6.お出かけとお誘い
久しぶりの投稿です♩
キルトレイ・ファントナスと比較的近距離で会話するようになって約二ヶ月。
春は夏に近づき穏やかな天気が続く中、わたしは休日にサーシャと二人で街へと繰り出していた。
「メイア、見て!あの店頭のサンダル、すっごく可愛い」
隣のサーシャは靴に目がない。
サーシャの指差すサンダルは先の方に白く光沢があり、足首の部分には気の利いたレースのリボンがあって結べるようになっている。
「いいんじゃないサーシャ。この前来てたワンピースにも似合いそう」
「あっ、さっすがメイア、やっぱりそう思う?いーなーいーなー買っちゃおうかなぁ」
二人して小さな靴屋さんに入り、おしゃれな靴を見て回る。
サーシャは心赴くままにちょこちょこと動き回り、わたしは棚ごとに鑑賞というスタイル。
「…」
わたしが思わず目を留めてしまったのは、店の奥の棚にひっそりと置いてあったヒール。
すごく踵が高いというわけでもなく、ゴテゴテもしていない。
フォーマルの場でも十分通用しそうな、それでいて使い分けも上手くできそうなシンプルなヒール。
問題はそこではないけど。
そういえば、黒い靴はどんな服にも合うから、迷った時は黒い靴を買いなさいとお母さんが言ってたっけ。
「あ、メイアも素敵なの見つけた?」
「うーん…。なんか、このヒール気になっちゃって」
「これ?あー、なるほど。メイアってクラシカルだけどオシャレな感じ、好みだよね」
「クラシカル?なのかな。おしゃれなのは好きだけど。サーシャはどう思う?このヒール」
「メイアっぽいし、素敵じゃん。買うなら…二色ある…、どっちにする?」
黒と…それからブルー。
アイスブルーみたいな、ブルー。
わたしって奴は。
「そう。どっちの色にしようかなって。お母さん、黒の方が使い勝手いいって言ってたし、わたしもそう思うんだけど…最初に目が留まったのは、青の方なんだよね…」
「メイアなら、どっちも似合いそうだけど…確かに黒の方が使える機会は増えるかもね。どんな色に合わせても無難だし」
やっぱりサーシャもそう思うか。
というか、なんだかブルーの方を買いたい気持ちをどうにかして逸らしたい気分。
なんでヒール選びにあの瞳が浮かんでくるの。
すると、サーシャが何か閃いたようで手を合わせた。
「ねえ、どうしても青い方を買いたいんだったら、もう使い道を決めちゃったらどう?理由があれば、なんだかその時の特別って思えて、買いやすくなるし」
「使い道?…サーシャ何か思いついたの?」
「まだもう少し先だけど、夏至の星夜祭。ドレスとか、どっちにしろ必要になるし。このヒールを買っておいてそれに似合うドレスをまた買い物に来た時に見つけたらどう?なんてったって私達は三年生だから、思い切りオシャレしなきゃだしね」
夏至の星夜祭。
国ーもちろんこの街もーを挙げての聖なるお祭りで、その星の夜には、色とりどりのロウソクの光が街じゅうに溢れる。
私達の学校は一応国のもので大きいため、大広間を提供してそこがダンスパーティーの会場となるのだ。そして食堂は休憩所。
もちろん、生徒も含めて街の人々全員が参加できる。
この国では17の歳からお酒を飲めて成人として踊ることができるため、高等学校では伝統的に最高学年の三年生にだけ踊る権利があるのだ。
そしてこの街ではそれを祝って、その年の者たちがファーストダンスを踊れる。もちろん自由参加だけど。
「いいじゃないメイア、だって今年は…ねえ」
「…サーシャはやっぱり彼氏さんと星夜祭出るの?」
星夜祭には出るのだろうが、サーシャは果たして踊るのだろうか。
サーシャは、わたしにはおしゃべりだ。けれど、惚気る割には彼氏さんの名前や、具体的な話をすることはあまりない。わたしと遊んだ後、サーシャが彼氏さんと会うことになっていた時に一度会ったことはあるけど、短く挨拶を交わしたくらいだ。
それは何か後ろめたくて隠したいとかではなくて、単純に相手を大切にすると語らないことも増える、という感覚だった。
学校では皆が平等に学生なのでそこまで意識されることはないが(大貴族は知れ渡っているので別)サーシャには良家、もしくは貴族の娘という雰囲気があるのは私も気付いていた。人それぞれ色々ある。
