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innocent recognition  作者: 蝉夜燈笑
前章
8/8

7.女神の静かな間に


週末の静かな朝。


わたしと彼…キルトレイ・ファントナスは、ロメスティナ大神殿の奥の間に通じる奥の廊下を一緒に歩いていた。


肌は、ひんやりとした空気を感じている。


このロメスティナ大神殿は、街の西側にある山々の一番街側の山の、中腹にある神殿のことだ。

白亜の岩肌が隠れる山の一部を掘り抜くように作られ、麓から山道の巡礼道を1時間ほど登ったところにある。

掘り抜いたと言っても表の部分は多く石を足され、装飾も施された大きな大きな神殿だ。


荘厳な雰囲気と山の霧を纏う神殿で、その霧が晴れるのは夜明けと日没のわずかな時間だけだと言われている。

ほのかに暗い廊下でさえ天井は高く、壁にも神々の花の模様が細かく施されていて、とても山に建てられているとは思えない。



そしてその神秘的な凛とした空気に、わたしは魅せられていた。



「メイアさんは、普段は神殿にはあまり来ないんだっけ?」


彼の問いかけにこくりと頷いた。


「自分と、家族の誕生日に祝福を受けに来るだけかな。しかもその時も正面の広間までしか入らないから、ここまで入ったのは初めて…。中に入るほどに、すごく…神秘的だね…上手く言いにくいんだけど」


「わかるよ。俺も今はすごく好きだけど、小さい頃初めてここに来た時はすこし怖かった」



確かに、少し怖いかもしれない。

きっと、人の力、魔法では到底及ばない–––それどころか全てを支配する目に見えない何かを人は祀るのかもしれない。




この神殿は月の女神・ロメスティナへの信仰と敬愛を示したものだ。


ロメスティナ女神は、大陸にこの国が成り立前、古代から広く根付いているイノセス神話に登場する。

ーー宇宙の喜びとなる魔力を人間も持つことが出来るよう、生みの神に願い出た女神。



この国だけでなく大陸の人々は広くロメスティナ女神を信仰している。



ーーロメスティナ女神が願い出た結果、その願いは聞き届けられたが、分けることを許された魔力は女神自身の持つ魔力であり、そのために月は完全な姿を常に保つことは出来なくなり、欠けたり満ちたり…新月満月の移り変わりが生まれたーーという話だ。





魔法と神は、現実と未知との対で、神話はその怖さを埋めるものだと、古い学者が言っていた言葉を思い出す。







しばらくお互い黙って廊下を歩いていたが、キルトレイ・ファントナスが口を開いた。



「メイアさん、突然の誘いだったのに来てくれてありがとう。手伝いは難しいことはほとんどないんだけど…というかそういうものこそ神官の人達がやるから大丈夫なんだけど、このところみんな、夏至祭の準備でいつも以上に街に降りたり首都に行ってて人手が足りないらしくて」


「ううん。わたしこそ連れてきてもらえて良かった。神殿のこんな空気を知らないままでいるなんて、もったいなかったって今実感してるし」


そう。

彼はとある理由から週末にわたしを神殿に誘った。

もちろんデートなどではない。



彼があの日喫茶店で会っていた女性は実は神官の方で、私やサーシャに近そうに見えた年齢は、実はわたし達より10歳以上年上の人だったのだ。

なんでも、夏至祭に向けて神具の手入れをするのに、今年は少し人員が足りなかったらしい。

それで神官の一人が彼を訪ねたとか。


ファントナス君は、元々一族が神殿と親しくしていたことから信用があり、手伝いを頼まれることもあるらしいのだった。





*・゜゜・*:.。..。.:*・'





