見てるよ?
今年も夏がやってきた。身の毛もよだつ、この季節が。
事の発端は数年前の同じ夏の事で、その時の僕は高校二年生だった。僕は宿題も丁度一段落がついており、気分転換に散歩でもしようかと思い、外に出掛けた。
その日はたまたま気温が低く、爽やかな風が吹いていた。それでもそれなりに滲む汗は、しかしそれ程まで気にはならず、むしろそれすらも爽やかに感じられたように思う。
ふと、向こうの街路樹から一人の少女がこちらを見つめていた。一体誰だろう? そう思った僕だが、その少女はまだ幼く、ここで僕がその少女を追いかけて行き、もし運悪くその場面を見られてしまった場合、僕は果たしてどうなってしまうのか? そんな事は考えたくもなかった。だから今は気にしない事にし、僕は僕で散歩の続きを楽しむ事にした。
――まただ。
再び別の街路樹から先程と同じあの少女が僕を見つめていた。少女はじぃっとこちらに視線を向けており、まるで外そうとはしない。流石に我慢が出来なくなった僕は他の通行人に怪しまれないようにその少女の元へ足を運び、声をかけようとした。すると、
「見てるよ?」
そう言って、少女は僕の前から姿を消した。
『見てるよ?』
最後に少女が口にしたその台詞と、どこかへ消えてしまった少女自身。
その日以来、事ある毎にその少女が現れるようになった。
トイレの窓、自室の扉、玄関、そんな怪奇現象は、数年後の今でも続いている。
「……またか」
あの日のように、その少女が僕の事を見つめていた。今度は駅のホームだった。僕がいつも通勤に利用する電車のホームである。そしてその少女はそんな人混みの中からちらちらと見え隠れする様な状態で僕を見つめ続けていた。こんな事が何年も続いているせいで、僕はもう既にその少女には慣れてしまっている。しかし、その少女が今まで僕を見つめ続けていた理由が、今になって明かされる。
それは電車が来る寸前の事だった。
――え。
何者かによって身体を押され、僕はホームに落とされてしまった。そしてその瞬間に電車が来た。流石の僕もこれは死んだなと思った時、
「駄目」
誰かが僕にそう呼びかけた。それはまだ幼さの残る少女の声だった。
「キミは……」
「言ったよね? 見てるって」
その応えが今出たんだよ? そう言って少女は消えて行った。
数分後、騒ぎは確かに大きかったが、僕に対する今回の行為は殺人未遂として解決し、犯人も捕まり、僕も僕で特に大きな怪我もなかったので後はお巡りの方で任せる事にした。
ところで、実際のところ、けっきょくあの少女は何者だったのか? その応えは、実は僕の家で録画したビデオの中に収められていた。それを観た時、僕は思わず目を背けたくなってしまった。
そのビデオに映っていたもの、それはある事件の内容で、その事件はあの時の僕の様な電車での事件で、しかしそのビデオに映った人物は完全に電車で引かれた状態で全身がぐちゃぐちゃになった状態だった。
いや、それより何より、僕はその時一番恐いものを目の当たりにしてしまう。それは、
――何でだよ?
僕が見ているのはビデオ越しの少女だったはずである。それなのに、その少女の視線は確かに僕に向いていた。それと同時に、もしも僕の見間違いでなければ、少女が微笑んでいるように見えた。
「冗談、だよな?」
恐怖を露わにしながら僕がそう呟くと、
「冗談じゃないよ」
背後からそんな声が聴こえ、振り返ると、そこにはそのままの状態の少女がいた。
「やっと気づいてくれたんだね? この時を、どれだけ待ち望んでいたのかな?」
そう言って、少女は僕に、「これからも、ずっと見てるよ?」と言ってその場に膝をつき、
「ばいばい」
僕と同じ目線で僕を見つめ、口元だけの小さな笑みを見せ、静かに消えていった。
その後、もうあの少女が姿を現す事はなくなった。その代わり、
「さて、今日も仕事だな」
あの時の少女との出会いと別れをばねに、僕はきっと今でもあの少女がどこかで僕を見守ってくれてると信じて、今日もこの一日を過ごす事にした……。