わたしはなんでもかんでも話題にしたいタイプではないし、お互い気持ちよく過ごすために踏み込まない面があるのは、二人共通の感覚だった。
ただちょっと、今はサーシャに聞いてみたかったのだ。
「もちろん!あーん、楽しみ…二人でロウソク買って、神殿まで持ってって、祝福を受けて…って、そうじゃなくてっ」
「どしたのサーシャ?」
「ちょっとメイア。もう、話逸れちゃったじゃない、さっき言おうとしたのに。…ダンスパーティあるでしょう?」
「あるねぇ」
「ファントナス君と、踊っちゃいなよ」
「え?」
そんなこと、思いつきもしなかった。
でもそう言われてみて、なんとも言えない心境でアイスブルーのような青のヒールを見下ろした。
わたしって、もしかして深層心理で瞳の色だけでなく、そんなことを考えていたからこの靴に目が留まったのだろうか…。まさか…。
うん、それはないけれど、ヒール選びに彼の瞳がチラついたことは潔く認めよう。
その感覚を払拭したいがためにサーシャの恋愛に意識を逸らそうとしたことも。
「メイア?聞いてる?」
「あ、聞いてる聞いてるもちろん」
「もう…少しは赤くなるとかさー恥ずかしがるとかさぁ。真顔はやめてよ真顔は」
結局わたしはアイスブルーの誘惑に降参した。
その後、サーシャもサンダルに加えてヒールも見繕い、二人で計三点のお買い上げをして靴屋を出たのだった。
*・゜゜・*:.。..。.:*・
その日の午後の陽射しが天上を通り越していくらか優しくなった頃、やっぱりわたしとサーシャは街にいて、今度は紅茶に目がないわたしの提案のもとに最近できたという喫茶店に入っていた。
「メーイア、目がハートだよ?」
「わたしね、紅茶を飲むたびに思うのは」
「うん?」
「お茶の色が、紅色だから…紅茶って言うんだってこと…美味しぃ…」
「はいはい。メイアと仲良くなってから、それ何回目?本当好きだよねぇ。ま、いいこといいこと」
いつ飲んでも落ち着いた香りがして、紅茶は心の癒しだ。
と、わたしは考えている。
そして、綺麗な紅色。
「あ……!メ、メイア、見て…!」
見るとサーシャがわたしの後ろを凝視しながら何か訴えた。ピシッと指も指してる。
「え…ちょっと、なに?後ろ?指下ろしたら?」
「シーッ」
サーシャは指していた指をそのまま唇に当てた。
「どれどれサーシャ」
ゆっくり首だけ傾けて後ろを向いてみると、店の反対側の客の中にキルトレイ・ファントナスがいた。
それも。
「メイア、誰あの娘」
私達より一つ二つ年上かと思える女の人と一緒に。
なんと、びっくり。
「すごい偶然だねぇ、サーシャ」
「ちょ、メイアっ、なに落ち着いてるのよっ
…っていうか、もしかしてファントナス君はあの娘とダンスするとか⁈
うう、今年はメイアのダンス姿を見れると思ってたのにぃ」
サーシャったら、既にわたしとファントナス君が踊る設定を完了してダンス姿を想像してしまっていたらしい。
焦らずとも、わたしのダンス姿は彼と踊らなくったって別の人と踊れば見ることができる。
「彼とダンスなんて、気が早いって。それよりあの娘…彼女、かな」
彼はとてもモテる。
というか、あの頭脳とルックスと、性格で人気がないわけがないのは入学してから当然のことだったのだが。
そして思った通り、彼と女の人のツーショット光景を見ても、私の中には嫉妬のような感情は湧いてはこない。
ただ、瞼の裏に、今日買ったヒールの色がちらりと覗いた気がした。
*・゜゜・*:.。..。.:*・
結果的に言えば、喫茶店で彼と一緒にいた女性は彼女ではなかった。
後日グレイ先生の授業で、わたしは喫茶店の女の人の話と共に、彼に思わぬ誘いを受けたのだった。
「メイアさん、今週末予定とかってある?」
「週末?…今週は特になにも。図書館にでも行こうかなと思ってたぐらいかな」
「じゃあさ、一緒にロメスティナ大神殿に行かない?」
「神殿?…月の女神を祀ってある…?」
「そう、この街の大神殿。メイアさんを、誘おうと思って」
彼はニコリと微笑んだ。
わたしは、大きく瞳を瞬いたのだった。