長い廊下を通り、突き当たりの奥の扉に入るとその中は今度こそ、真実山の中腹をくりぬいて建てられた神殿なのだと感じさせるものだった。


大きな大きな空間は、まるで元々あった巨大な洞窟を綺麗にくりぬいたかのよう。

所狭しと置かれているロウソク立て。そして、それ以上に列ごとの長机に並べられている様々な色、形のクリスタルの数々に圧倒される。

奥の方はもっといろいろ置かれているみたいだが、そちらは明かりがついていないのでよくわからない。とにかく広かった。

敷物や装飾品なども溢れていて、ここは宝物や大切なものをたくさん置いてある保管の場のようだ。



「すごいクリスタル…」


わたしは思わず感嘆の声を上げた。

クリスタルの種類にさほど詳しくはないが、この巨大な空間にこんなにもあるなんて、そうそう見られる光景でないことぐらいわかる。

少し薄暗いのに色とりどり、一つ一つのクリスタルが仄かに輝いているため、とても幻想的だった。



わたしの声にキルトレイ・ファントナスが応える。



「すごいよね。この宝物保管部屋の整理の人出が足りないらしいんだよ。

俺の家、星夜祭は毎年少し手伝ってるから、今年はこの整理を少し手伝って欲しいって言われたんだ。神殿の手伝いでも信用出来そうな人なら、友達を連れてきてもいいって。

で、メイアさんを誘ったのは、魔力を読み取って欲しかったから」


「魔力を?」



そう、と彼は一つ頷く。

彼の瞳は、この少し暗いような、でも幻想的な空間で見るせいか、クリスタルの一つのように見えた。



「この沢山のクリスタル、もちろん傷つけるとかはもってのほかなんだけど、それぞれ少しだけ魔力が込められているんだ。

魔力の種類ごとに分けられて置いてはあるんだけど、何せ去年の星夜祭の時に片付けて以降だからバラバラに置かれている時もあるみたいで。

別の魔力の種類のクリスタルが紛れ込んでたらそれを見つけて、同じ魔力のクリスタルの所に戻して欲しいって」



なるほど。それがお手伝いの内容ね。

そう言われてみると、ごく微細だがたくさんのクリスタルのそれぞれから魔力を感じた。クリスタルはその性質から魔力が込めやすいと言われている。


と、わたしはふと気付いて、自分の一番手前の机にあった手のひらサイズの薄い藤色のクリスタルを手に取った。




「これ…光の魔力だよね。太陽とか、恒星とかのイメージ」



力強い紫の熱が、光となっているような魔力。

でもその周りにあるクリスタルは、恵みの水、雨…そんな感覚のエネルギーを放っていた。



「さすがメイアさん。もう見つけた!そう、そんな感じで見つけて、似たような魔力の所に置いてくっていうお手伝いかな」



彼はにこやかにわたしの持つクリスタルを見つめた。その目にハッとする。


「あ!ごめん、素手で持っちゃってよかったのかな?」


「大丈夫。落としたり傷つけなければ。

メイアさんは常識ある人なのはもうわかってるし。…何よりこういうの向いてるなって思ったんだ」



向いている?わたしは彼を見上げた。



「メイアさん、魔力感じ取るのが得意そうな感じがして。グレイ先生の授業の時からメイアさんのこと誘いたいなぁって思ってたんだよ」


「そうだったんだ」



他に何と返していいのかよくわからなかった。


この神殿の奥まで来た時もそうだったけど、わたしにとって今回の手伝いは馴染みない体験で、今もなかなか楽しんでいると言っていい。

こんなにもクリスタルに囲まれて魔力を感じるなんてこともすごく楽しい。あまり内面を表に出す性格ではないので、その喜びを表現出来ている自信はないが…。とにかくとても興味深いしワクワクする。

それに、彼の言う魔力組成の授業や、魔力を使うよりも研究したりする方が好きだったりもするし。成績にも個人の趣味嗜好は反映されるものだ。



ただ、そうは言っても彼なら誘える人は大勢いただろうに、とも思う。

彼の周りには優秀な人は幾らでもいる。だから自分が誘われたことにはどこか不思議な気分だった。




手伝いに誘ってくれてありがとう、でいいのだろうか。でもそれは廊下でも神殿に感動して伝えたし。思ったならまた言えばいいだけ?


わたしは大分見るのに耐性のついた心地で、彼の美しいアイスブルーをまた見つめた。手に持つクリスタルがその波動を高めたように感じた。




「ありがとう、今日呼んでくれて。

クリスタルもすごく綺麗で、なかなか出来る体験じゃないし、ファントナス君の言う通り、こういうの好きかもしれない」


そう言うと、彼は少し私とクリスタルを交互に見つめた後口を開いた。



「よかった。……俺、メイアさんが魔力を感じ取ったり分析している様子、好きなんだ」


「え?」



何だって?

突然の彼の発言がどういうことかわからず戸惑ってしまった。じっと固まってしまう。



「あ、ごめん、変な意味じゃなくて。

何ていうのかな、前授業で魔力を感じ取る課題をやっていた時、メイアさんを見てて不思議と落ち着くっていうか、自然な感じがしたっていうか。

なんかつい、その課題をしている時、いいなぁって思ったんだよね。

…いやごめん、何言ってるんだろう俺」




彼はどこか言いにくそうに最後の言葉を告げた後、「俺奥の方からやるね」と歩いて行ってしまった。

校内一のエリートイケメン好青年と名高いキルトレイ・ファントナスよ、一体どうした。

心の中でツッコミを入れてみる。




手に持つクリスタルの、心地よい波動を感じる。




静かな空間なのに、ひしめき合うクリスタルと一緒に、わたしも少しドキドキしているように感じた。静かなのに、とても騒がしい。

仄かな違和感のような、不思議のような、戸惑うような感覚。


嫌では、ないけれど。

でもハッキリともしていない感覚。


…そのハッキリしない感覚は、綺麗と感じるよりも、別に綺麗かどうかなんて関係なく、本当のところ、探ってみたいと興味を感じる彼の瞳への感覚にーーどことなく似ている。





星夜祭は、あと1ヶ月後。夏至の日。

そこでこのクリスタルたちは神殿の中で灯として輝くのだ。どれだけ綺麗なことだろう。



何となく、理由も朧げに高鳴った心をさておき。

クリスタルを見よう、とわたしは腕まくりをした。





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