4.いつも瞳は
めっちゃ久しぶりになりました(笑)ご縁のあった方はよろしくお願いします(・ω・)ノ
そういえば、初めて彼に会った時のあの瞳を、わたしは綺麗だと思ったのだろうか。
ブラシをコトリと茶色い鏡台に置いて、自分の瞳を見つめた。
もうすぐ消灯という時間、寮の自分の部屋で風呂上がりの髪を梳かして乾かすのは、入学してからずっと続けてきた日課。
あたりを照らすものは鏡台の上にあるランプの灯りしかなく、仄かな明るさが部屋に陰を落としている。
明暗入り混じるこの部屋で鏡と見つめ合うのは、はじめは少し怖かったけれど、慣れてしまえばなんということはないのだった。
自分の瞳を見ながらする考え事は、嘘をつけない–––
なんてコトを思うのは、わたしだけかな。
そもそも自分だけの考え事に、嘘がつけるのかという問題から曖昧なのだけど。
わたし、今日の彼の瞳を綺麗だと思えなくて動揺してしまったけど…初めて彼に会った時は綺麗だと思ったの?
どうなの…。
今は、嘘ついちゃダメよ。
…初めて彼の瞳を見たとき、その瞳を、氷の宝石だと思った。
当然、瞳は石とは別物だけど。
宝石のようだと思ったのなら、「綺麗だ」と思ったことに当てはまるのだろうか。
今日、わたしが「綺麗だ」と思えずに動揺したのは、初めてのときは「綺麗だ」と思ったからなのだろうか。
「あ…」
思い出して、思わず声が漏れた。
今日、わたしが動揺した理由。
それは「綺麗だ」と思えなかったからではない。
「……」
溜息までつきたくなる
わたしはさっきから何をぐるぐると考え事をしているの。
胸の中で叱咤しても、呆れたような自分の顔しか鏡には映らない。
わたしは–––「綺麗だ」と思えなかった瞳を探りたい–––と思ってしまった自分に気付いて動揺したのだった。
別に、「綺麗だ」と思えなかったから動揺したわけではないのだった。
思い出しても、どうにもならない。
むしろ、もっとやっかいなのかも。
「はぁ……」
でも見たい。見たいな。あの瞳。
覗き込んで、みたい。
わたしのこの興味は、自分でもどうにもならない事はもうわかっている。
目の前のわたしは、わたしなのに、もどかしい。
鏡台の小さな灯りを消すと、鏡の中のわたしも消えて、部屋には窓から差す月の光だけが漂った。
裸足のままベッドに歩みよって、そのまま体を投げて埋もれる。
やわらかい感触が、風呂上りの肌に心地良い。
明日は、また彼を見るのか。
そしてあの宝石の瞳も。
今まで週に一度のことだったのに。
何となく、嬉しいようなどこか寂しいような気分に眠気が織り混ざって、満ちて行く夜の気配に身を任せた。
*・゜゜・*:.。..。.:*・
眩しい午後の廊下。
約束の時間に、いつも魔法世界学の授業のある教室の廊下へ向かうと、キルトレイ・ファントナスは既にそこにいた。
彼を見ても、不思議といつものように彼が気になって仕方ないという感覚が湧いてこない。
今日はむしろ、見て落ち着く感じ。
私が来たところで、彼は穏やかに切り出した。
「ローグさん、今日はありがとう。じゃ、行こうか。どっちに行けばいい?」
「うん。西校舎だから、西階段からかな」
「了解」
彼と並んで歩き出すと、すれ違う生徒の視線がちらほらと投げかけられた。中にはあからさまなものもある。
さすが、校内中の人気を集める美男子。
といっても、彼はまるでそんな視線は無いかのように前だけを見て歩いていた。
会話もないまま西校舎近くまで歩いて来たところで、彼が口を開いた。
「ローグさんて、グレイ先生と仲いいの?」
そういえば彼は、グレイ先生とどのくらい面識があるのだろうか。
確かグレイ先生の魔力組成学が受けたかったと言っていた。てことは基本的には彼の授業自体は好きなのだろう。
「そこまで仲が良いわけではないけど…よく話はするかな」
彼は、先生の観察対象の1人なのだろうか。私は多分、そうなんだけど。
正直、彼の印象があまりにもスマートすぎるものであるため、彼が先生のことを大好きという想像も、大嫌いだという想像もできない。
「廊下とかでよく話してるよね。グレイ先生だから…色素魔法学?ローグさんが取ってる授業って」
「うん。今は青色と水魔法の構成と反発の辺りとかやってる」
「そっか。いいなあ。グレイ先生好きなんだよね。授業もわかりやすいし、面白いし。今年も何か一つ、取りたかったから、特別授業あってホントよかった」
「グレイ先生、好きなの…?」
「あ、もしかしてローグさんは苦手なタイプ?」
彼はグレイ先生が好きな生徒だったんだ。
少し意外に感じる。
「苦手なわけじゃないんだけど、グレイ先生って生徒によって好かれてるときと嫌われてるときがあるから…」
なんとなく、うまく言葉に出来ない。
わたしの一番の感想は、彼が先生を好きだったことにびっくりしたというそれだけだったから。
西校舎の階段に差し掛かり、二人して上り始める。
人気もなくて、足音と私達の声がよく響く。
「ああ、確かに人によってグレイ先生の授業の受け取り方、違うよね。癖があって無理だって、俺の友達は言ってるけど」
「わたしの友達は、その癖がたまらないんだって言ってた」
「いるよね。そういう人」
…ということは、彼は「そういう人」ではないのか。
軽く足の速度を落として彼をみた。
「ファントナス君は、癖のある感じとかは関係なく、先生が好きなの?」
「いや、俺は…あんまり人柄とか、そういうのは気にしないんだよね。グレイ先生は、案外話しやすいなぁとは思うけど」
彼は階段の上の方を見ながら答えた。
先ほどよりは、いくらかぎこちない口調。
そこでどちらからともなく会話は途切れ、三階に着いた。
三階の一番端にグレイ先生の研究室がある。
今日はまだ感じていなかった、彼が気になる感覚を、今は感じていることに気付く。
わたしまた、右隣りの彼の方を見たいのに、見れない。
意識してしまうと、簡単なようだった。
アイスブルーの瞳は、いつもと変わらない色で、けれどいつもより近くに在るのに。
彼はただ、いつも通りだ。
わたしもいつも通り、気になるはずなのに、距離が違うだけで、こんなにも感覚が違う。
もどかしいような、それでいて新鮮な感覚。
それと共に、わたしは足を進め続けた。