺たちがやる。お前はその人を、連れて逃げろ」


 権は、まだ憑りつかれていない男を思い出した。

 状況を理解できず呆然としている男のもとへ行き、腕を引いてその場から逃げだす。

 そんなことをしているうちに、名無しはその異様な化け物のような状態を形どった。

 刹那は小太刀を鞘に戻し、目の前に突き出す。

 一緒に、暁も自分の刀を突き出す。



「「我が名は『天照(てんしょう)』!!」」 「「我が名は『疾風(はやて)』!!」」



 二人は叫ぶと同時に、刀を引き抜くと、姿を変えた。

 暁は、赤と白の煌びやかな鎧。

 刹那は、黄色がかった袴姿(はかますがた)になった。


「刹那、いつも通りいくぞ!」 


「ええよぉ!」


 刹那は名無しに向かって走り出す。

 その速度は尋常じゃないほど素早く、瞬く間に名無しの目の前まで距離を詰める。

 名無しの攻撃をかわし翻弄しながら隙を見つけては刹那は少しずつ攻撃を試みる。

 その攻防の目的は倒すことではなく、近くで観察することであった。


「ふーん……暁鬼(あかつき)さーん! 目も耳もあるでー!」

 

 後ろでも、観察していた暁に刹那は教える。

 

「よーし、刹那もういいぞ。目と耳ふさいどけ」


 刹那は、名無しを押しのけると、少し距離を取り、耳をふさぎ、名無しから目を背ける。

 すると暁が、名無しの目の前に高く飛び上がる。


輝照(きしょう)!!」


 暁が刀を掲げると、その刀から眩く激しい光が放たれる。


天結(てんけつ)!!」


 その高く掲げた刀を頭上で、高速で鞘に納刀すると、キーンと耳に刺さるような音が響く。

 その一瞬の出来事に、名無しは戦いのうちでもっとも重要である二つの感覚、視覚と聴覚を奪われた。

 

照天大斬(しょうてんだいざん)!!!!」


 暁はそのまま空中から、落ちる勢いをのせた重い一撃を動転した名無しに叩きつける。

 そこへ素早く刹那も駆けつける。


「とどめはアタシや! 速刺(はやざし)


 刹那は小太刀で一瞬にしていくつもの刺突をする。

 原型が崩れるほどの斬撃をくらった名無しは、ばらばらになり消えた。

 暁と刹那は刀を鞘にしまうと、その姿は元に戻った。


「ふぅ~、おつかれ~。久しぶりに戦ったなぁ、どうだ刹那? この後飲みにでも……」


「うーん、なんかちょっと違和感あらへん?」


 刹那は、なにかもやもやとした感覚を感じていた。

 

「ん~、そういえばそんな感じだな」


 刹那は辺りを見回す、名無しに憑依され、倒れている人が一人。


「憑依され倒れてる人……その人が名無しになっとるはずや! いったいどこに!?」




 権は襲われていた男を連れて逃げていた。


「ここまでくれば大丈夫か?」


 男は息切れを起こし、地べたに座り込む。


「なんなんだ、君たちは!? 私の部下はどうして急に襲ってきたんだ」


「俺たちは霊媒師だ、あんたの同僚は悪霊に憑りつかれたんだよ」


「そんな馬鹿なことがあるわけないだろ!」


 男は唾を飛ばして怒鳴る。

 権は、やれやれとため息をつく。


「何でもいいさ、とにかくあんたはここにいれば……!?」


 権は不意に気配を感じる。

 その方向を見ると、名無しが迫っていた。


「うわぁぁぁ!?」


 男は、それを見ると、叫び腰を抜かす。


「くそっ! なんでここに!」


 権は刀を構えて、男の前に立った。

 ここには暁も刹那もいない、戦えるのは権だけだ。

 どうするか、それを考える間もなく名無しは迫ってくる。

 心臓の鼓動が早くなる、体が震える。


「やるしかない……我が名は『業火(ごうか)』!!」


 震え交じりに叫びながら刀を引き抜く。



 しかし、何もおこらなかった。


「あれ!? どうして!? 我が名は『業火』!! 『業火』!!」


 ガチャガチャと刀を抜き差しするが、何もおこらなかった。

 そうこうしてるうちに名無しが腕を尖らせて、突っ込んでくる。

 何もできず、権は呆然と突っ立つ。

 名無しの腕が権の体を貫こうとした途端、権の体は何者かに突き飛ばされた。

 地面に倒れた権が見上げると、そこには腹を名無しの腕に刺された刹那が立っていた。

 

「あ……あぁ……!! 刹那さん!!」


 刹那は、自分の腹を刺す名無しの腕を片手で掴むと、もう片方の手に持った小太刀で切り落とした。

 痛みに名無しは、その場から離れると、刹那は支えるものを失ったかのように倒れる。

 そこへ雄たけびを上げながら憑装した暁が現れ、名無しに立ち向かった。

 権は倒れた刹那のもとへ行き体を抱きかかえる。


「刹那さん!」


 刹那の腹に刺さっていた名無しの腕は煙になり消えると、そこから溢れるように、大量の血が流れ出てくる。

 

「権……」


 いつも君づけの刹那が権を呼び捨てると、刹那の頭を片手で鷲掴み、顔の近くに寄せる。

 

「権……アタシを見ろ!」


 苦しそうな表情をしながらも刹那は権を見つめる。


「刹那さん、何言って……早く手当しなきゃ!」


 権は目をそらし、手で刹那の腹を抑えようとするが、刹那にもう一度顔を向き合わされる。


「権! アタシを……見ろ! これが……お前のなろうとしてる……霊斬りや!」 


 権と刹那は見つめ合う。

 自然と権の目には涙が溢れてくる。

 くしゃくしゃになった権の顔を見ると、刹那の口元は笑い、その目を閉じた。


「刹那さん……」


 力が抜け、権の腕にずっしりとした重みが伝わる。

 権は、刹那を地面に優しく寝させると、涙を拭い立ち上がった。

 目の前では、暁と名無しが戦っている。

 すーっと深呼吸をすると、刀を前に構える。

 

「「我が名は『業火』!!」」




 戦闘が終わると、権の胸を一気に後悔の念が蝕んでいった。

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